異世界ラーメンの極道勇者

ケロ王

第1話 降臨する勇者

 クライ王国とリミア王国の国境付近。

 物々しい護衛を引き連れて、クライ王国の王女であるユリシア・クライは隣国の王子であるアルバート・ベルト・リミアとの婚姻のためにリミア王国の首都クロスリバーへと向かっていた。


 この婚姻は両国の関係をより親密にするためのもの、いわゆる政略結婚であり、二人の間に愛情のようなものは存在しなかった。


 ユリシアは生まれた頃から王家の礎となるために育てられてきており、自分の結婚相手との愛情など、最初から期待していなかったし、結婚相手に愛情を求めるという意味もわからないままであった。


「しかし、これから夫婦となるのに、かの国の王子は、いえ、かの国は何も協力をしてくれないのですね」

「いたし方ありません、姫殿下。我が国とあの国では、そもそもの国力が違いすぎますゆえ……」


 ユリシアのあきらめに似たつぶやきに、執事として同行してるロバートがため息交じりに答える。

 ユリシア本人も、そのことは痛いほど理解している。

 クライ王国は農業を中心とした国家で世界で生産される小麦の7割以上を生産しているのである。

 しかし、リミア王国が西部大陸への航路を確立し、その国々との貿易により、安価な小麦が大量に入ってくるようになったことで、クライ王国の立場が悪くなってしまっていた。


 もちろん、西部大陸から輸入されている小麦よりも、クライ王国の小麦の方が品質が良いという自負はある。

 しかし、一般庶民にとっては味よりも価格の方が重要であり、クライ王国産の小麦による収入は以前の10分の1まで落ち込んでいた。

 それだけではなく、畜産業においても、西部大陸から輸入されるオークやロック鳥などのモンスター肉の方が味が良く、こちらも安価なため、クライ王国で飼育されていた牛や豚、鶏などの畜肉の収入も以前の半分以下となっていた。


 こうして、クライ王国は隣国であるリミア王国の支援を受けるまでに追い込まれてしまい、半ば生贄のような形でユリシアが王子の婚約者になったのであった。

 そのような背景もあり、リミア王国はクライ王国に対しての優位性を誇示するため、ユリシアを終始ぞんざいに扱っていたのである。

 クライ王国の方も、その扱いに遺憾の意を示してはいたが、弱小国がそんなことをしたところで、負け犬の遠吠えのようなものである。

 リミア王国も「事態を重く受け止める」と形だけ受け入れただけで、現実は何の変化もなかった。


 ユリシア達一行が国境の山を越えるために峠道に入ったあたりで、護衛達に緊張が走った。

 護衛の一人が伝令役となって、ユリシアに状況の報告に訪れる。


「申し上げます。先頭の部隊がゴブリンの集団と接敵、戦闘に入っております。敵の数はおよそ1万! 急ぎ救援をお願いします」

「わかりました。後方部隊の半分を前方の支援に回すように伝えてください」

「かしこまりました」


 気丈に振る舞っていたものの、まだ15歳の少女である。

 伝令役が去ったあとも手が震えていた。


「姫殿下、大丈夫ですか?」

「問題ありません。私たちも戦況の確認のために外に出ましょう」


 馬車の外に出たユリシアとロバートは、目の前に広がる惨状に言葉を失ってしまった。

 馬車から少し離れたところには無数のゴブリンの死体が散乱していて、まるで山のようになっていた。

 一方、こちらの護衛も半数以上は力尽き、地面に転がっていた。

 戦力的には、こちらの方が優勢であったが、対するゴブリンの集団の数はすさまじく、まったく減っている様子がなかった。


「これは不味いかも知れませんね」

「ええ、おそらくキングが率いている軍勢でしょう。もしそうなら、我々に勝ち目はございません」


 ユリシアが撤退を指示しようとしたとき、馬車の後方からも悲鳴が聞こえてきた。


「まさか、囲まれた?」

「ええ、そのまさかのようですね。前方に注意を向けておいて、別動隊を後方に回らせておいたのでしょう」

「そんな……」


 ユリシアは顔面蒼白になって、後方を見る。

 そこには、既にゴブリンの集団と護衛達が戦闘を開始していた。

 護衛達の防衛線が徐々に狭まってくるにつれ、ユリシアは己の死を覚悟した。


「私たちも、これまでのようですね……」

「諦めてはなりません。最後は私も姫殿下をお守りいたします。最後まで希望は捨てられぬよう……」


 ロバートも、この状況が絶望的であることはユリシア以上に理解しているはずである。

 しかし、それでも彼は最後まで生きる望みを捨てるべきではないと言っているのであった。

 ほとんど諦めていたユリシアも彼の意志を尊重して、最後まで希望を捨てないように、気を引き締めた。


 しかし、気持ちだけで勝てるほど戦いは甘いものではなく、瞬く間に一行はユリシアとロバート、それと数人の護衛になってしまった。

 彼女たちを取り囲むゴブリンたちは、既に勝利を確信したのか、いたぶる様に包囲網をじわじわと狭めていく。

 もはやユリシアとゴブリンたちの間には手を伸ばせば届く程度の距離しかなく、ついにゴブリンの手がユリシアへと伸ばされ、しかし、その手は途中で動きを止めた。


 それはラッパの音、この戦場のような場所で聞くはずの無い音であった。


 パラリーララ、パラリラリラ~


 どこか気の抜けたような音ではあったが、ゴブリンたちを警戒させ、動きを止めるには十分であった。


「これは、もしや……」

「噂の勇者……?」


 ユリシアとロバートは顔を見合わせながら呟いた。

 どこかの作り話だと思われていた勇者の話である。

 それはラッパの音と共に降臨し、人々を危機から救ってきた勇者タツの話である。

 彼は巨大な荷車を引いて、絶望に瀕した人々に手を差し伸べ、そして人々を危機から救った後、一杯の食事を振る舞うと言われているのであった。


 二人がそんなことを考えていると、馬車の後ろの方にいたゴブリンが明後日の方向に次々と吹き飛んでいった。

 その間も、ラッパの音は途切れることなく鳴っていた。


 パラリーララ、パラリラリラ~


 そして、ゴブリンの包囲網を蹴散らして勇者はユリシアの元に降臨した。

 噂の通り、後ろに巨大な荷車を引き、手には小さいラッパを持っていた。

 彼の顔は黒い髪を短く角刈りにしており、頭にはハチマキのように手ぬぐいを巻いていた。

 その目は誰も彼をも睨むかのような三白眼で頬に傷があり、外見だけであればゴブリンよりも凶悪に見えた。


「おう、お前ら……ワシのシマで堅気のモンに手ぇ出すたぁ、いい度胸してるじゃねぇか!」


 その男はユリシアの近くまで来ると、周囲を一喝した。

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