第5話 不思議な巡り逢い
こうして再び、夏樹の瞼越しに明かりが差し込める。
「――んっ、ここは……僕の部屋。もしかして、あの時と同じ?」
不思議に思う夏樹は、周囲を確認し時計を見つめた。
「18時……? たしか昨日も同じ時間だったような」
夏樹は昨日の出来事を振り返り、その時に起きた状況を思い出そうと試みる。しかし、記憶が欠落しているせいだろう。何度、思い浮かべても何も分からなかった。
そのため仕方なく悩むのをやめ、ベッドから起き上がる。すると――、ちょうど隣の部屋から香のような匂いが漂ってきた。最初の内は少量だったから良かったものの、次第に量は増え部屋中に白い煙が覆いつくす。
「ごほっ、ごほっ! 何をやってるんだ、となりの住人は?」
あまりの身勝手な振る舞いに、一言文句をいってやろうと外へ向かう夏樹。そして隣人が住む部屋の玄関先で立ち止まり、ふと表札を見つめる。
「……秋月っていうのか?」
その時に、夏樹は初めて隣人の名前を知ることになる。
「秋月さん! 煙が僕の部屋まで立ち込めて困ってるんです。やめろとまでは言いませんが、少し量を減らして貰えませんか?」
「ひぃぃ――! ごめんなさい、ごめんなさい」
木で出来た玄関の扉を数回ノックする夏樹。その扉は、築何十年でよく乾燥しているせいか? 軽く叩く音と軋む振動が重なり合って、ラップ現象のように鳴り響く。
この様子に怯えた秋月は、震えた声で何度も同じ言葉を連呼する。
「――んっ、どうしたんだ? もしかして、勉強のやり過ぎじゃないのか」
夏樹はふと自分の時を思い出し、受験生も大変だと振り返る。
「とりあえず、僕はこれからコンビニへ行って来ます。ですから、それまでにどうにかしといて下さいね」
夏樹は今一度、秋月へ念を押し店へ向けて歩き出す……。
✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿【場面転換】✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿
ほどなくして店舗前へ辿り着く夏樹。目的もなく、うろうろと歩道前を徘徊する。その時だった――。昨日の女性が目の前に現れ、突如として話しかける。
「夏樹さん、良かった。私はてっきり、いなくなったのかと思いました」
「いなくなった?」
息を切らせながら近寄る女性。目には少しだけ涙を浮かべ、現れるや否や夏樹の手を握りしめる。
「あの、どうされましたか? 僕はこの街へ引っ越して来たばかりですので、どこかに行く予定はないですが。それよりも、どうして僕の名前を知っているのですか」
「それは、その……。――そ、それです」
突然の状況に、少し驚いた表情を見せていた夏樹。しかし、すぐさま落ち着きを取り戻すと、自らの名前を知っていた女性へ不思議そうに問いかける。
これに動揺した表情を浮かべる女性は、夏樹が持つ携帯ストラップを指差した。
「ああ、なるほどね。これの事ですか」
「はっ、はい」
名前入りの携帯ストラップを手に取り、納得した表情で呟く夏樹。
「あの……。今日は何か理由があって、この場所を訪れたのでしょうか」
「ええ。じつは隣人が香のような物を沢山、焚いたらしいんです。それが僕の部屋まで漂ってしまい、真っ白な状況なんですよ。だからこうして時間潰しでもと思い、散歩でもしているんです」
女性のいう言葉の意味がよく分からなかったが、この場所に来た経緯を丁寧に説明する。
「そろそろ煙も消えた頃かな? じゃぁ僕はこれで失礼しますね」
「あの、夏樹さん」
淡々と話しかけ、その場を後にしようとする夏樹。その姿に女性は突然声をかけ、呼び止める素振りを見せた。
「どうしましたか?」
「突然、ごめんなさい。もし迷惑でなければ、明日もこの場所で同じ時間に会って貰えませんか? ――というのも、私はまだ貴方へお礼の1つも出来ていません」
「お礼ですか? そんなこと、しなくてもいいんですけど。まあ、特に用事もないので別に構いませんよ」
「本当ですか?」
「そういう事でしたら、自己紹介しておきますね。僕の名は
「私の名は
「分かりました。では、また明日」
「はい。明日も逢えること、楽しみにしています」
――そんな不思議な巡り逢いの夏樹と春花は、同じ場所、同じ時間に出会うようになる。それからというもの、2人は何をする訳でもなく他愛のない話を毎日のように続けるのであった……。
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