極寒コミックフェスティバル
『今度の冬コミ当選しました!』
『このブースです!是非来てください!』
『初参戦です!よろしくお願いします!』
『このコスプレどうでしょうか?』
『今回のコミケはブ●アカのところがやっぱり多いなー』
Xを巡回していると、私のおすすめはコミックマーケットのポストで埋め尽くされていた。
冬のコミックマーケット。略して冬コミ。年末に行われるサブカルチャーフェスティバルだ。
舞台は誰もが知っている東京ビックサイト。ヲタクの聖地であり、もう実家といっても過言ではない。
そこで私、実空千里は二回目の一般参加をしようとしていたのだ。
前回は過酷の夏のコミックマーケットに参加。初参加ながら結果は大成功。目的の薄い本を確保できた。
今回も成功を収めるため、私は準備を万端にしていた。
「それもそうだけど、小説の方は大丈夫なの?」
そう言ってきたのは夏美だった。
学生時代、私はしっかり課題は出してきたほうの優等生だった。出してなかったのはそっちのほうではないか。
「夏美は大丈夫なん?」
と質問返し。夏美の返答は手で「グッド」のサイン。つまり順調ということだ。
「ていうか私が聞いてんじゃん!」
夏美がちゃぶ台をどんっ!と叩いた。
「キレた親父?」
現在11月上旬。
冬のコミックマーケットまではおよそ二ヶ月程の猶予がある。
しかし、私は11月中旬までに完成原稿を出版社に提出しなければならないのだ。
ギャグ漫画みたいな無茶振りの時間設定に私は困らせれていた。
『先生。無茶かもしれませんが、早めに原稿下さいね』
『あ、はい』
信用できなそうな返事を返した私はメールのアプリを閉じ、作業に向かった。
完成の目処は立っている。明日にでも終わりそうな勢いだ。私は激しくキーボードを叩いた。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!俺は今、やる気マックスファイヤーだぜぇ!!!!!!!!!!!!!!」
「うるさあああああああい!!!!もう深夜だぞおおおお!!!!!!」
琴音からおしかりを受けた。
「あれ、琴音、まだ起きてたの?」
「うん、まあ、学校行かなくていいし」
彼女はとあることがあって先日高校を中退し、中卒……。ではなく通信制高校に編入。しかし、時間は有り余るほどあるとのことで『趣味』に没頭しているとのことだ。なんの趣味かは知らない。
とりあえず、私はやる気マックスファイヤーモードに戻り、小説を執筆した。
そして、朝日が登った頃。
「終わった……。よし、提出しよう」
私はとりあえずデータを担当さんに送り、力尽きて熟睡した。
「こら!千里!起きなさい!!」
「はう!」
さっとスマホを手にして時刻を確認した。
午後八時。グッバイランチタイム。
「お姉ちゃん。晩飯何にするん?」
「適当にデリバリーでいいかな」
と言いながらスマホをいじる。
「よし、夜マックにしよう」
「太るよ」
正義の味方、マクド様に何を言ってるんだ?と思おうとしたが、太るのは事実。しかし、何より頑張ったし、カロリーを今日は全く摂っていないのでいいだろうと、注文ボタンを押した。
しばらくして玄関のチャイムが鳴った。
「はいはーい」
と私はご機嫌に出ると、
「何だ。こんな時間に不健康なもの摂ってるんだな我が友よ」
「ゆ……優」
届けにきたのは、中二病キャラが崩れつつある(もう崩れている)山田やまだ 優ゆうだった。
「バイトしてたの?」
「ああ、ここ一帯は任せとけ!」
「ああ、うん」
私は頼んだダブルチーズバーガー(パティ2倍)セットを受け取った。
「ちょっと入れて」
「何で?」
「外雨降ってんのよ」
確かにさっきから外からザーザーいってるのは聞こえてたし、彼女の身体もぐっしょり濡れていた。
「あっそ」
「なんか、冷たくない?」
すると、後ろから母の声が聞こえてきた。
「あらー優ちゃんじゃないー」
「ご無沙汰でーす」
そういえば、こいつ母のお気に入りだったっけ。
優は母によって部屋に上げられ、お茶を出され、何となく寛いでいた。私はそれをよそにダブチを食べる。
「そういえば、優ちゃん、お仕事何してるの?」
そう聞いたのは母だった。
「ああ、えっと……」
優の言葉が詰まる。とても言いにくそうだ。
「何か、変なのでもやってるのか?」
と言うと、
「黙れよ元ニート」
と琴音の声が聞こえた。
「録画してるアニメ観たいからテレビ使っていい?」
私と母が「いいけど」と言うと、琴音はテレビを操作してアニメをつけた。
「何のアニメ?」
と私が聞くと、
「お姉ちゃん知らないの?『瑞稀沙霧の滅裂乱舞』」
「ああ、見てる見てる」
『瑞稀沙霧の滅裂乱舞』アニメが4期もやる位の漫画発の超人気作品だ。アニメとしてもそうだが、漫画としても完成度は凄まじく高く、毎週、毎週、私も興奮しながら拝見してもらってる。
「あれ?優も知ってる?」
「ああ、当然」
なら問題ない。母はいいとして、優を置き去りにして、アニメを楽しむのは少し気が引ける。これなら純粋にアニメを楽しめる。
やはり、面白い……。このアニメ。
そして、視聴し終わった。今週分も面白く、リアタイしとけば良かったと後悔もする。
「いやー面白かったー」
と琴音は切り替え、感想タイムに入ろうとした。
「優さんはどう思ったー」
琴音が優話を切り出そうとしたとき……。
琴音の口が止まった。
「ううううううううう」
優は泣いていた。
「ど……どうしたの?優」
「いや、ちょっと感動して」
「さっきの内容のどこで感動要素があった?」
彼女の目は泳いでいた。
現在、11月下旬。
私はSNSを開いた。
『名島緑土なじま りょくど先生の新刊!やっぱり『私の異世界転生期』面白い!』
『神のラノベ』
『この巻は満足感やばい!』
「ほしい。ほしい。ほしいほしいほしいほしいわあああああああああ!!!!!!!」
バシン!!
琴音のハリセンが飛んだ。
そして、すぐに扉を閉めて自室に戻る。
「くそぉ、関西人めぇ」
私はふと、サークルのチャットを開いてみた。
チャット内会話
ナマケモノ『新刊上がりました!見てみてください!』
アルカリ電池『ここはXじゃないですよ』
ナマケモノ『報告だよ報告』
みどそん『読みましたよ!めっちゃ面白かったです!』
ナマケモノ『まぁ、面白いのは緑土先生のお陰なんだけどね』
ふうりん『見たよ。ならずもの。いい絵だった』
ナマケモノ『師匠!!!!!』
ふうりん『私は弟子をとるつもりはない』
何やらコントが繰り広げられていた。
しかし、欲しい欲しい欲しい!!!
通販……。まだ売ってるだろうか。
ライトノベルだから、そんな売り切れることなんてないはずだ。
在庫0。
なんで?
ここで、名島緑土先生のXが更新される。
『今回出した本……。凄い売れ行きですね!買えなかった方には申し訳ない!これがアニメ化ブーストというやつなんでしょうか……
「アニメ化ブゥゥゥゥゥゥゥゥスト!!!!!」
バキッ!!
琴音から木刀が飛んできた。
「流石に痛いわ!!」
「だってうるさかったもん」
琴音は頬を膨らませて言った。
「てか、それ、どこで買ったの?」
「京都」
「荷物になっただろ」
「郵送した」
何に金を使ってるんだこいつは。
「で、お姉ちゃんが欲しいって言ってたラノベってこれ?」
といって琴音が取り出したのは『私の異世界転生記6』新刊だ。
「そ、それ……貸してくれ妹!」
「いやだよ。私もまだ読んでないもん」
この畜生が。しかし、私は潔く諦める。
しかし、読みたいものは読みたい。ここで、夏美に頼ることにした。
『夏美!私の異世界転生記6巻貸してください!!』
『嫌だよ。今二週目、それじゃ』
こいつ、友達辞めようかな。
『えー!早く連絡してよー!すぐ送るのにー!』
私はもうどうしようもなく、ならずもの先生本人。望月知恵に連絡した。
「え……いいんですか?」
『勿論!読んでもらいたいし!』
知恵は気の入った声で返事をする。
「あ、ありがとうこございます!」
『おっけー、余ったやつ郵送で送るね。二日後には届くんじゃないかな?今度お金770円請求するねー』
ブチッ
電話が切れた。
お金はしっかり取るんだな。まあいいけども。
二日後。
言ったとおりに届いた。
しかも、名島緑土先生とならずもの先生のダブルサイン入り。
私はすぐさまスマホをとった。
「知恵さん!こんな貴重なもの……。二万払います!!」
『生々しいなおい。まあいいよ。ただの落書き入りの小説だし』
せっかくのサインを落書き呼ばわり……。この人ビックだなとつくづく思った。
「ていうか、その言い方だと名島先生を侮辱することになりません?」
『んんー?そうかな?』
後日、私は遠隔でお金を払って、この事は収まったと思われたが。
「お姉ちゃん!?それ、まさか……」
「ああ、サイン入りの限定品だよ」
後にサイン入り小説を巡った喧嘩が起こったのはまた別の話である。
12月中旬
「そうだ東京に行こう」
そういいだしたのは、締め切りまでに提出が終わって仕事に一息ついた近所のイラストレーターである。
「コミケはまだなのでは?」
「これがあるんだよ」
夏美が見せてきたサイトは『スーパーマジカルみらいちゃん』のイベントだった。
「懐かしいな。子供のころ観てたよ」
「え、もう観てないの?」
「?」
夏美との距離が感じられた。
しかし、興味はあるためそれに乗ることにした。
「まあそれはいいんだけど、千里お金あるの?」
「実はあるんだなこれが」
といいながら私は万札束を見せつけた。
「どこでそれを……。まさか違法の……」
夏美は何を言ってるかわからないが。私がお金を持っているのには理由がある。それは、優がデリバリーに来た時に遡る。
優は散々ここに居座り帰る時である。
「そういえば千里よ。お前、金稼ぎしないか?」
「何?怪しいやつ?」
「なんでそっちの話になる」
優は頬を膨らませて言った。
そんな口調で言われたらそういう勘違いされるのも仕方がない気がするのだが。
「バイトだよ。デリバリーの」
「それって私にもできるの?」
「体力さえあれば!」
優はぐーサインを見せ、ウインクした。
「条件が合わない無理」
とそのときはいったがやってみれば意外とできるものだ。
結果、私はお金が稼げるようになった。あとついでに体力も増えた。
「千里ってよく言動と行動が逆になるよね」
夏美がそう呆れ顔で言った。
「つまり、金はあるんだね?じゃあ東京に行こうか!」
そして、三日後、私達は再び東京に行くことになった。
「それもうお気に入りだな」
新幹線の車内で夏美が私の食べている『ひっぱりたこ飯』を指差して言った。
「まだたった二回だぞ」
「でも、本指名するってことはそういうことだろ」
夏美はそう言って、カニ飯をパクッと食べた。
駅弁を食べ終わると私はノーパソを開いた。そしてワープロソフトを開く。
ここ最近『小説家になろう』の更新をしていなくて、ここで次話を執筆しようと思ったのだ。
このままではこの小説のたタイトル崩壊にもなるし。
私は慣れた手つきで文字を打っていく。ブラインドタッチはまだ慣れない。
夏美はアイマスクをつけて寝ていた。
そして、気づいたらもう新幹線は新横浜駅に停車していた。
私はそれに応じて夏美の肩を叩いた。
「おい、起きろー」
無反応。
すると持ち物にツボがあったことを思い出した。
バキッ!(真似しないでね)
「はっ!何?何?」
「新横浜だよ」
「あ、そう。おけ」
夏美は荷物を大急ぎで整理し、立った。
「よし、降りよう」
「夏美、寝ぼけんな。まだ新横浜だ」
夏美は細い目をしたまま。着席した。
そして、新幹線はじきに東京駅に到着した。
「どーも!みるこ先生!ふうりん先生!」
「「ちょっと!先生ってやめてくださいよ!」」
東京駅にて出てきたこの人の名前は緑ノ 紗千香みどりの さちか。ネットやチャットでは『みどそん』という名を使っている。
今回のイベントやコミケ、残念ながらホテルの予約が取れなかった私達は彼女の家にて泊まらせてもらうことになったのだ。
彼女はアクセサリーの事業をしており、一言で言うと、儲けているようだ。そのため、東京のど真ん中に家を持っているのだとか。すごすぎる。
ただのイラストレーターと作家(見習い以前)は彼女にひれ伏すことしかできなかった。
「とりあえずついてきてー」
紗千香は私達を高そうな車に誘導した。
「いいよ。乗って」
「あの、紗千香さん……。この車、何ですか?」
夏美がたずねる。
もう敬語だ。
夏美は滅多に敬語を使わない、サークルチャットでも基本タメだ。しかし、ここまでやばいすごい人のオーラを出されたら、流石の夏美でもこうなるということか。
「何だったけな……。お父さんに買ってもらったから」
その車にはランボルギーニのマークがついていた。
「いいよ、上がって」
タワマンに連れてこられた私達は紗千香に対して恐怖すら覚えていた。
そして、家に上がらせてもらうと、雰囲気はガラッと変わった。
先程まで、タワマンの上品な感じから一転。萌えキャラのフィギュアや漫画、ラノベがずらっと置かれていたり、レジンのツンとした匂いもした。
「もう楽にしてていいから」
「「うん、この雰囲気だったらリラックスできるよ」」
紗千香は「?」と頭に浮かべていた。タワマンのあの雰囲気に慣れているからの反応であろうか。
私達はそれぞれの仕事をした。夏美はiPadを取り出してイラストを描き、私はノーパソを開いて執筆。紗千香は資料をまとめていた。
「みどそんさん。ネットって繋げますか?」
と私は言った。
「みどそんってやめてよ。あ、あと繋いであげるからパソコンちょっと見せて」
私は紗千香にパソコンを託した。
「次話書けたの?」
と夏美は私に聞いてきた。
「あたぼうよ」
「繋げたよー。いい感じに書けてたねー」
「勝手に見ないでよ!」
私は『小説家になろう』で小説の更新を果たした。
夏美は紗千香の部屋の本棚の一つの漫画シリーズに目をつけた。
「あ、『瑞稀沙霧の滅裂乱舞』じゃん。しかも全巻揃ってる」
「そうだよー読む?」
夏美は「もちろん!」といい、本に手をかけた。
「アニメ化ブーストで全然売ってないよねこれ」
と私は言った。
私も欲しいなと思ってネット通販を見たのだがその頃には全ての宝がなくなっていた。
「私は連載開始時から目をつけていたよ」
「猛者だ」と私と夏美は激しく思った。
入浴。
紗千香が「みんなで入ろー!」と言った。
当然、他二人は「入るの?三人も」と言ったが。
私達は彼女を侮っていた。
「ひっろぉー」
夏美は唖然としていた。
「そんなに広い?」
お嬢様台詞を吐き捨てる紗千香に「えー」という反応を私達は見せ、とりあえず身体を洗うことにした。
「そういえば、紗千香っていくつ?」
夏美がたずねた。
「23です!」
「「?」」
年下だと……!
私と夏美は目を見開いた。
「わわっシャンプー入った!」
身体を洗い終わり、私達は湯船に浸かった。
「そういえば気になってたけどなんでシャワーが三つもあるの?」
私は自然にたずねた。
「あれです。友達とかと泊まるときにシャワー複数あったほうが便利じゃないですか」
「うーん分からないな」
「あれだよ、千里は友達いないから」
私は夏美に大量の水をかけた。
「おおーその小さい手でよくやりますねぇー」
「うるさい!」
少しして、お風呂に上がると早々に寝る準備を紗千香はし始めた。
「今日はみんな布団で寝る?」
「ベッドがあるの?」
「いや、布団かソファ」
「布団」
即答だった。
私達はいつでも寝れる準備ができてしまったが、時計の短針はまだ8を示していた。
正直、まだ全然眠くない。
それはここにいる三人全員が思っていたことだった。
「そういえば、紗千香って明日のイベント来るの?」
夏美が切り出した。
「『スーパーマジカルみらいちゃん』の?行くよー。見てたし」
「そういえば、本棚に漫画あったね」
夏美が言った。私は知らなかった。
何しろ、この家には、何千冊、何万冊もの漫画やラノベがあったのだ。その中からこの作品があった。この作品がなかったと見分けるのは常人じゃ無理だ。
夏美は人間ではないのかもしれない。もちろん比喩だが。
原作を読んだことがなかった私は読ませてもらうことにした。読んでみると、漫画の完成度は非常に高い。絵も可愛くて、私好みだ。
そして、すっかり読みふけてしまった。
翌日
「千里―!早く起きてよー!」
朝方から何やら騒がしいなとその声に嫌な気分を感じ、私は顔を布団の中に入れた。
冬の朝は恐ろしい。体温よって温められた布団の中はまるで天国のようだが、その依存性はやはり高い。私もいわゆる『羽毛布団依存症』にかかっていたのだ。
「ちょっとー!マジで時間やばいって!」
夏美の焦る声が耳にガンガンと響き渡る。
————うるさい……。
「もう静かにしてよー!」
私はガバッと起き上がった。
すると夏美はチャンス!というかのような顔で私を布団から引きずり出した。
「や、やられた」
スマホでじかんを確かめると、午前4時。
こんなに早起きしたの高校の修学旅行以来だ。
「なんでこんな早く起こしたの?」
「だってギリギリに起こしたら絶対間に合わへんやん」
ごもっともだ。
「さて、次は紗千香か……」
コイツはお母さんだ。
結婚したら良い奥さんになるだろう。男はめっぽうできないらしいが。
朝、夏美が作った朝食を口にした。
すっげぇ上手い。
夏美は非常に家庭的だ。どこかの本で読んだことがあるが、作家というのは料理ができるらしい。それには私は納得がいっている。
料理を作るシーンを書くとき、やはり料理の過程を知っていたほうが都合がいいに決まっている。しかし、私は料理ができない。いつしか、琴音に料理を作れと言われたときに、インスタント麺を出したら呆れられたことがあったっけ。
家庭的で健康的な食事は紗千香も久しぶりにしたようだ。感動したように夏美の料理をパクパク口に入れている。
「こんなにいい設備があるのに料理しないとか、紗千香マジで勿体無いよ」
と夏美が嫌味気味に言った。
「じゃああげるよー」
「家ごと?」
「キッチンだけ」
冗談しかないこの会話を二人は緩い感じでしていた。
「さて、いよいよ出発だ!」
このイベントはかなり大きい。幕張メッセを借りられるくらいだ。それほどこのアニメが子供およびヲタクに人気のアニメなのだろう。
私達は開場よりかなり早く会場に着いた。
「あれ?琴音ちゃんのお姉さんじゃないですか」
ある女の子から声をかけられた。そのような声のかけられ方をするような一人しか思い浮かばなかった。
それは、琴音の元クラスメート、霧方美樹きりかた まきである。彼女は高校生ながらプロの漫画家である。昨年アニメ化された彼女の代表作。『学園純正ロマンス』はコアなファンに人気を集めた。
「なんでこんなところにいるんですか?」
美樹は純粋にたずねた。
しかし、私の頭の中には「こっちの台詞だよ!」というツッコミが思い浮かんだ。だが、それは、心の中にしまうことにした。
「普通にこのイベントに遊びに来ただけだけど」
正直に私は答えた。そして、先程までしまっていた疑問を彼女に問いただした。
「わたし?普通にお母さんの漫画のイベントに行ってるだけですよ?」
「?」と私だけじゃない。夏美の紗千香も頭上にこの記号が浮かんだ。
『スーパーマジカルみらいちゃん』の原作者名は「カタキリン」というペンネームだ。
カタキリン……。霧方……。そういうことか?
「じゃあ、私、お母さんのところ行くんでそれじゃあ」
美樹は私たちに手を振って別れた。
「なんか、琴音ちゃん……。すごい娘と友達になってるなぁ」
夏美がそう呟いた。まったくその通りである。
みらいちゃんイベントはライブやグッツ販売で大いに盛り上がった。
私たちはコミケまで東京で過ごすことにした。他、関西メンバーは前日に東京に行き、
二人とも『軟骨』こと南みなみ 明奈あかなの家にお邪魔するようだ。
持つべきはやはり、東京住まいの友である。
当日、夏美と知恵は早めに入場し、我々一般参加は厳しい寒さに耐えることになる。
夏とは全くもって逆の戦いだ。
夏は酷暑。冬は極寒のコミックフェスティバルである。
「見て!千里。最強の防寒用具!」
紗千香が出してきた防寒具は最高級品のものであった。
防寒全振りの防寒着である。それがゆえに格好は良いとはいえない。
しかし、これは大変心強い。
「素晴らしい出来だ」
「何様だよ。お前」
偉そうにしたら、普通に紗千香から厳しいツッコミが入った。
正論である。
朝は夏美の活躍により、起きられた。朝食も夏美の作ったものだ。紗千香は「嫁に欲しい」とか前言ってた。それは私も思う。
夏美は先に行って、知恵と合流。
無論、我々は別行動である。
母こと夏美が不在の少し寂しい感じがする。
いや、いつも紗千香一人の家よりかはマシか。
私は一人暮らしをしたことがないためその雰囲気はよく分からないが。
紗千香が家の鍵を閉めて、私達は東京ビッグサイトへと向かった。
勿論アサイチで出た。しかし、駅にはすでに戦士がずらずらいたのだ。
車内も余裕で100%越えの満員だったが、夏ほどのむさ苦しさはない。私は冬に感謝した。
国際展示場駅に着くと戦士は走り出した。夏の頃は夏美が将軍のように先陣をきって行ったが、文化系の私たち二人はそんな体力もなくどんどんヲタク達においていかれた。
ゼーゼーと顔を青ざめてきた二人の女はかなり遅れて駅を出た。
「あ、みるこさんとみどそんさん来ました」
そう言ったのは『アルカリ電池』こと熱田あつた 雄二ゆうじだ。
「ちょっとーリアルでは本名でお願いしますよー雄二さん」
紗千香は軽い口調でそう言った。
てか、体力戻るのはやいっすね。まだ私はゼイゼイ息を整えようとしてるというのに。
「あーすいません。ところで名前なんでしたっけ」
熱田 雄二。彼は人に対しての興味は薄い。故によく人の名前も忘れる。そうゆう人間だ。ちなみに私、実空 千里も同種だ。なので、私はこのことに特に口は出さず、ただただ息を整えていた。しかし……。
「えー!ちゃんと覚えておいてよ!」
紗千香は口を出した。
「あーすんません」
雄二は頭をかきながら言った。
「もう、私が緑ノ 紗千香 でこっちが実空 千里ね」
「了解でっす」
雄二は決して真面目とは言えない敬礼をした。
「じゃあ、早く並びましょうか」
サークルリーダー嶋田 健二はそうやってサークルをコントロールしていた。
紗千香のお陰だ。ここまで並ぶのが楽になるとは。
この防寒着は優秀で自分の体温を無限に保温してくれ、中は完全に暖房状態だ。
私以外のサークルメンバーにはめちゃくちゃ暖かいカイロを支給し、私たちは快適に過ごしていた。
今回のコミケ参加サークルメンバーは
『ケンタロウ』嶋田しまだ 健二けんじ
『アルカリ電池』熱田あつた 雄二ゆうじ
『みどそん』緑ノ 紗千香みどりの さちか
『大空みるこ』実空みそら 千里ちさと
『軟骨』南みなみ 明奈あかな
『偽善者』二宮にのみや 真希まき
『ふうりん』琴浦ことうら 夏美なつみ
『ナマケモノ』望月もちづき 知恵ちえ
夏美と知恵はすでにブース設営をしているため不在。
それ以外は全員揃っている。
待ち時間。それはおそらくとてつもなく長く感じるものであろう。
しかし、私はそう思わなかった。
何故か?みんながいたからだ。
サークルのみんなと話していたからそのおそらく極寒に襲われる苦痛を感じなかったのであろう。
いよいよ、コミックマーケットがスタートした。私たちは一旦解散。案の定、私は覚醒し、お目当ての薄い本は全て回収できた。
「お疲れっすねーみなさん」
健二がそう皆に声をかけた。
「二日目も来る?」
「いや、いいかな……。大体欲しいものは手に入ったし」
など、雑談を繰り返した。
「とりあえず、夏美さんと知恵さんのブース行きます?私達の分とってくれてるみたいですし」
という明奈の提案に皆賛同した。
「あ、いたいた」
夏美と知恵のブースは偶然の悪戯か、隣接していた。
「どうですか?売れ行きは」
という質問を真希はしたが、その質問は無意味だった。
ブースにはもうほぼ漫画は残っていない。つまり好調だ。
「腐っても人気絵師だから」
夏美と知恵は胸を張って言った。
コミケが終了し、私たちは紗千香の家で忘年会をしようということでぞろぞろと来ていた。
もうじき年明けだ。
毎年、毎年、家族と過ごしてきた年越し。こうやって友達と過ごすのは少し違和感がある。
そういえば、この半年。色々なことがあった。
小説家になろうで執筆活動を始めたし、夏のコミケデビューもした。憧れのナマケモノ先生にも会ったし、趣味の合う友達もできた。厨二病になりきれてない可愛い女の子にも会った。琴音もいじめられて高校中退してしまったが、今は何とかまだ高校生を続けられている。
そして、もうじき私は本当に小説家になる。
職に手をつけられる。
あの小説はちゃんと評価されるだろうか。一巻で打ち切りとかになったら流石に泣く。
いや、それ以降に打ち切りって言われても普通に泣くか。
正直私は少し不安だった。
焦っていた。
私が立派に職に就くことに。
何せ、高校でも大学でもバイトとかしてなかった身だ。
そう言っても、『最弱な転生で不幸な私』書籍版の発売日は刻一刻と近づいている。
「どうしたの?千里ちゃん」
そう声をかけてきたのは知恵だった。
「書籍発売近いもんね。不安になるの分かるわー」
「よく分かりましたね」
「うん、分かるよ」
知恵は緩く、しかし、硬く答えた。
「一応、私の相方もなろう出身だからね。よく話聞くよ」
「名島先生ですか」
「うん。一巻発売の時もしょっちゅう私に電話して、大丈夫かな?大丈夫かなぁって」
「結構、気弱かったんですね。名島先生」
「多分、千里ちゃんの倍くらいだね」
私たちはわざとらしく笑った。
「あと、あの人もか、『瑞稀沙霧の滅裂乱舞』の作者。私友達なの」
「それは真面目に凄いな」
「あ、タメになった」
千里はしまったと思ったが、知恵は笑った。今度はわざとらしくない笑い方で。
「あの人は面白かったなー。今も厨二病してるんかな?」
「なにそれ?」
「ああ、『瑞稀沙霧の滅裂乱舞』の作者は厨二病になりたいけどなりきれない人なんだよ」
「優みたいだなぁ」
私がそう呟くと、知恵は驚いた様子を見せた。
「何で分かったの?」
「マジかよ」
まさか、『瑞稀沙霧の滅裂乱舞』の原作者は山田 優だった。
「あの子も初めての小説出す時は緊張してたよ。今もしてるだろうけど」
「へぇ」
これは無関心の「へぇ」では決してない。聞きふけてしまったのだ。返事を深く考える余裕を私は持っていなかったのだ。
知恵は私の肩を叩いた。
「まあ、そう気にすんな。もし、売れ行きヤバかったら私が宣伝しとく」
そう言って、笑顔を見せてくれた。
そして、長い長い東京での日々は終わった。
あと数日、あと数日で本が発売される。
もうすぐ来るその日を私は首を長くして待っていた。
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