オドル

チャイムが鳴る。講義の時間が終わった。教授はチャイムと同時にスライドを止める。そして、腕時計を確認し「もうこんな時間か。」とつぶやき、講義を終える。いつものルーチンワークのようなものだ。その言葉を皮切りに続々と人が講義室から出ていく。濁流のように。一度席を離れれば、一度堰を切れば止まらない。流れが終わるまで講義室で片づける振りをし、待つ。これが私のルーチンワークだ。いつも通りの行動を義務のようにこなしていると後ろから肩をたたかれた。奴だ。

「チャイムなりスライド止めて時計見る。」振り向くとにやにやした表情の奴がいた。高校時代同じサッカー部だった、竹割快(たけわりかい)がそこにいた。腐れ縁があるようで講義もことごとく同じだった。納豆縁と言ってもよい。えんがちょ。えんがちょ。彼は話を続ける。「俺、気づいちまったんだよ。日本人には5・7・5がよくなじむんだって。」何を言ってるんだこいつは。そう思っている私を無視し、話を続ける。「5・7・5日本人にはよくなじむ。こうゆう風に言い換えるとすっと入ってくるんだよ。やっぱ日本人には5・7・5と米だね。」こいつはいつもこんなことを言う。こんな能天気に生きることができればどれだけ楽かと。そう考えずにはいられない。そんなことを考えても私は私でしかないのだが。「今日も元気イイね。」少し嫌味っぽく言ってみる。「そうだろ。それが俺だからよ。」そう竹割は竹割なのだ。次の講義の場所へ向かおうと私はおもむろに立ち上がる。「じゃあ。」そう言ってこの場から離れようとする。すると彼は少し驚いた表情をしながら。「ちょっと待てよ。講義どうせ一緒だろ。一緒に行こうぜ。」仕方ない。一緒に行ってやろう。「OK。」そう返事だけをし、ともに講義室を出た。階段を上る。彼はスマホでおもしろ動画を探している。どうせ、何かの話題にしたいんだろう。歩きスマホは今や七つの大罪の一つになっているというのに。踊場に差し掛かる。踊場には大きな鏡がある。そこで私は見てしまった。彼が泣いている姿を。鏡の中で。確かに泣いていた。しかし、実像の彼はさっきと変わらぬ顔でスマホを見ていた。

      

     再度、鏡を見ると泣いている彼がそこにまだ写っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

X記 よだかの夜 @totonoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る