教師近藤とイベント

 その日、近藤は様子がおかしかったのでした。

 彼は担任をしているクラスでの授業中に動揺した態度で、特に女子生徒と話す際はあたふたする感じが見ていられないほどでした。

 どうして女子生徒に対して目立ってそんな振る舞いだったのかというと、この日はバレンタインデーだったのです。

 しかし生徒たちは皆、「嘘だろ?」「まさかな」などと思い、別の理由があるのではないかと考えました。それはそうでしょう。中年のいい大人がバレンタインデー、それも教え子相手に、緊張するだなんて。

 けれども翌日に、前の日のはそのまさかだったことが明確になりました。というのは、近藤は一転して、やはりとりわけ女子たちに、露骨にそっけない接し方になったのです。

 こんなにわかりやすい人は、探したところで他に見つかるでしょうか? 彼より圧倒的に歳が下で、多感な時期で、学校でチョコレートをもらう主役と言っていい立場の男子生徒たちでさえ、気になっていても、また残念ながら一つももらえなくてがっかりしても、平然としているくらいできるというのに。

 そのあまりの光景を見かねた真面目な女子の敷島晴英が、さらに次の日の二月十六日に、クラスや生徒を代表する気持ちから敢えてみんなが揃っているタイミングで、近藤にチョコを差しだしました。

「本当は十四日にお渡ししようと思ったんですが、学校にチョコを持ち込んでよいものか迷って、やめてしまいました。昨日はバレンタインデーではなくなったので持ってこなかったんですけど、やっぱりと思い立って、今日持ってきたんです」

 と、説明をして。

「ふーん。そうかい」

 近藤は平静を装いましたが、まったく装いきれておらず、嬉しくてたまらないのが誰の目にも明らかでした。気を遣われているだけなのにチョコをもらえたから大喜びするというその単純さや、またしても本心が丸バレであるといった、彼の間抜けっぷりに、生徒たちは全員呆れた表情になりました。

 近藤はチョコをくれた晴英に言いました。

「義理なのはわかってるし、そこまで嬉しいってことはないけど、私はチョコレートが好物だからさ。まあ、ありがとう」

 そのように言葉でもたいしたことはないと演出しましたが、声が弾んでいて全然演じられていませんでした。

 そんな状況で、鈴木麻美が一人、心の中でこうつぶやいていました。

 今口にした最後の部分だけは本当だよな。チョコが好物っていう。

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