🌸君の事が好きって、言えばよかった……🌸

🍀みゆき🍀

一章 刻々と迫る時のゆくえ

第1話  運命の赤い糸

「あぁ、それにしても今日も疲れたよなぁー。夏樹なつきすぐそこの居酒屋で一杯やって行かないか?」

「ごめん。今日もちょっと用事があるんだ。だから、また今度誘ってくれる?」


「そうか、それなら仕方ないな。じゃぁ、また今度な」

「あぁ、ごめん!」



 ――僕の名前は青葉あおば 夏樹なつき、どこにでもいるサラリーマン。


 今日も仕事の帰りに同僚から居酒屋へ誘われるが、昨日と同様に誘いを断った。だが、決してお酒が嫌いという訳ではない。それは単に、引越で部屋の片付けがまだ終わっていなかったからだ。


 そんな僕は、最近まで都会の某企業で営業職に就き働いていた。しかし、会社や世の中は、そこまで甘くは無い。そう、二ヶ月前まで……。


 田舎に住んでいた僕は、学生時代から都会に憧れ、十八歳の時に上京する。こうして入社したばかりの頃は、それはもうがむしゃらに頑張った。


 けれど、思うように結果がついてこない。とはいうものの、周りのライバル達は毎月ノルマ以上の成績を残す。


 でも僕は、会社から与えられたノルマすら達成する事ができない。そのため同僚達からは、いつも陰で給料泥棒と囁かれていた。


 だからといって、そう呼ばれても仕方ないのは事実。その理由は一つ。成果の残せない僕は、会社にしがみつくように二年の歳月を迎えていたからだ。


 ところが、そんな生活にもピリオドを打ち遂にその時は訪れる。2年もの間、成果の出せなかった僕は、四月の人事異動によって地方の協力会社へ転勤となる。いわゆる左遷というやつだ。


 こうして異動によって地方へ飛ばされた僕は、せわしない毎日から一変して落ち着いた生活へ戻る。


 まぁ、会社にしがみついてはいたが、さすがに最初の頃は悔しくて唇を何度も噛み締めた。でも今は、それでもいいかなとも思っている。


 なぜなら、都会のような慌ただしかった生活から、穏やかな暮らしに戻れたからだ。それに、周りの同僚達が僕を温かく迎えてくれたこと。その優しさが何よりも嬉しかった。


 それから、新天地へ異動して数ヶ月。慣れない街ではあったが、さすがに二ヶ月もすれば場所も覚えるものだ。今では仕事も覚え、同僚達とも打ち解ける毎日。しかしながら、まだ一つ終わってない大切なことがあった。


 ――そう! 引越の片付けだ。


 どうも僕は昔から片付けが苦手であり、彼女でもいたら片付けてくれるのかな。ふと偶に思う事がある。


 だが、決して部屋の掃除をさせてやろうとかではない。もし、いたのであれば一緒になって手伝ってくれるに違いない。と妄想を思い浮かべてみるも、イマイチよく分からない。


 ではどうして、そのように思うのだろう。それは、僕に彼女と呼べる存在がいないからだ。


 学生時代といえば、都会の一流企業へ入るため猛勉強に励む。これに反して、周りの同級生は部活や遊び恋愛を楽しんでいた。そんな中も、僕は気にせずひたすら勉強に打ち込む。


 そうして、卒業するや否や憧れであった都会の地へ就職した僕は、一心不乱に仕事をこなす。


 そんな理由から、彼女と呼べる存在は今まで一度だっていない。果たして、それがどんなものかさえ、余り実感もわかないものだ。


 だから欲しいなんて思った事もないし、自ら率先して作ろうとも思わない。でも、出会う機会があればいいなとは思う。まぁ、所詮その程度であり、これからも変わりはないだろう。


 というのも、僕の仕事はグラフィックデザイナー。広告などのデザインを制作する仕事であり、リモートワークが中心である。そのため、会社には数回ほど出社すればいい。しかし、このふた月は歓迎会や引継ぎ等により、月の半分が出社する形となった。


 けど、出社したからといって、ミーティングなどの会合も余りない。だから、自分のデスクへ座り黙々と仕事をするだけの日々。なんら自宅と変わりはない。つまりは会社から離れた場所で、仕事をおこなえるという事である。


 会社以外で外出といえば、主に自宅とコンビニを行ったり来たりだ。そんな暮らしの中で、出会いなどあるはずもない。まぁ積極的に街へ繰り出せば、ある程度の出会いがあるのは分かってはいる。 


 だが、僕が求めているのは餓えたような出会いではなく。もっとこう、偶然と運命で結ばれた出会いを思い描く。


 男のくせにって、普通はそう思うかもしれない。でも、一生の伴侶になるかもしれない相手を簡単に見つけてもいいのだろうか。 


 僕は付き合う相手は真剣に選びたい。そんな考えだから、彼女がいないのは当然なのかも知れない。


 それよりも、まずは部屋を片付けることが先決だ。 


 だから今日はある程度、寝られる場所を確保したい。そのような理由から、同僚からの誘いを断り自宅へ急ぐ…………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る