小説家になってよかった。



 私の名前は実空 千里。ペンネーム大空みるこ。

 『小説家になろう』に投稿してた私の作品『最弱な転生で不幸な私』が異例の早さで書籍化が決定した。発売は三月。書籍化連絡を受けてたった半年だ。

 イラストも迅速に決定された。『海老名楓』先生。

 知ってる。超有名イラストレーター。何でこんな人つかまえられたんだろう。


 普通、ただのWeb小説上がりの書籍なんてあまり注目されないものだが『最弱な転生で不幸な私』は何故か注目されていた。

 理由一つ目。やはりイラストレーターがすごい人だから。

 理由二つ目。有名イラストレーターである、ならずもの先生、ふうりん先生がXにて良い作品だと宣伝したからだ。


 何を隠そうこの二人は私の友達だ。ヲタクサークル『ヲタクよ話さないか?』にて共にヲタク活動をしているのだ。

 それに、ふうりんは私の学生時代からの親友である。

 親友……だよね?

 と周りの知名度のお陰で何となく民衆に私の小説の存在は脳の片隅に記憶されていた。


そんなこともありながら発売日は着々と近づいていっている。忘年会で知恵から助言をもらったが、それでこの焦りが消えるほど単純なものでもない。私はその焦りを小説にぶつけていた。

しかし二巻が決定したわけでもないので書いている小説はやはり、『小説家になろう』に上げている『最弱な転生で不幸な私(Web版)』の続きである。

そんな感じで書いていたものだから、この章は慌ただしい戦闘ばかりの章になってしまった。


「お姉ちゃん、最近投稿ペース早いね」


妹の琴音がそんなことを言ってきた。ちなみに彼女にはすっかり身バレしている、一応ブクマしてくれてるみたいだ。

琴音もネットで活動をしているみたいだが、まだ特定には至っていない。いったい何をやっているのだろうか。


 後日、山田優が来た。

 厨二病になりきれてない残念な人物だ。

 彼女の様子がいつもと違った。もじもじしてて、何やら気まずそうだ。


「まさか、千里がみるこさんだったとは」

「それはこっちのセリフです」


 何故優が私のことを『大空みるこ』であることを知っているかなど知るわけない。おそらく知恵あたりから聞いたのだろうか。

 彼女はとても気まずそうにしてたが、何を隠そう私も優以上に緊張していた。

 会話の相手は名作量産機とも言われている『瑞稀沙霧の滅裂乱舞』の作者。ペンネームはたしか……。


「まあ、いつも通り過ごそうか、千里」

「そだね」


 堅苦しいのは確かに疲れる。優のこの意見には賛成だ。


「ところで、『海老名楓』とは話したことあるの?」


 話がいきなり飛んだ。


「メールくらいなら。電話はしたことないなぁ」

「やっぱりか」


 やっぱり?やっぱりとはどうゆうことだろうかと疑問を持ったが、それは一瞬のうちに解決された。


「私も一時期海老名楓と仕事したことがあったんよ。でも、仕事の用で電話しようとしても彼女出ないのよ」

「てか、海老名先生は『彼女』なんですかね」


海老名先生の性別は明かされていない。SNSの発言から女性だと言われているが、絵柄が結構萌え系なので、男だろと言う声もあるが、一般的には女という認識となっている。


「まあ、真相は闇の中だな……」

「あ、出版社に聞けばわかんじゃない?」


 と私が提案すると優は「よしきた!」と言ってスマホを手に取った。


プルルルルルル。プルルルルルル。


「はいどーも」


 優は偉そうに電話をかけた。やはり名作量産機は出版社に対しての態度が違う。

 優はしばらく話をした。


「どうだった?」


 電話を終えた優に私は聞いた。


「教えられないって」


 そこまで秘密なのか。と私達は思った。まるで、エロマンガ先生だ。


「一旦お手上げかぁー」


 と私が諦めかけていると。


「いや、まだ早いぞ。もしかしたら、私の友達で海老名楓について詳しく知っているやつがいるかもしれない……。ちょっと聞いてくる!」


 そう言って私の家を出た。


「おーい!聞くって……。あーあ行っちゃった」


 そして優がいなくなって静かになった自室を眺めた。


「……」


ピンポーン


 玄関のベルが鳴った。


「はーい。あ、夏美」

「よ。あとこっちも」

「ど、ども」


 夏美の陰から顔を出したのは霧方 美樹だった。


「どうぞ、上がって」


 私は夏美と美樹を歓迎した。


「琴音ちゃーん」


 すると美樹はまっすぐ琴音の部屋に入っていった。


「あの人何しにきたんだろ」

「さあ」

「お前もだよ」

「え?」


 夏美の目的も知らない私はそう聞くと、夏美は何か?というような顔を私に見せた。


 「……」


 そこからはしばらくの沈黙が続いた。


*****


「結局、何しにきたの?」

「ああ、千里の現状を眺めにきたのよ」

「うん、余計なお世話、帰れ」

「うそうそ!本当は見てほしいものがあって」


 すると、夏美はスマホを取り出して少しスワイプしたのち私にその画面を見せた。


「何これぇ?」

「遊●王のデッキでも見てんの?」


 『瑞稀沙霧の滅裂乱舞』の連載が終了するという記事だった。


「はぁ」

「ちょっと許せん。あの漫画をもう終わらせるなんて」

「いや、別に、もう結構経ってるでしょ?連載開始から。何巻発売されたっけ?」

「三十巻」

「十分だよ。お疲れ様って言ってあげたら」

「いや、私あの作品大好きだから終わってほしくない。優は何処へ?」

「さっきまでいて、もう出てった。なんか海老名楓の情報を集めるために」

「ほう、じゃあ、あそこだな」


 夏美はにやついた。


「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」


 とだけ言って、出ていった。


 それから一分後、優が来た。


「忘れ物―」

「あれ?夏美は?」

「え?見てないけど」


 優はキョトンとした顔をした。

 すれ違ったな……。

 文面には明確に記載していないが、私たち家族は兵庫県のマンション住まいなのである。

 夏美は普段階段を使っていて、そして、優はエレベーターを使ったからこのすれ違いが生まれたと私は勝手に予想した。

 余談だが、私は後々この予想が的確していたことを知ることになる。


*****


「お姉ちゃん、ちょっと来て」


 引きこもりJK妹が私を呼んだ。

 私はそれに従い、琴音の部屋に入っていった。


 琴音の不登校事件から琴音の部屋に入るのは初めてだ。私は多少、緊張しながら部屋に入った。

 入ってみると、雰囲気が何やら、誰かの部屋に似ている気がした。

 誰だろう。と考える前に名前が思い浮かんだ。夏美だ。

 夏美の部屋には学生時代が終わってからは一回も入ったことがないのだが、それまではお邪魔したことがあったのだ。

 そのときの夏美はずっと絵を描いてた。

 そんな部屋をしていたのだ。漫画家という職業に憧れていた夏美の部屋瓜二つ。


「琴音。もしかして、漫画描いてるの?」


 琴音は振り向いた。


「何で分かったの?」

「何となく」

「勘強すぎ」


 名探偵みるこのコーナーはさておき……。本題へと移る。


「用は何?」

「ああ、これ……」


 すると琴音はペンタブをつけて言った。


「今、漫画を描いているんだけど、シナリオ展開に困ってて」

「そういうのはプロに聞けよ」

「お姉ちゃんも一応プロなのでは……?」


 妹に頼られるのはいいのだが、どうも私では心もとないと自分でも思う。

 しかし、折角頼られたので少しばかりそれに応えることにした。

 見てみると、かなり上出来な漫画だった。

 ジャンルとしてはラブコメ。シナリオ展開も面白いし、何より絵が上手い。


「凄いなぁ。誰かに教えてもらったの?」

「うん。霧方さんに」


 心強すぎる。


「私、いらんやん」

「いや、霧方さんがシナリオはお姉ちゃんに教えてもらったら?って言ってたから」


 そんなこと言われても困ったものである。私が今まで書いた小説はファンタジー小説の『最弱な転生で不幸な私』と『私』という意味不明なエッセイだけであるからして……。

 ラブコメに関しては一切無知なのだ。リアルでもしたことないし……。

 ちなみに、余談だが、『私』に関しては既に削除済みである。

 だから、私が助言できることはただひとつである。


「先人を参考にしろ」


 と言って、私は琴音にニセ●イを渡した。


*****


 本日。3月10日。

 とうとうこの日がやってきた。

 本日、『最弱な転生で不幸な私』の発売日である。

 宣伝としては、私も十分やったが、やはりまわりの影響が凄まじい。

 イラストレーター界の二強(と言っても過言ではない)ふうりんとならずものコンビの推しでかなり知名度を上げていた。

 そして、絵師の海老名楓の存在だ。

 そんな少し、注目を浴びていたラノベは案の定売れた。


「結論から言うと、死ぬほど売れてます」


 その担当さんの連絡は衝撃だった。


「本当ですか……?」

「はい、結構好評ですよ。あの二人のおかげですかね」


 確かにそれはそうだ。あの二人の力がなかったら、ここまで読者を確保することは難しかったであろう。

 ほんとに感謝してもしきれない。


 チャット内会話________________________________


ケンタロウ『買いましたよ!大空先生のデビュー作!』


ふうりん『まさか、みるこが本当に職に就くなんて(泣)』


ナマケモノ『なかなか好評みたいじゃないですか!よかったですね!名島でもここまで良いスタートダッシュはできてなかったですよ』


大空みるこ『ありがとうございます!ありがとうございます!』


みどそん『いやいや、こちらこそ、良い作品を世に出してくれてどうもありがとうございます!』



 普通なら全てがうまい具合にいってウハウハだなあと思える展開だろう。

 しかし、私は少しもやっとしていた。

 この展開、この人気は自分のものではないと。そんなことを思っていた。

 実際この本を買ってくれた大半はならずものかふうりんのファンの人たちだろう。

 そんな人たちが私の本を持続的に読んでくれるのだろうか。


「なんてことを私に聞いてきたと」


 その不安だった内容を担当さんにぶちまけた。


「はい、やっぱり、私、なろう出身ですし、ネットとかで、『クソなろう』とかいう言葉を聞くと不安で」

「なるほど。じゃあ入ってきて良いですよ」

「?」


 担当さんが合図をすると、あるパイでか美少女が入室してきた。


「あ、あの……。この人は?」

「よくぞ聞いた!我こそ伝説のイラストレーター!その名も……」

「『最弱な転生で不幸な私』のイラスト担当、海老名楓先生です」

「酷い!今言うところだったのに!」


 何やら明るくて、ノリの良い人だ。ん?海老名先生?


「改めまして、貴方の作品のイラストを描かせてもらっている海老名楓です!」

「ええー!!」


 連絡つかずのイラストレーター海老名楓のリアルに出会った。


「なんでここいるんですか?」

「いや、今日、みるこ先生と二巻以降について話し合う予定だったんですけど……?」


 海老名先生は戸惑いのあまり敬語になった。


「ああ、そうですか……。じゃあ何で今まで連絡つかなかったんですか?」


 私がそう尋ねると、担当さんが口を開いた。


「海老名先生は仕事中、通知を切っているんです。何やら集中するために必要らしく……」

「それで私、四六時中、仕事してるから連絡がつかなかったわけ」

「何じゃそりゃ」


 とにかく、海老名案件が解決した。この件、優にも話しておかなければ。


「そういえば、あの人からも連絡来てましたよね」

「ああ、優ね。完全に無視してたわ」


 担当さんと海老名先生のその会話に少しばかり冷たさを覚えた。


*****


「で、何だっけ?ふうりんやナマケモノの人気に助けられてるだけで、これからが心配と?」

「は、はい」

「ふぅん」


 そう言うと、海老名先生は顔を近づけてきた。


「あのなぁ。一つ言わせていい?」

「は、はい」


「舐めんなよ。私のファンとお前のファン」


 とても威圧的に説教された。


「私にファン?」


 そんなものが存在するか……?と思った。


「いるだろう。なろうでたくさんいいねや感想とか来るだろう?アレ全部ファンからだよ。読んでもらってる人も全員。もっとも、私もその一人だし」

「え!」


 意外だった。まさか、海老名先生が私の作品を読んでくれていたなんて。


「自信。持ってよ。相棒」

「はい!」


 そうだ。これから海老名先生は私の相棒なんだ。

 何となく思った。彼女と一緒ならきっと大丈夫だと。


*****


 翌日。

 サークル関西メンバー私,夏美、知恵、真希は大阪でオフ会していた。


「おもろいもんなーコレ、絵師さんもええわー。『海老名楓』先生やで、豪華やわー」


 知恵はそうイラストの部分を褒めた。私の部分よりイラストを褒めていたが、彼女としてはストーリーは褒めるまでもなく面白い。と思っているのだろう。


「本当におめでとうございます!いやーまさかこんな豪華な人たちに囲まれてのオフ会なんて」


 真希は肩身を狭くして言った。


「大丈夫やで、真希さん。こいつまだ新人やし」


 夏美は私を使ってフォローした。


「いや、でも『小説家になろう』で職を与えさせてもらえるとはこれはもう、梅崎祐輔さんと電◯文庫さんに感謝しかないです」


 私は思いのままに演説した。


 オフ会が終わって、居酒屋を出ると、外は既に夜だった。しかし、寒くない。もう春だ。

 大阪駅からJRで家まで帰る。

 電車で揺られながら、私はスマホを立ち上げ、Xを開いた。

 すると、私の小説の評価が沢山ポストされていた。

 どの感想も貴重な意見だ。二巻で活かそう。

 そういえば、ここ最近、Webの方を更新できていなかった。

 書き溜めていた分を投稿するため、設定をする。


「あとがきかぁ。あとがきあとがき……」


 私はフリック入力で打ち込んだ。


『小説家になってよかったです。読者の皆様、今まで読んでくださってありがとうございました。これからもよろしくお願いします』


 投稿。


 電車がホームに停まった。


「ほら、夏美行くよ」

「ふぇええええ」


 彼女はすっかり酔い潰れてしまっている。

 私はその手を引きながら前へ進む。

 ただ、前へ進む。

 これからの未来に期待を込めて。

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小説家になろう! 端谷 えむてー @shyunnou-hashitani

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