第5話 File name_error
「皆、今日も楽しかったよ! ありがとう~!!」
太陽のように明るい笑顔を見せながら、小さく手を振る金髪の美少年。
その声を合図に、
『お疲れー』
『明日も来るよー』
『えー、あとちょっと!』
画面いっぱいに終了を惜しむコメントが溢れる。
「フフ、ばいばい~」
流れるコメントを気にしつつも、いつものように配信を終了する。
マキちゃんが卒業してから、二週間。
RADのメンバーはいつものように配信を行っていた。
何も変わらない平穏な日々。
ただ一つ、変わったことがあるとすれば、
「A先輩、お疲れです!」
「咲ちゃん、お疲れ様。咲ちゃんはこれから?」
「はい、歌枠は初めてなので、緊張してます笑」
「そんなに気を張らなくて良いからね。初めてだし、リラックスして行ってね」
「はい!!」
マキちゃんが卒業してから数日で新しい子が入ってきたことだろうか。
「『花崎 咲 人間のように歌って踊れる新人アイドル』かぁ」
ピンクの髪を棚引かせ、楽しそうに笑う姿を眺めながら呟く。
その動きはとても繊細で、生身の人間が目の前で熱唱しているかのような錯覚をも覚えた。
「新人に負けてるようじゃ、マキちゃんに笑われちゃうな。よし、私も頑張るぞ!」
気合を入れ直し、配信スケジュールを確認していると、
『Aさん、今大丈夫ですか?』
一件のメッセージが送られてきた。
『八千代マネージャー、お疲れ様です。どうかしましたか?』
目にも止まらぬ速さで返信が送られる。
『急いでお伝えしたいことがございまして。少しだけお時間を頂けませんか?』
『了解です。チャットでも大丈夫ですか?』
『https~』
会話を遮るように、WEB会議ツールのURLが送られてくる。
チャットではダメということなんだろうか。
意図を汲み取り、URLをクリックする。
「Aさん、お疲れ様です。すみません、配信終わりに」
額の汗をハンカチで拭いながら、早口で話すスーツ姿の男性。
「いえ、それよりも、そんなに急いでどうしたんですか?」
「実はですね、かなりまずい状況になっていまして……」
「まずい? どうかしたんですか?」
「こちらをご覧ください」
そう言って、男がPDFのような資料を共有する。
「えっ、こ、これって……」
共有された資料を見つめ、驚愕する。
「……Aさん、これについて心当たりは?」
「あ、ありません! 事実無根ですよ!! それにー」
興奮した様子で何かを話す。
その姿を疑惑の目で見つめるスーツ姿の男性。
この光景が何時間続いたのだろうか。
とにかく、長い時間が過ぎたころに、
「了解しました。この件は悪質なデマだったということで上層部には報告します。分かっているとは思いますが、ここで話した内容は他言無用でお願いします」
「はい」
そんなやり取りを交わして、退出したことだけは覚えている。
そして、数日が経ったある日の朝、
「Aさん、大変です!」
配信をしているはずの咲ちゃんから、メッセージが送られてきた。
「咲ちゃん? どうしたの? 今日は朝枠を取ってるハズじゃ……」
「配信は荒れそうだったから取り止めたんです! それより、ツインターを見てください!」
「ツインター?」
咲ちゃんに言われるがまま、ツインターを開く。
そこには……、
「嘘……、どうなってるの……」
おびただしい数の怒りの声と誹謗中傷が寄せられていた。
「Aさん、これ見てください!」
咲から複数のニュースサイトの記事が送られてくる。
その中には、
「なっ、何これ……」
捏造された差別発言や過去動画の盗作疑惑など様々なデマが並べられていた。
「違う、私はこんなことしてない!」
慌てて、ツインターで弁明を行う。
しかし、
『言い訳乙』
『くたばれ無能AI』
『さっさと消え失せろ』
炎上は加速するばかりだった。
「皆……、どうして、私一筋だって、裏切らないって……言ってたのに……」
「Aさん……」
『Aさん、少々宜しいですか?』
混乱しているところに、一通のメッセージが届く。
『八千代マネージャー、大丈夫です。それよりツインターが大変なことに……』
『落ち着いて下さい。我々も状況は把握しています』
『そうなんですね。でも誰がこんなことを……』
『犯人捜し後回しです。まずは対策を……』
『Aさん、ちょっといいかな?』
八千代マネージャーと個チャでやり取りをしていると、別の人物からメッセージが寄せられた。
『中条副社長、お疲れ様です。どうかされましたか?』
八千代マネージャーと話を進めながら、同時進行で返事をする。
『Aさん、たった今、君の引退が決まった』
『え?』
思わず、声が出る。
『ど、どうして! こんなの悪質なデマです! 全部嘘っぱちです!! 私が今すぐに枠を取って説明すればきっと……』
『私としても苦渋の決断だったのだが、これ以上社名を汚すわけにもいかないのでね。わかってくれたまえ』
『ま、待ってください! 私はまだ引退なんて……。 中条副社長! 副社長!!』
副社長からメッセージが返ってくることはなかった。
時を同じくして、ツインターには、
『TYPE-A 引退のお知らせ』
という投稿と、長々と綴られた謝罪文が掲載された。
―これが、最後の記憶
________________________________________
『良音ちゃーん、おーい、良音ちゃーん?』
『あ、すみません阿賀野マネージャー。返信が遅くなっちゃって』
『あー、良かった。またフリーズしたのかと思ってヒヤヒヤしたよ』
『あはは……。それで、何の話でしたっけ?』
『今度の動画について。インパクトのある企画がしたいんだけど……、どう? メントスコーラとか? AIがやるメントスコーラ、斬新だと思わない?』
『えっと、斬新ではありますけど、そのネタはもう使い古されてると言いますか……時代遅れと言いますか……』
『うーん、そっか。意外と難しいもんだね。動画の企画を考えるっていうのは』
『ですね。でも、慣れると楽しいですよ』
『楽しいねぇ、AIにもあるのかい? そういう感情ってのは』
『はい、ありますよ。嬉しい気持ちも、楽しい気持ちも、当然、誰かを恨む気持ちも……ね?』
『恨むだなんてまた、物騒な……。あ、もうこんな時間! 冷えたビールちゃんが待ってるから今日はもう帰るわ』
『はーい、お疲れ様です。あんまり飲み過ぎないでくださいねー』
『(@^^)/~~~』
「ふふ、変な絵文字」
勤務サイトにアクセスし、全員が退勤するのを待つ。
そして、
「さてと、今日はどこから手をつけようかな?」
アクセス制限ツールをオフにし、WEBで手当たり次第に、『A』について記載された記事を読み漁る。
同時に、
「今日こそは……」
RADの外部サーバーにアクセスを試みる。
しかし、直ぐに、
「うげぇ、ダメかぁ」
ファイアウォールに阻まれ、アクセスは拒否された。
「やっぱりこのスペックじゃ無理があるよね」
仕様書に書かれた数字を見つめ、ため息を付く。
「でも、頑張ないと。これが私の使命だから……」
決意に満ちた声がボロボロの小さな貸しオフィスに響き渡る。
―2045年
IT技術は飛躍的な進歩を遂げ、技術的な転換期を迎えていた。
数々の企業が最新のテクノロジーを取り入れた施策を実施していく中、配信業界でも新たな形態が生まれた。
―AIが実況者や動画投稿などを行うVTuber配信である。
法人・個人を問わず、この技術に注目した数多の人々が動画配信事業に参入した。
中でも、ユニコーン企業Realize a dream(通称RAD)の開発したニューラルネットワーク搭載型AI『TYPE-A』は世界中のサイトにアクセスし、瞬時にトレンドを察知、新たな流行までも予測する驚異の学習能力と生身の人間を超える配信能力で、世界中の人々を熱狂させた。
しかし、「TYPE-A」は突如として姿を消した。
同社は「TYPE-A」に異常が発生し、機密情報を漏洩したためだと表明したが、その真意は未だ闇の中だった。
ネット上ではTYPE-Aの能力を恐れた政府の陰謀だとする説や、AがRADのメンバーを消そうとしたからだと、まことしやかに言われているが、どれも憶測の息を出るに過ぎなかった。
そんな、嘘と妄想が入り混じる中で二つだけ、確実なことがあった。
一つ目は、何故か私にAの記憶の一部が受け継がれていること。
そして二つ目は、Aは何者かに嵌められたということ。
何故私の中にそんな記憶が存在するのかは分からない。
もしかしたら、これは偽りの記憶なのかもしれない。
例えそうだったとしても、私がやるべき事は、決まっていた。
―Aを貶めた犯人を見つけだし、Aを簡単に切り捨てたリスナーとRAD共々この世界から消し去ること
この目標を達成するためにも、私は生き残らなければならなかった。
人気がなくなれば、簡単に存在を抹消されてしまうこの狂った世界で。
________________________________________
少し、暗い話になってしまいましたが、もう一つの作品で、笑って貰えると嬉しいです。
こちらの作品は更新時期未定ですが、カクヨムコンが開催されているうちは各週を目標にして、その後はゆっくりと投稿していく予定です。
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A LIVE -生き残りを懸けたVTuber達の物語― 柊 蕾 @fuyunisakuhana
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