教師近藤と転校
あるとき、近藤が受け持っているクラスから別の学校へ転校していってしまう男子生徒がいました。
名前は風間稔というそのコの、近藤の学級での最後の日にお別れ会が開かれて、背が高くてしっかりした印象の別の男子が、彼のためにクラスの他の生徒全員が寄せ書きした色紙を代表して手渡しました。
「ありがとう」
二人の仲の良さも手伝って、うるっとしてしまう光景のなか、続けて近藤が稔に歩み寄って言いました。
「私も色紙に、自分が常日頃心掛けている大切な言葉なんだけど、きみに贈りたくて書いてきたんだ。受け取ってもらえるかな?」
「はい、もちろんです」
稔は、さすがに普段よりも真面目な雰囲気で、ふざけたりなど一切しなそうな近藤を目の前にして、高価な品でも授かるような緊張した面持ちで、差しだされた色紙を手に取りました。
見るとそこには、毛筆による達筆な文字で、こう書かれてありました。
〈ローリスク ハイリターン〉
……。
稔はほおをピクピクと引きつらせると、人の目に触れるのははばかられるといった様子で、その色紙を裏面を上にして机に載せました。
そして教卓の位置に戻った近藤は、生徒全員に向かって、明るい気持ちになるよう励ます感じの口調でしゃべりました。
「よーし、記念写真を撮ろう。それで、普通に並んで撮影するだけじゃ面白くないんじゃないかと思って、これを貸衣装の店で借りてきたんだ。全員のぶん用意したから、みんな、着てくれるかな?」
近藤は教室の前のドアを開け、廊下に置いてあった数個の段ボールのうちの一つを持ち上げて生徒たちに見せました。
「えー、どんな服なんですか? 先生ー」
興味を持ち、盛り上がった生徒から、そのような声があがりました。
「フフフ。着てのお楽しみさ」
近藤のもったいぶった態度で、子どもたちはさらにワクワクしました。
そうして楽しい気分で男女分かれて着替えを始めた生徒たちでしたが、徐々に微妙な顔つきへと変化していきました。
「何なんだ? この服」
「なあ」
「もしかして、あれかも」
「ん? なに?」
「弁慶」
「え? 弁慶って、あの?」
「あー、そう言われれば」
そうです。それは武蔵坊弁慶の衣装でした。
男女一人残らずまったく同じ弁慶の格好となり、教室で各自の席に座る元の状態に戻りました。
「おまたせ」
そこへ、別の部屋で着替えていた近藤がそう言って帰ってきました。
「えええ?」
生徒たちは呆気に取られました。
近藤は、近藤だけは、弁慶ではなく牛若丸の衣装をまとっていたのです。
稔が唯一その姿になるというなら理解も納得もできるでしょうけれども、なぜか近藤が主役のようになり、表情も近藤のみ満面の笑みで、最後になるクラス全員の記念の写真は撮られたのでした。
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