第7話 2人の距離

 テーブルに両肘をつき、掌を絡めては切なそうに外を眺める春花。一緒にいる時は明るく振舞ってはいるも、表情はどこか寂しく哀しそうな様子。事情は話さなかったが何か深い悩みを抱えているのかも知れない。


 こう思う夏樹は、少しでも彼女の力になりたかったのだろう。この一ヶ月間、ずっと寄り添い、そっと傍で見守っていたという。


「そうよ。いつもまともな事は言わないけど、先輩である夏樹くんの忠告は聞かないとね」

「それって、酷い言われようだなぁ。っていうか、いつも先輩って言ってるけど、僕と春花って一つしか違わないんですけど」


 指先を立て、凛とした顔つきで話す春花。その姿に口角をひきつらせ、唖然とした態度で接する夏樹。


「そんなことはないわ。乙女にとってはね、一歳はすごく大きなことなのよ」

「えっと、僕の聞き間違いじゃなければ、いま乙女って言ったの?」


「あぁーまたそんなこといって、今度いったら全部タバスコ入れちゃうよ」

「あはは、冗談だって、ごめんごめん」


 いつにも増して和やかに話す二人。そこへ喫茶店のマスターが突然現れ、何か言いたそうに春花へ問いかける。

 

「あの、いつもご来店ありがとうございます。もしご迷惑でなければ、ひとつお聞かせ願えませんか」

「はい、なんでしょうか?」


 軽く頭を下げるマスターは、 不可解な面持ちで春花へ相談を持ちかけた。


「私どもが提供しているナポリタンですが、いつも手を付けられていない様子。もしかして、口に合わないのでしょうか? それとも何か別の理由があるとか」

「そっ、そんなことないですけどね」


「でしたら何故?」

「えっと、マスターごめんなさい。そのうち機会があればお話します。だから今日はこれで帰りますね」


 問いかけられた言葉に、動揺した素振りを見せる春花。理由を述べることなく、代金をテーブルの上へ置き立ち去ろうとする。


「ほら夏樹くん、早く行くよ」

「――ちょっ、ちょっと待ってよ。まだ食べ終わってないんだけど」


 慌てて勘定を済ませる春花は、夏樹の手を取り喫茶店の外へ連れだした。


「さっきマスターが変なこと言っていたけど。あれって、なに?」

「いいの、夏樹くんはそんなこと気にしない。ところで明日、町内の夏祭りがあるんだけど一緒に行かない」


 どういうことなのか、不可解な出来事を問いかける夏樹。ところが、春花は状況説明をすることなく、聞こえない素振りで話題を変える。


 そんな春花が話す町内の夏祭り。それは毎年7月上旬、白山比咩しらやまひめ神社の境内で行われる盛大な祭りである。その祭りは小さいながらも、縁結びの神様として有名であり、若者がこぞって訪れる一大イベント。


 ――そして、最も賑わうのが、7月中旬に行われる大花火である。


「まあ、僕は別に構わないけどね」

「本当にいいの?」


「ああ、いいよ」

「やったぁ、断られると思ったから、すごく嬉しいな」


 特に予定のなかった夏樹は快く了承する。こうして和やかに話しながら歩く二人。ふと気づけば、いつもの場所コンビニ前に到着していた。


「じゃぁ、決まりね。明日も同じ時間に待ってるから、絶対に遅れないでよ」

「うん、分かった」

 

 なにか用事でもあるのだろう。春花は夏樹に予定を伝えると、慌ただしく横断歩道へ向かう。


 すると――。


「きゃぁっ――!!」

「――春花、大丈夫!」


 慌てていたせいもあり、春花は歩道前の側溝で転びそうになる。しかし、夏樹が直ぐに駆け寄り春花を優しく抱きしめた。これにより、同時に触れ合う肌と肌、二人の顔は眼前わずか数センチであった……。


「あ、ありがとう夏樹くん。助けて貰ったのこれで二度目だね」

「う、うん。怪我はない?」


 突然のアクシデントにより、暫く見つめ合う二人。この瞬間、隔たりは無いに等しく唇が触れ合いそうな距離。


 夏樹は、ぼんやりとした表情で春花の唇を見つめ…………。

 春花も、薄っすら開いた目で夏樹を見つめていた…………。


 こうして、ゆっくりと瞼を閉じていく二人。その距離は少しずつ縮まろうとしていた…………。

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