第3話 一杯のラーメン
タツはユリシア達の返事を待つことなく、屋台と呼ばれる巨大な荷車の扉を開けた。
そこには、細長い台のようなものの上に木の棒がたくさん差さっている筒が乗っかっていた。
この木の棒は割りばしと言うらしい。
そして、一段高い台を挟んで反対側には、2つの巨大な鍋があって、そのうちの1つには大量のお湯が沸いていて、鍋のフチに沿って深いザルのようなものが並んでいた。
「おう、ちょっと待ってくんな」
そう言って、タツは棚の中から麺と呼ばれる細長い紐のようなものが巻き付いた塊を2つ取り出すと、深いザルの中に一塊ずつ放り込んでいった。
タツは菜箸と呼ばれる2本の木の棒をザルに突っ込むと軽くかき混ぜた。
そして、別の棚から丼と呼ばれる大きい器を取り出すとこげ茶色のドロッとした塊を器の中に入れ、別の鍋から白濁した液体を注ぎ込む。
それを手早くかき混ぜる、すると白濁したクリーム色の液体になった。
これがスープと言うらしい。
そこまで終えてから、今度はザルを引き上げ水気を取り、スープの中に放り込んだ。
軽く混ぜると、先ほどまで塊だったものがほぐれて、縮れたいくつもの紐のようなものがスープの中を漂っていた。
今度は別の棚からいくつかの容器から中身を取り出した。
中身は、チャーシューと呼ばれる大きな肉の塊、ネギと呼ばれる緑色の細長い葉っぱ、海苔と呼ばれる黒い板状のもの、そして紅ショウガと呼ばれる赤くて細長いもの、そして煮卵と呼ばれる茶色くなったゆで卵であった。
彼はまずネギと紅ショウガを乗せ、次にチャーシューを5mmくらいの厚さに切って乗せ、そして黒い板状のものを容器の端に立てかけ、最後に煮卵を半分に切って空いたスペースに乗せた。
煮卵からはトロリとした黄身が切り口から覗いていた
「お待ち、こいつが
ユリシアとロバートの前に置かれたラーメンと呼ばれる食べ物は、彼女たちの常識に当てはめると、とても人が食べる物とは思えなかった。
パスタのような細長い麺はパスタとは違って太さが均一ではなく不格好であるし、スープは白く濁っていて汚く見えるし、上に乗った厚切りの肉は脂まみれで汚れているように見えた。
しかし、そんな異形とも言えるラーメンが放つ匂いは二人の食欲を嫌が応にも掻き立てるものであった。
ごくり。
ユリシアは、その暴力的なまでの肉の臭いに思わずあふれそうになる唾を飲み込んだ。
「おっと、食べる時はこちらを使ってくんな」
そう言って、テーブルの上に乗った割り箸を指さした。
「えっと、これはどうやって使えばいいのでしょうか?」
「まずは、これを一本手に取って割れている方を両手で持って左右に引っ張る。すると棒が2本に分かれるから、それを片手に持って……こうやってつまむようにして取ればいい。慣れるまでは面倒かもしれねーけど、使い慣れると便利なものだぜ」
そう言ってタツは豪快に笑った。
ユリシアは箸を割ってぎこちないながらもラーメンを啜った。
ズズズズズ……。
彼女はカッと目を見開いた。
彼女の口に入った麺は柔らかく、しなやかでありながら、確かな弾力を以って口腔粘膜を刺激する。
そして、あごに力を入れるほど、心地よい弾力が一層強まって口の中を蹂躙し、暴れまわる麺は彼女の口の中に奇妙な充足感をもたらしていた。
それだけではない。
麺に絡みついた濃厚な白濁スープが麺の隙間から飛び出すと、濃厚な肉の味と臭いが口の中いっぱいに広がった。
その暴力的な味と臭いは彼女の根源的な欲求に応えるかのように、染み渡っていった。
また、厚切りにされたチャーシューは、こってりとしたスープを吸って確かな肉の感触と溢れ出る濃厚な脂とスープのハーモニーによって、食べる者を官能の渦へといざなっていった。
「はふぅぅぅ」
うっとりとした表情で最初の一口を堪能したユリシアは、まだ足りないとばかりに、次々と麺やスープを口の中に押し込んでいく。
瞬く間に二人の前にあったラーメンは彼女たちの胃の中へと収まってしまったのである。
「ふぅぅぅん、いやいや、これはとても素晴らしい食べ物でした。最初は食べられるのか不安でしたが――私の想像以上のおいしさでした」
しかし、この麺、固くもなく柔らかくもなく、しなやかでありながら、芯が通った感じですね、何で作られているのでしょうか?
「ああ、これは小麦粉にかん水――特殊なところで採れた水を使っている」
「小麦粉?! もしかして、この国で採れた小麦のですか?」
「もちろんよ、最近は安い輸入物が幅を利かせているようだが、あんなヘタレた小麦じゃ、この麺はつくれねぇよ」
タツの言葉に、ユリシアは雷に打たれたような衝撃を受けた。
これまで、彼女の国の小麦は質はいいけれども、それを生かすような使い方を見いだせていなかったため、結果として、輸入物でいいや、とされていたのだ。
しかし、このラーメンという食べ物は違った。
質のいい小麦を必要としていながら、高級な食べ物とは言い難いが万人を魅了して止まない味と匂いがあった。
「これなら、このラーメンなら――私の国を救うことができるかもしれません……」
「そんな大げさなものじゃねぇよ。一杯の美味いラーメン。ただそれだけの話だ」
タツは彼女たちが満足したのを見て、豪快に笑っていた。
「それじゃあ、ワシはそろそろ行くけん。元気にしとれや」
そう言って、屋台を引きながら次の場所へと向かうのだった。
「ロバート、今日、私は、ユあシア・クライは死にました。今ここにいるのは、ただのユリシアです。そう、お父様にお伝えください」
「姫殿下、それは一体どういう……」
「私はあの方について参ります! それではあとはよろしくお願いしますね」
そう言って、彼女は遠ざかる屋台を追いかけるのであった。
異世界ラーメンの極道勇者 ケロ王 @naonaox1126
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