教師近藤とお盆
これは、近藤が教師になって、まだ間もない頃の話です。
彼の友人に及川という男性がおり、その彼は、父親が体を悪くしたこともあって譲ってくれた自宅の一階の洋食レストランだったところを、改装した店舗で、パン屋を経営していました。
梅雨の終わりが見えてきて、夏の到来を皆が感じているといった時期に、近藤が彼に訊きました。
「お盆はどうするんだい?」
「とりあえず、店は休むつもりだけど」
「田舎に帰るのかい?」
「いや、俺は自分も両親も東京生まれで、田舎はないんだ。だから特に予定はないし、ゆっくりするよ」
すると近藤は強い口調になって言いました。
「何だって! 用がないのなら、店を開けるべきだぜ!」
「え? なんでだよ。お盆に休むなんて、大きい企業の店とかじゃなけりゃ、普通のことじゃないか。別にいいだろ」
近藤につられて、きつめに言い返した及川でしたが、近藤は変わらぬ態度で言葉を続けました。
「いいや。店を始めて、そんな何年も経っていないだろう? 帰省もしなけりゃ、結婚して家庭を持っているわけでもない。それなら若いんだし、今はできる限り仕事に精を出すべきさ!」
「……そうか」
及川はトーンダウンしました。彼は頭の中でうっすらお盆中にやる遊びの計画を練っておりウキウキしていたのですが、ものすごく忙しいと聞く教師、また同時に自分より遥かに安定していて少しくらい手を抜いても大丈夫であろう公務員という身でありながら、休むことなどいささかも考えていない様子でそう熱く語った、一緒の歳で人生のベテランでもない近藤に、己の仕事に対する甘さを見透かされたようで、恥ずかしい気持ちになったのでした。それゆえ、このときすぐに考えを改め、言われた通りお盆の期間も店を営業することにしました。ちなみに、近藤のしゃべり方がクサいドラマみたいであるのは、そうすることが当時、彼のブームになっていたためです。
そうしてお盆を迎え、及川はそれまでも決してテキトーに仕事はしていませんでしたが、さらに丹念に一つ一つの作業を行うようになりました。その一生懸命な働きぶりは、不安で連日ろくに眠れなかった、店を始めた当初を上回るくらいでした。だからといって売り上げも伸びるといった都合よくはさすがに運ばなかったものの、長いスパンで見れば今の努力は後に必ず活きてくるはずという確信がありましたし、気持ちの良い疲労を味わう日々のなかで、彼は叱咤に近い意見をくれた近藤に感謝していました。
しかし、ふとある疑問がわきました。
部活の指導があるし、そうでなくても多分教師は夏休みでも勤務するようになっているんだろうけど、お盆の時期は休みなんじゃないのか?
たとえその通りであっても、というか、おそらくそうに違いないと思いましたが、近藤が学校の休みの日を決めているわけではないから問題はないかとも考えました。けれども、どうにも気になって仕事に集中しきれない及川は、手が空いた時間に近藤の携帯に電話をかけてみました。
「はい」
「……やあ」
すぐにつながったこともあって、及川はドギマギしました。
「どうかしたのかい?」
「ああ、あのさ……」
及川は躊躇しつつ質問をぶつけました。
それに対する返答はこうでした。
「確かに学校自体は、お盆の間は休みで、閉まっているよ。だけどね、夏休み明けにやることが山ほどあるし、その準備を中心とした生徒のための作業をずっとしていて、まったく休んでなんかいられていないさ!」
近藤は、怒りまではしていないけれど心外だと思っているといった声の雰囲気なのでした。
「そうか。悪かった」
教師が大変なのは重々承知していたのに、人にああ言っておきながら、まさか自分は遊んでいるんじゃあるまいかなどと、わずかではあるものの疑ってしまったことを本当に申し訳なく思い、及川は電話を切りました。
のですが、その通話が終わる寸前に、電話口の向こうで誰かがナチュラルな発音で、「アロハー」と口にしたのを彼は聞き逃しませんでした。
それ以降、近藤は及川と疎遠になったのでした。
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