第2話 タイマン勝負
現れた勇者と思しき者の一喝で、ユリシアの手の届くところまで包囲していたゴブリンたちは、3mほど後ずさった。
「俺ぁ、
彼は名乗りを上げているようだったが、言葉の通じないゴブリンたちには、怒鳴り散らしているようにしか見えなかったようで、さらに1mほど後ろに下がっていた。
彼は周囲を見回すと、ため息をついた。
「おうおう、てめーら雑魚じゃ、話にならねぇ。とっとと頭を出しやがれ!」
さらにゴブリンたちに動揺が走る。
言葉自体はわからなくても、単語とニュアンスはわかったのだろう、一匹のゴブリンがしずしずと彼に近づいてきて、お辞儀するかのように頭を差し出した。
それを見て、彼はゴブリンの頭を盛大に殴りつけた。
その拳は「ぐきゃっ」という音を立てながら、ゴブリンの頭を打ち砕き、頭だった肉塊を地面にまき散らした。
頭を失ったゴブリンは力なく地面に倒れ伏す。それを見ていた他のゴブリン達は理解できない恐怖に腰を抜かすものすら現れた。
「頭を出せと言ったけどな、まんまおのれらの頭を差し出す阿保がおるかい! お前らのボスを出せと言ってんじゃ、ボケが!」
再び彼が一喝すると、ゴブリンの群れが海が割れるようにして左右に分かれた。
その先には、王冠を被った一回り大きいゴブリンが呆然と立っていた。
突然、矢面に立たされたそのゴブリンキングは明らかに動揺しており、左右をきょろきょろと見回し、正面を見た。
そこには勇者が悠然と立っており、左右に割れたゴブリンの間をゴブリンキングに向かってゆっくりと歩を進めていた。
焦ったゴブリンキングは周囲のゴブリンたちに応戦するように命じているようだったが、一匹として、その命令を聞くものはいなかった。
例えゴブリンキングが守らなければ殺すと脅してみたところで、前に出てしまえば、それを待たずして殺されてしまうのであるのだから、命令など聞くはずもなかった。
「おう、兄ちゃんや。ここはワシのシマやで。何の恨みがあって荒らしまわっておるんじゃ! 答えんか、ワレ!」
「キーキーキキキー」
「キーキー、うるさいのう。ワシがどういう了見か、訊いているやろが! さっさと答えんかい!」
ゴブリンキングは必死に弁解をしているように見えたが、哀れにも彼の弁解は一言も彼に理解されていなかったのである。
「おうおう、そんな舐め腐った態度取るたぁ。オノレ、ワシとタイマンでも張ろうっていうんか?」
「キキー、キーキキー」
必死で首を横に振りつつ、許しを乞うように跪くゴブリンキングを見て、タツは背中を見せる。
その姿に助かったものと思ったゴブリンキングだったが、直後、タツが上着を脱ぎ棄てたことで再び緊張に包まれた。
「どうやら言っても分からないようやから、タイマンで勝負決めようか!」
そう言ってゴブリンキングに向かってファイティングポーズを取るタツ。
それに対してビビりながらもゴブリンキングは手に持った剣を構えた。
「おらぁ、こいやぁぁ!」
タツの怒声にビビり散らすゴブリンキングだったが、弾かれるようにして彼に向って切りかかっていった。
「なにビビってんだ、こるぁぁぁ! 漢だったら、どっしり構えんかい!」
ゴブリンキングの剣戟を素手で軽くいなすと、カウンターで鳩尾を殴りつけた。
「グギィィィ、キーキキーキー」
身体をくの字に折って悶絶するゴブリンキングの目の前にタツが仁王立ちしていた。
「この程度でへばってんじゃねぇぞ、ごるぁぁぁ!」
ゴブリンキングの頭を鷲掴みにし、強引に立ち上がらせると、再び鳩尾を殴りつけた。
今度はくの字どころか、コの字になって吹き飛んだゴブリンキングは既に息も絶え絶えであった。
「グギィ、グギィィ……」
死にかけながらも、王としての矜持があるのか、足をふらつかせながら立ち上がり、タツに向かって剣を振り上げる。
その姿を見て、タツは不敵に笑った。
「そうだ、それでこそ漢の姿よ。ワシも最後は全力で行かせてもらうぜ!
タツの漢気が拳に集まり炎となって、ゴブリンキングの身体を穿った。
星になるかと思われるほど上空に吹き飛ばされたゴブリンキングを見ながら、気を吐いて背中を向ける。
「ふ、お前も最後に漢を見せたなッ……」
その言葉の終わりと同時に、ゴブリンキングの身体が地面に叩きつけられた。
「……これに懲りたら、二度とワシのシマを荒そうとするんじゃねぇぞ!」
タツの言葉に、既に事切れていたゴブリンキングが答えることはなかった。
そして、王の無残な最期を見せつけられたゴブリンたちは、蜘蛛の子を散らすようにバラバラに逃げて行った。
「おうおう、今度、ワシのシマを荒したら、全員あの世に送ったるで!」
背中を見せて逃げるゴブリンたちに、タツは叫んでいたが、逃げるのに必死なゴブリンたちが振り返ることはなかった。
もっとも、タツの言葉を理解できなかったとしても、この辺りで暴れることはないだろうとユリシアとロバートは思っていた。
ゴブリンたちが全て逃げ出した後には、タツとユリシア、ロバート、そして生き残った数人の護衛が残っただけであった。
「やれやれ、最後まで人の話を聞かんやっちゃな……。さて……」
そう言って、ユリシアの方に振り向き、座り込んでいた彼女の前でタツも座り込む。
「お嬢さんがた、ご無事ですかい?」
「ええ、助けていただいてありがとうございます。この御恩は必ずや!」
感謝の念を伝えるユリシアに対し、タツは遠慮するかのように手のひらを彼女の方に向けた。
「顔を上げてくだせぇ。お嬢さんのような方が、ワシみたいな半端者に気安く頭を下げちゃいけねぇぜ」
そんなタツの言葉にユリシアは顔を上げて彼の目をじっと見つめる。
「いえ、助けていただいた恩義に感謝をするのは当然のこと。これは私が筋を通したいだけの話です」
強い視線で見つめられ、先ほどまでの様子とは打って変わってたじろいでいた。
「ああ、わかったわかった。お嬢さんが筋を通したいという気持ちは理解できた。お嬢さんはワシに助けてもらった感謝をした。そして、ワシはそれで助けてもらった恩義を受け取った。これで仕舞いにしましょうや」
「わかりました。でも、お礼は受け取っていただきます。いいですね」
「ああ、降参だ。あんまりワシのような者をからかっちゃいけねぇぜ」
「そのようなつもりはありませんが……」
「いや、いい。これ以上は。それはさておき、ひと段落ついたことだし、一杯食べて行かねぇか?」
そう言って、タツは先ほどまで引いていた巨大な荷車を指差した。
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