第2話 何で溺愛されてるの!?


 エクシリーヌは強行手段をとることにした。

 ジゼルに何としてでも、薬を飲ませるのだ。

 そのために、非情な手段をとることになったとしても……。


「ジゼルさん! 私が渡したお薬、飲んでくださるかしら? その代わりにクッキーを差し上げますわ」

「エクシリーヌ様……あの、すみません」


 お菓子で懐柔作戦、失敗。


「ジゼルさん! 一緒に走りませんか? はぁ……はぁ……ふう。走ったので喉がかわきましたわね。あら、そんなところに飲み物が?」

「あ、エクシリーヌ様。喉がかわいてるんですか。これ、飲みますか?」


 爽やかに駆けて、爽やかに飲ませよう作戦、失敗。


「ジゼルさん! 薬を飲んでください」

「エクシリーヌ様……あの、ごめんなさい」


 普通にお願いしてみる作戦、失敗。




 結果――惨敗。




 そして、次の日の朝。

 ジゼルに薬を渡してから、24時間が経過した。


 呪いは失敗。

 呪い返しが術者を襲う。


「ひっ……!」


 エクシリーヌの体は見る見ると縮んでいく。

 そして――3歳ほどの幼児となっていた。


「な……なんれすの、これは!?」


 エクシリーヌがジゼルにかけようとした呪い。

 それは幼児化の呪いであった。

 幼児になれば、ルシアンに色仕掛けはできなくなるだろうと考えて、この呪いを選んだのである。


 呪い返しが起きたのは、朝の授業前のこと。

 エクシリーヌは学園内にいた。

 しかし、こんな姿では教室に入れない。

 彼女は慌てて中庭の植えこみに隠れた。


(どうすればいいの……?)


 彼女は小さな体を丸めて、途方に暮れていた。

 すると、足音が聞こえる。

 それが植えこみの前で止まったので、エクシリーヌはびくりと震えた。


「ああ。こんなところにいたんだね。エクシリーヌ」


 そんな優しい声が降ってくる。

 次の瞬間、エクシリーヌはルシアンに抱き上げられていた。


「で、でんか……!? なにしゅるんれすの?!」


 体が幼児なので、言葉が舌ったらずになっている。

 ルシアンはエクシリーヌの顔を見て、穏やかにほほ笑んでいた。


「ふふ……。そんな姿になっても君は可愛いね」


 ちゅ……。

 頬にキスをされて、エクシリーヌは「ふぁ!?」と赤面した。


「や、やめなしゃい! しゅぐに下ろしゅのれす!」

「ダメだよ。そしたら君が逃げてしまうだろう」

「はなちて!」

「だーめ」

「この……し、しにしゃらせ~~~!」


 渾身の悪口も、舌っ足らずでは効果がなかった。




 その後――。

 エクシリーヌはルシアンの膝の上にいた。抜け出そうともがいてみたが、無駄だった。手に噛みついたら、「こら」と優しげに怒られた。


「さて、エクシリーヌ。君、ジゼルに呪いをかけようとしただろ」


 ルシアンが不意にそんなことを言い出して、エクシリーヌはぎくりと全身をこわばらせた。


「な……なんのことれすの……」

「これ。君がジゼルに渡したのだろう」


 ルシアンが黒い液体の瓶をとり出す。

 動かぬ証拠。なんてこった。

 せめてもの抵抗で、エクシリーヌはぷいっとそっぽを向いた。


「………………ちりましぇん……」

「嘘はダメだよ。呪いが失敗して、君はそんな姿になっている。そうだろう?」

「うう……わたくし、わるくありません……。くしゅりを飲まないジゼルさんがわるいんでしゅの……」

「彼女のせいにしない。それに、飲まないのも当然だよ」


 ルシアンがにっこりと笑顔で告げる。


「私が彼女に言ったんだ。エクシリーヌが薬を渡して、飲むように言ってくるだろうけど……それは絶対に飲んではいけないよ、と」

「……ふぇ…………?」


 エクシリーヌは目を点にして、ルシアンを見上げる。

 抱っこされているので距離が近い。美が眼前に映って、エクシリーヌはノックアウトされかけた。


「でんか……。どういうことでしゅの……?」

「君、図書館に置いてあった黒魔法の本を使ったんだろ」

「どうちて、しょれを……!?」

「……君が私に尋ねてきたんじゃないか。黒魔法について」


 エクシリーヌは黒魔法について調べるため、識者に尋ねていた。

 ――それが何と、ルシアンだったのである。

 ルシアンはこの学校で、魔法の成績はトップだ。だから、ぴったりだと思ったのだが。……明らかな人選ミス。


「は、はわ……!? でも、あの本をわたくしが選ぶかは、わからないでしゅわ……!」

「あの本しかないんだよ。この学校の図書館にはね。あれ、私が置いた本だから」

「ふぇぇ……?!」

「考えてみてご覧。『人を呪う』本なんて、学校の図書館に置けるわけがないだろう」

「………………っ!」


 今気付いた、の顔でエクシリーヌは硬直する。

 ルシアンはおかしそうに笑った。


「君があんなに一生懸命に黒魔法の勉強をするなんて、思わなかったよ。君は本当に何事においても努力家なんだね。方向性は少しずれているけど」

「でも! でも……! わたくしがもし、もっとひどい呪いをジゼルさんにかけようとしたら、どうしゅるつもりだったんれすの!?」


 あの本には、多種多様な呪いについて載っていたのだ。

 全身に発疹ができて、死ぬほどかゆい目にあう呪いや、食べものがすべてゲロの味になる呪いなんてものまであった。

 もしその呪いをジゼルにかけて……呪い返しにあっていたらと想像するだけで恐ろしい。

 ルシアンは、ふ、と笑う。それはとても優しげな笑みだった。


「君が選ぶのは、『幼児化』の呪いだとわかっていたよ」

「だから、どうちて……!?」

「だって、君は人を憎んでも、本当にひどいことはできない人だから。そんなところが愛おしい」


 そう言って、頭をなでなでされる。

 エクシリーヌは固まった。そろそろ羞恥で全身が溶けそうだ。スライム令嬢になる前に、この腕からは何としてでも抜け出さなくてはならない。


「……は……はなちてください……。でんか」

「だーめ。その呪いの効果は24時間だろう。それまで君のことは、こうやって可愛がるよ」

「どうちて……!?」

「選んだのは危険性のない呪いだったとはいえ、君はジゼルを呪おうとしたんだ。だから……」


 ルシアンは綺麗な笑みをエクシリーヌに向ける。

 美しい声は、わずかに毒を含んでいて、ジゼルの全身に浸透した。







「――その罰、だよ」






 公爵令嬢エクシリーヌはプライドが高いので、大変負けず嫌いであった。

 ――この屈辱は絶対に晴らす……!

 彼女はそう決意する。



 エクシリーヌが懲りずに黒魔法の研鑽を行い、「猫化する呪い」「記憶喪失になる呪い」に手を出して……

 ことごとく呪い返しにあうのは、また別のお話。





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悪役の動きしかしていないのに、なぜか溺愛される悪役令嬢の顛末 村沢黒音 @kurone629

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