第4話 引き寄せる想い

 こうして住居から歩くこと数十分。ようやく目的の場所、コンビニ前の交差点へ辿り着く。


「確か……? 記憶にあるのは、ここまでなんだよな」


 夏樹は横断歩道の前に立つと、辺りを見渡し昨日の状況を思い返す。すると――!?


「――えっ! あれは?」


 目の前に見えた光景に、思わず声を漏らす。


「もしかして、昨日の女性じゃないのか? でも、あれは夢だったはず……」


 呟く先には、微かな記憶の中で浮かび上がる女性の姿。


「デジャヴ……。じゃ、ないよな? それにしても、ぼんやりとした状態で、何をしているんだろう」


 その光景は、横断歩道の反対側で信号待ちをしていた。というよりも、思い詰めた表情でしゃがみ込む。夏樹は信号機が青になるまでの間、不思議そうに女性を見つめ佇んだ。


 ほどなく虚ろな表情でしゃがみ込んでいた女性。その場から立ち去ろうと、ゆっくり立ち上がろうとする。そして目の前を少し見つめ、夏樹とは反対側の方へ向かおうとした。


 ――そんな時である。


 女性は勢いよく振り返り、信号待ちをしていた夏樹の存在に気付く。


「やばい、やばい! すごい表情で見ているな。余りにもジロジロと眺め過ぎたか」


 女性は喫驚きっきょうした様子で、目を見開き夏樹を凝視する。その状況に、慌てて俯き視線を逸らす。けれど、そんな時間も数十秒。


 やがて信号機は青になり、夏樹と女性はゆっくり近づいて行く。そして歩道の真ん中あたりで、重なり合おうとする。


 その瞬間――、緩慢かんまんとした動作で歩み寄る2人。スローモーションのように、ゆるやかで静かな時が流れる。こうして何もなく互いはすれ違おうとしていた……。


「やっぱり、僕の気のせいだったか?」


 声をかけられる事もなく、行き違う状況。偶々、容姿の似た女性が夢に出てきたであろうか。そう思い、そのまま過ぎ去るかに思われた。


 けれど、突然――。


「――あっ、あの!」


 女性は振り返りながら片手を軽く上げ、夏樹を呼び止めるような仕草を見せる。


「はい?」


 突然呼びかける女性の声に、唖然とした表情を浮かべ立ち止まる夏樹。

 

「どうされましたか?」

「あのぅ……。そのぅ……」


 夏樹の問いかけに、落ち着きがなく話す女性の言葉は曖昧。なにを話す訳でもなく、暫くそのような状態は続く。やがて歩道の信号機は青から赤へと変わり、止まっていた車も動きだす。


「ここは危ないので、歩道前へ戻りましょう」

「はっ、はい」


 2人は安全な場所まで戻るも、様子は変わらず沈黙した状態は続く。とはいうものの、いつまでも沈黙していては駄目だと感じたのであろうか。女性は何かを言いだそうと、ゆっくり口を開く。


「私の、私のせいで本当にごめんなさい」

「もしかして、昨日のことですか?」


 女性は悲しそうな表情を浮かべ、深く頭を下げる。その光景に、夢と思っていた出来事を問いかけてみる夏樹。


「はっ、はい……」

「やっぱり、そうでしたか。なにせ記憶がぼんやりしてたので、僕はてっきり勘違いかと思ってましたよ」


 女性は申し訳なさそうな顔つきで、小さな声で頷く。一方、夏樹は自分の記憶が夢じゃなかった。このように感じ、安堵の表情で話す。


「それは……。私が原因で起きた事故。貴方へ一生かけて、どれだけ償っても償いきれません」


 女性は目に溢れんばかりの涙を浮かべ何度も謝罪する。


「そんな大袈裟な。お互い無事だったんだから、いいじゃないですか」


 2人がこうしたやり取りをしていると、横断歩道の信号機が青へと変わる。


「じゃぁ、僕は会社へ用事があるので、これで失礼しますね。ですから、そんなにも気にしないで下さい」


 手に持つ書類を女性に見せ、夏樹は街へ向かって歩きだす。


「そっ、そっちは――!」


 女性が放つ声の瞬間、夏樹は強い眠気と激しい頭痛に襲われる。そして突然しゃがみ込み、自分の頭を両手で抱え悶え苦しんだ。


「ぐっぅ、――あの時と、おなじだ」


 その感覚に夏樹の瞼は次第に閉じていく。


 それと同時に意識もゆっくりと薄れ……。



 深く……。


 深く…………。


 再び、闇の中へ消えてゆく………………。

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