教師近藤と遊園地
その遊園地「エンジョイランド」は、数十年前の開園当初は多くの人が訪れてにぎわいましたが、アトラクションの数は十分な反面、目玉と言えるものがないといった欠点を抱えていたことなどによって、客足は徐々に落ちていき、見るからにガラガラでいつつぶれてもおかしくないくらいの状態にまでなってしまいました。目につくのは、我が子を楽しませたいけれどもまだ幼過ぎるので近場で遊べればいいという、付近に住む親子で、遊園地側が一番来てもらいたいメインターゲットの十代や二十代にはまったく相手にされていませんでした。
そして、そこを運営している会社の幹部で五十代の、かっぷくが良くて男臭いという印象である北尾信蔵が、客を増やすヒントが見つからないものかと遊園地内を歩き回っていたときのことです。
「ん?」
彼は、進んでいる少し先の、アトラクションは関係がないところでの、ある場面を目撃し、足を止めました。
「やあ。僕はコンドーだよ」
小さい男の子と女の子の二人に向かって、鼻に赤いボールのようなものを付け、大きな手袋と靴を装着した、ピエロふうではあるけれど、身につけているそれらがあまりにも雑な作りで、大人には正視できないほどにみすぼらしくて変な姿になっている中年男性が、そう言ってコミカルな動きをしていたのです。
もちろん、それはこの物語の主人公の近藤でした。
「ちょっ、ちょっと、あんた!」
北尾は慌てて近藤のもとに駆け寄りました。
「は?」
顔を向けた近藤に、彼は尋ねました。
「何をやってんだ? いったい」
「いやあ、元気のないこの遊園地を、私がマスコットになって盛り上げてあげようと思いましてね」
近藤は自信ありげな笑顔で、子どもに対してしていたのと一緒の、軽快な動きを行いながら答えました。
「ええ?」
北尾は激しく眉をひそめました。
「本気でそう考えているのなら、もっとやりようがあるでしょう。何ですか? その何だかよくわからない装いは。とにかく迷惑です。今すぐやめてください」
「なぜやめなきゃならんのですか。せっかく人が善意でやってあげているというのに。ねー、みんなー」
北尾が真剣に話しているのは明らかなのに、近藤はさらに数人が寄ってきた目の前の子どもたちがはしゃいでいるのをいいことに、「意味不明ないちゃもんをつけられて困っちゃうよ」という感じで、またもピエロっぽい動作をしました。
「ふざけないでください! 私はここを経営している会社の者なんです! 忠告を無視してこのままその振る舞いを続けるのであれば、警察を呼びますよ!」
北尾はもっと汚い言葉を使って怒鳴り散らしてやりたい気分でしたが、子どもやその母親など幾人もの人が周囲で見ていたため、なんとか敬語を維持して警告しました。
「チェッ。わっかりましたよ」
近藤は、彼がエンジョイランドの人間だと知っても焦ったり謝罪したりしませんでしたし、不満顔で未練たらたらな様子でしたけれども、言われた通りにやめて、立ち去っていきました。
まったく、ただでさえ経営がうまくいかなくて頭が痛いってのに、おかしな奴が現れまでして。泣きっ面に蜂とはこういうことだな。
そう思い、北尾は大きいため息をついたのでした。
それから一週間ほどが経過しました。北尾はもはや日課となった遊園地内を見て回るのをその日も行っていたのですが、ふとある点に気がつきました。
「なんだか二、三日前くらいから、さらに客の入りが悪くなったような……」
「この前のおかしな男の影響じゃあるまいか」とか「それ以前に本当に減っているか、戻ったら担当者に確認しなくては」などいろいろな考えが頭を駆け巡り、心中穏やかでないなか、なおも歩いていると、こうした声が耳に届いてきました。
「わーん。コンドーがいない。どこにもいないよー」
「ほんとに見当たらないねえ。たーくん、しょうがないよ。もう諦めて帰ろう」
「やだやだ! コンドーに会うんだ! コンドー、どこー?」
それでピンときた北尾は、注意深く周りを眺めると、他にも同様に寂しげだったり、何かを捜しているふうの親子を何組か見つけることができました。
「ま、まさか……」
彼は信じられないという表情でつぶやくと、すぐさま携帯電話を取りだし、「エンジョイランド こんどう」と入力して検索を行いました。
するとにらんだ通り、「コンドーがエンジョイランドからいなくなっちゃったみたい。悲しいよー」や「暇つぶしで行ったエンジョイランドでコンドーを見て、楽しんで、今度久しぶりに友達と遊びにいこうと思ってたのに、一気にその気が失せた」といった内容の書き込みがたくさん現れました。さらに、「なんか噂だと遊園地の関係者に追いだされちゃったんだって」とか「あの遊園地の奴らは曲がりなりにもエンターテインメントの世界に身を置いてるってのに、面白いものとそうじゃないものを見分けることもできねえんだな。他のとこじゃ絶対に味わえない、コンドーのあのクセになるシュールさ! そんな貴重な売りになるものをやっと、それも運良く、手に入れられたっていうのに、マジでバカだよエンジョイランド」というコメントを目にしました。
北尾は部下たちがいる建物へ、速くないですし、激しい運動などめっきりやっておらずすぐに息があがりましたが、それでも出せる限りの全力で走って向かいました。そして到着すると、ドアを開けるのとほぼ同時に大声で言いました。
「おい、みんな! 近藤って男の居場所を知っているか? わからないなら捜すぞ! なにがなんでも見つけて、ここに連れてくるんだ!」
そうして招かれた応接室のソファーに、これでもかというくらいにふんぞり返った体勢で、近藤は北尾に問いかけました。
「それで、やっぱり私の力を借りたいと?」
「はい、その通りでございます。先日は無礼な態度をとってしまい、本当に申し訳ございませんでした」
近藤のわかりやす過ぎる偉ぶった姿勢に、やはりこいつは気に入らないと内心ははらわたが煮えくり返っていた北尾でしたが、今回もどうにか理性を保ち、今までの人生で最高クラスのゴマをすりました。
「しかし、そうするとビジネスになりますから、当然こちらのほうは用意していただけるのでしょうな?」
近藤は親指と人差し指を上方向でくっつけて円を作りました。
「それはもちろんでございます」
「ほお。しかし大丈夫ですかな? 私もそんなに暇ではありませんので安請け合いはできませぬが、あまり繁盛していないであろうこの遊園地に私をその気にさせるだけのお金を工面する余裕が、果たして?」
「ご指摘の通りふところは寒いですけれども、近藤さまがご満足なさいますよう、最大限の努力を尽くすことを約束させていただきます」
「本当でしょうな? 少なくとも月にこれくらいは用意していただかないと、お話になりませぬが」
近藤は人差し指だけを上に立てました。
「百万円ですか。それでしたらどうにか……」
本心は年間で一千万円というラインを考えていて、それだと最低でも千二百万円となってしまうわけですが、期待を裏切らない成果を出してくれれば無理な額ではないかと北尾は判断したのでした。
「百万? ご冗談を。それっぽっちなわけがないでしょうが!」
近藤は激怒しました。
「す、すみません。一千万円でしたか」
北尾が焦って言うと、近藤は勢いよく言葉を続けました。
「よっ。それならいっそ、もう一声!」
「……」
調子に乗ったのが丸出しな彼の振る舞いに、開いた口がふさがらないのがこれまた明々白々な北尾を見て、近藤は「コホン」と短いせきをして姿勢を正しました。
北尾も我に返って、再びしゃべりました。
「申し訳ございませんが、一億円はもちろんのこと、一千万円でも難しいです。お一人に一年で一億円以上のお金をお渡しできるほどの資金力があるのならば、確実にお客を呼べる立派なアトラクションを造ります」
「ま、ま、ま、いいでしょう」
近藤は偉そうな態度に戻って言いました。
「私は教師をしておりますし、お金で物事を決めるような人間ではないのです。これまでのは、そちらサイドの誠意や、私を必要としている本気度を見たかっただけでしてね。まあ、お任せください。ビタ一文いただくことなく、この遊園地の人気をアップして差し上げましょう」
「ほ、本当ですか? おありがとうございます」
北尾はここに至って初めて近藤をわずかばかり評価しました。そして、実際のところはそこまでの気持ちはなかったのですが、感謝してもしきれないという感じの、土下座を思わせる深いおじぎをしたのでした。
近藤が帰ってきたことにより、それを聞きつけた、ファンと言っていいくらいに彼を好きだった幼児や、面白いものを目敏く見つける能力があり、彼にもいち早く注目して足を運んでいた若者たちが、再びやってくるようになりました。加えて、そうした未成年本人や、まだ若くて頭が固くなく近藤のことも面白がれるその親らの口コミで、エンジョイランドの来場者数はかつて経験がない右肩上がりとなったのです。
「いやー、近藤さま、さまさまでございます」
「そうですかあ?」
応接室で、前回にも増してソファーでふんぞり返った近藤の肩を北尾が揉んで話をしており、浮かれきった二人のその様子は、傍から見ると、悪事に成功した悪代官と越後屋のようでした。
近藤が北尾に言いました。
「とはいえ、この程度で満足されちゃ困りますな。人が増えているといっても、まだ儲かっていると自慢できるほどではないのでしょう?」
「そんなそんな、十分でございますよ。ただ、近藤さまのお高い基準からすると物足りないということになるのかもしれませんけれども」
「調べてみたら、メジャーなテーマパークの域にはまだまだ達していませんのでね。私も頑張ってはいますが、いくら優秀なマスコットがいても、さすがにそれだけで大勢の客を長時間楽しませ続けるのは限界がありますからな。しかし現状はその無理をやらなければ、これ以上の飛躍は望めませぬ。一方で、それができたとしても、現代人の飽きるスピードは超特急並みですので、同じようなことをしていたらばあっという間に世間は離れていってしまう。そこいらへんの過酷さは、言われなくとも長年この業界で働いてきたあなた方にはわかりきった話なのでしょうけども」
「ええ、おっしゃる通りで……」
北尾は、順調な今の状況を喜んでいただけで、先々の心配などまったくしていませんでしたが、そう言われて不安になりました。
「ですが、ご安心くださいませよ。私がマスコットになってのパフォーマンスの次に、人々を楽しませて、ここに来ずにはいられなくさせるもの、そのビジョンがすでに私の頭の中にあるのです。懸念する点があるとすればただの一つ、この遊園地が人であふれ過ぎて事故が起きやしまいかということですけれども、それはどうにかするとして、訪れたお客さま方をさらに笑顔まみれにすると約束いたしましょうぞ。ただし、その実現のために、私が言う通りの準備に協力していただけますかな?」
「は、はい。もちろんでございます。何なりとお申しつけください!」
結果を残している近藤のそこまでの自信に満ちた発言に、北尾の鼻息は荒くなったのでした。
その後しばらくして、エンジョイランドの敷地のほぼ中央に位置する場所に、ステージが設けられました。それを見た来場者の多くは、ヒーローなどのキャラクターショーが行われるのだろうと考えました。
「ええ?」
まもなく、人々はそのように驚きました。そこで始まったのは、まさか遊園地でと誰もが予想していなかった、近藤によるファッションショーでした。
近藤がすべての服をデザインし、それを着て登場するモデルも近藤自身が一人で行ったのです。なので、一着身につけて表に現れてから、引っ込んで次のものに着替えるまで、当然時間がかかります。しかもその行程を何回もくり返すわけで、疲れもするでしょう。それでも彼は、ステージに出てくれば生意気な小娘といったたたずまいのモデルをこなし続けました。
さらに、終了後には着用した服を販売しました。ショーを観る目的での客足の増加に加え、それを買い求める人が殺到することで、エンジョイランドに桁違いの利益がもたらされると踏んだのです。
ところが、そうは問屋が卸しませんでした。ショーがあまりにシュールだったことや、それまでうまくいってたものだからいい気になって金儲けに走ったなと近藤の魂胆が見透かされたり、新鮮みもなくなりだんだんと彼のやることに厳しい目を向ける人が増えたりした結果、服はほとんど売れませんでした。その、言わばコンドーバブルの崩壊によって、遊園地に来る客の数は目に見えて減少していき、ついには以前の閑散とした状態に舞い戻ってしまったのでした。
せっかく手にした人気を台なしにしただけでなく、遊園地のイメージを著しく損ねたとして、エンジョイランドから永久追放となった近藤は、時折当時のことを思いだしては、こう口にするのです。
「あー、楽しかったなー」
そんな挫折感や遊園地の人たちに迷惑をかけて申し訳なかったといった否定的な感情はまるで抱いていない能天気な彼とは対照的に、現在もなんとかエンジョイランドを運営している一員の北尾は、近藤のことが頭をかすめるたびに、思わず次のように声に出してしまうのでした。
「あんちきしょう。あんな好き放題した挙げ句に大失敗をやらかして、そのうえ満足でいっぱいな顔まで見せやがって。もしまたどこかで会ったら、ただじゃおかねえからな!」
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