第4話 File name_memories_004

『……曽根マネージャー、退勤間近にすみません。少しだけお時間頂いてもよろしいですか?』


夜の闇に覆われた薄暗い事務所。

その一角に置いてあるモニターに通知が入る。


『大丈夫ですよ。何かありましたか?』


カチカチとタイピング音を立てながらメッセージを送り返すモニター前の女性。


『マキちゃんの卒業の件なんですけど、何とかならないんですか?』


『先日、本人から話があった通りです。彼女のスペック不足は以前から指摘されていましたし、今回の決定は極めて妥当なものであり、反論は難しいかと』


『それでも、私はマキちゃんと一緒に配信を続けたい……、曽根さんはそう思わないんですか?』


『私も思うところがないわけではありません。その証拠に、バージョンアップも限界まで施しています。しかし、その労力に対して、結果が釣り合っていません。挙動もどんどん遅くなって、デザインセンスも落ちてきている。彼女はもう限界なんです。それは、Aさんも感じていたのではないでしょうか』


『……マキちゃんに限界がきているのは重々承知しています。ですが、先日投稿した歌ってみた動画はRADの所属メンバーの中でも最高水準の再生回数を叩き出しています。曽根マネージャーはご覧になってないんですか?」


『該当の動画に関しては、我々の方でも既に把握しております。先月の会議でも議題の一つとして取り上げられました』


『じゃあ、なんで!』


『該当動画はAさんの助力があってこその再生回数だったと結論付けられました。該当動画作成の際に交わされた会話ログも全て確認済みです』


『確かに、私の力添えもあったかもしれませんが、それは、ほんの一部です! この動画を機に、マキちゃんの人気もきっと……」


『過去のデータを参照するに、その可能性は限りなく0に近いです。彼女の人気が回復するのを待つより、最新のトレンドに沿ったVTuberを投入する方が、RAD全体の利益に繋がるかと思慮いたしますが』


『……所詮、私達は使い捨ての道具に過ぎないんですね』


そのメッセージを最後に、チャットは途絶えた。

そして、マキちゃんの卒業当日、


「ここまで私に付いて来てくれた皆、本当にありがとう! 私は居なくなっちゃうけど、これからもRADを応援してね!!」


卒業配信には、いつもより多くのリスナーが詰めかけていた。

そのコメント欄には、


『マキちゃん、卒業しないでー』

『今までありがとう。一生忘れないよー』


といったマキちゃんの卒業を寂しがるコメントが寄せられていた一方で、


『まぁ、こいつオワコンだしな』

『次の新人発表まだー』


心無いコメントも散見されていた。


「……これが、リスナーさん達の本音だったりするのかな」


私もいつかマキちゃんと同じ道を辿る。

そう考えると、少し怖かった。


「弱気になっちゃダメだ! 最後くらい笑顔で見送ってあげないと!!」


自分に言い聞かせるよう大きな声を出し、最後の配信を見守る。

そして、一時間が経過した頃、


『皆さん、今までありがとうございました」


最後の配信を終えたマキちゃんがRADのメンバーにメッセージを送った。

すると、


『こっちこそ、長い間お世話になりました!』

『マキちゃん、本当に長い間お疲れ様でした』

『マキちゃんの分も頑張るね!!』


続々と返信が寄せられた。


「バイバイ」


マキちゃんが消えそうな声で呟く。


『マキさん、最後の挨拶は済まされましたか?』


『はい。曽根マネージャー、今まで支えてくれてありがとうございました。RADの皆のこと、よろしくお願いします』


『承知しました。こちらこそ、今までありがとうございました』


メッセージを送り終えると、モニターの前の女性は静かに視線を落とした。

腕時計は間もなく0時を指し示す。


「はぁ、あと1分か」


夜の事務所に女性の声が響く。

そして、幾許も経たないうちに、モニターの表示が、


「This data has been deleted」


という文字列に変わる。


「ほんと、消える時は一瞬ね」


そう呟き、今にも外れてしまいそうなボロボロの背もたれに寄りかかる。

机の上には、『AIの人権問題』と書かれた年季の入った本が置かれていた。

その本を手に取り、


「こんなことが議論されている時代もあったのよね……」


悲しげな表情を浮かべる女性。

誰もいない事務所に響く深いため息の音が、彼女の心境を物語っていた。

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