教師近藤と詩

 近藤が、教室で行っていた授業の途中に突然、流れに反して、黒板に何やら書き始めました。

 それは次のようなものでした。

〈手に入れろ 手に入れろ

 手に入れろ 理想の筋肉

 入れろ 入れろ 手に入れろ

 手に入れろ 最上の筋肉〉

 そして、そのポエムっぽい言葉を少しの間無言で眺めると、納得したらしく大きくうなずました。

 近藤は時折こうした行動をとります。初めのうちは何事かと戸惑った生徒たちでしたが、ただ思いついて、書きたいから書くのだとわかってきて、今ではもう慣れっこなので、皆黙ってやり過ごしました。

 そんななかで一人、室田俊満という男子だけは、それを開いていたノートに書き写しました。

 といっても、気に入ったから残しておきたいなどと思ったためではなく、板書されたものはノートに記すという小学校で身につけさせられた習慣で行ったに過ぎませんでした。生徒は誰しも近藤の詩に関心はありませんでしたけれども、彼の興味のなさかげんはクラスの上位でも五本の指に入るほどのレベルであり、本当に何も考えていなかったのです。

 その数日後のことでした。そういう年頃と申しましょうか、特に理由はなかったのですが、家庭での口数が最近めっきり減った俊満を、心配に思った彼の母親が、何かあるんじゃないかと、本人に気づかれないようにこっそりカバンや子ども部屋の机の引き出しの中などを調べました。

 そこで、ノートに書かれた、あの近藤の詩を目にしました。

「……何なの? これは」

 タバコのようなはっきりとした問題は見つかりませんでしたが、こうして彼女の不安はもっと大きくなってしまったのでした。

 小学生のときの担任も注意しましたけれど、ぼーっとするところがある俊満に、黒板に書かれたものはきちんとノートに写すよう、とりわけ強く言って聞かせたのが彼女だったのは、なんとも皮肉な話です。

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