第2話 薄れゆく記憶
いつものように、コンビニで買い物を済ませる夏樹。店舗前の交差点で信号機が青になるのをルーティンのように待つ。
すると、少し遠くの方にスーツを着た女性が見えた。その女性は慌ただしい様子で右手に手帳を開き持ち、左手には携帯電話を握りしめる。もしかして、商談でもしているのであろうか? 会話をしながら交差点内へゆっくり足を踏み入れる。
こうした姿に、都会で過ごしていた頃はあんな感じだったのかな。過去を懐かしむ夏樹は、女性をぼんやりと眺めていた。ところが、赤信号に気付いていないのか? そのまま道を横断しようと突き進む……。
偶然にも、その時タイミングよく車も交差点内へ接近しつつあった。それはまるで、運命の悪戯。そう感じさせる奇妙ともいえる光景。
車道から窺える様子は、ゆらゆらと近づいているように見える。そんな状況を不思議に思い、目を凝らし運転席を覗き込んで見た。すると――、その光景に愕然と声を漏らす夏樹。なんと、運転手は座ったまま居眠りをしているではないか。
「――まずい!」
このままでは接触するかも知れない。そう感じた夏樹は、横断する女性へ大きな声で呼びかける。
「前を見ろ――‼ 赤信号だぞ――‼」
携帯電話で話をしているせいか、女性に夏樹の声は届いていない。その間にも、刻一刻と車は交差点内へ忍び寄る。
「――おい! ――おい!」
声を張り上げ叫んでみるが、やはり聞こえてはいない。すでに女性の前には車が近づき、衝突する寸前だった。その光景に心臓の鼓動は高鳴り、振動が凄まじい速さで脈を打つ。
「くそっ――、駄目だ! もう間に合わない」
いま駆けつけても手遅れだろう。そんな思いが脳裏をよぎるも、気持ちとは裏腹に女性を助けようと飛び込んだ――。
その瞬間‼ 強い眠気に襲われ、瞼が閉じていく。
夏樹には鈍い音がしたように思えたが、状況はよく分からない。けれど、薄っすらと映る一台の車。フロントガラスにはひびが入り、側面の窓は不自然に割れていた。
そして、微かに聴こえる救急車のサイレン。呼びかける救急隊の声。どちらもが入り交じり、子守歌のような感覚を覚える。
「あぁ、何だか夢を見ているようだ……」
頭の中はぼんやりと揺らいでいた。目の前は暗闇だが、何故かどことなく温かい。
「この感じ、よく似ているな……」
――薄れゆく記憶の中で思う。
夏樹は仕事の企画でいき詰ると、いつも会社の屋上で寝転がっていた。急いで企画を練り上げなければ駄目だというのに、おもむろに地面へ仰向けになり瞼を閉じて光を浴びる。
すると、不思議とアイデアが浮かんできたという。そんな感覚を受け、心地良い安らぎを覚える。
「もしかして、僕は……」
そう思いながら、意識はゆっくり遠ざかる。
深く……。
深く……。
闇の中へ消えてゆく…………。
✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿【場面転換】✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿
一体、どれくらいの時間が経過したのだろう? 再び、瞼越しに明かりが差し込めた。
「――んっ、ここは……天国?」
光の温かさに触れる夏樹は、ゆっくり瞼を開ける。
「……じゃなくて、僕の部屋か?」
ぼんやりとした様子で薄っすら目を開ける夏樹。そこには段ボール箱が幾つか置いてあり、片付け途中の状態であった。
「あれは夢? 僕はてっきり……。そんなはずは、ないよな?」
自らの掌を見つめ、その場で何かを考え込み思い返す。
「それにしても、結構リアルだったけど。あの子も夢か? 確かに触れた感触はあったけど……」
今一つ状況がのみ込めない夏樹。掌を目の前へ突き出し、感触を確認するかのように握りしめた。
「でも会社帰りの途中から、よく覚えてないんだよな? 昨日の事は夢だったとしても、自分で部屋にどうやって帰ってきたんだ」
夏樹は不可解な面持ちで周囲を確認し、部屋の中を何度も見渡す。
「とにかく、書類を持っていかないといけないし。昨日の場所へ行けば、何か分かるかもしれないか?」
モヤモヤとした思いを確認するため、提出書類を手に持ち出かける準備を始める夏樹。おぼつかない様子で向かおうとする場所とは。それはコンビニ前の交差点を、街へ数キロ行った辺りに会社があるという。
「まぁ、取り越し苦労かもしれないけど」
因みに、夏樹が住んでいるこの部屋は、会社契約の家賃と光熱費が無料だという。それは何とも厚遇な扱いと思うだろう。ところが、その建物は築何十年も経つおんぼろアパート。
建物には夏樹以外にも人が住んでおり、その者は以前から部屋を借りている浪人生。容姿は自分と同じ位か、それよりも上か? 無精ひげを生やしているので、年齢はよく分からない。とにかく、隣で同じように生活をしていた。
――こうして準備を済ませた夏樹は、目的の場所を目指すため玄関先へ向かう……。
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