教師近藤とサボり
近藤が勤務している中学校の男子生徒である手嶋康太は、掃除当番をよくサボります。
同じ班の女子生徒たちからちゃんとやるように再三注意されても、「うるせーよ」と言い返したりして、彼女らとのそのやりとりを楽しんでいるふうもあり、まったく態度を改めませんでした。
そんな彼がある日の放課後に帰宅しようとカバンを持って学校の廊下を歩いていたところ、担任の近藤に呼び止められました。
「ちょっといいかな?」
口調は穏やかでしたが、近藤は気が立っていて、それを抑えているように見受けられました。
「え? はあ」
そして誘導されて彼らのクラスではない教室に入ると、そこは普段あまり使用されない部屋で、そのときも誰もいませんでした。
あいつら、チクったな。
康太は同じ班の女子生徒たちが自分が掃除をサボることを告げ口して、そのせいで、近藤は人目につかないこの場所でこれから説教を始める気なのだと考えました。
すると近藤が口を開きました。
「ものまねを見てもらいたいんだけど、いいかな?」
そう言うのと同時に、一気に顔をほころばせました。
「え? ものまねですか?」
「ああ」
近藤はしっかりとうなずきました。
康太はあまりにも予想外の問いかけで頭が働かず、次の言葉がすぐには出てきませんでした。
そうして返事がまだにもかかわらず、近藤はものまねを見せたくてうずうずしている様子で、続けてしゃべりました。
「じゃあ、やるぞ。ゾウな」
「ぞ、ゾウ?」と、声にしていたならばツッコむ感じで、康太は思いました。
近藤は、ゾウの鼻を表現しているのでしょう、右腕を下に垂らしてから大きく振り回しだしました。
「パオーン」
彼がやったのは、ゾウが喜んで体を激しく動かすという、実際にはあまり目にする印象がない場面のまねでした。
「どうかな?」
近藤は軽く息が弾んだ状態で動きを止め、感想が聞きたくてたまらない雰囲気全開で尋ねました。
「……はあ。似ていると思います」
康太は引きまくりながら答えました。
「そうか! よーし、もう一回やるぞー」
近藤は自信をつけてしまったらしく、普通教師が生徒に見せることのない滑稽な動作を再度行い始めました。
康太は戸惑いつつも、どうやら説教はされないようなので、ほっとしました。
「パオーン」
けれども、それから二十分くらいが経過しても、近藤は高いテンションを維持したまま一向にそのものまねを終わらせようとしません。
叱られないしと我慢して付き合っていた康太でしたが、しびれを切らして話しかけました。
「あの、先生」
「ん?」
「用事があるのでそろそろ帰りたいんですけど、いいですか?」
「おお、そうか。悪かったね、夢中になってしまって。昨日家の中で鏡に向かってやって、あまりに手応えがあったから、クラスのみんなに見せたかったんだけど、今日は披露するタイミングがなかったもんで、やりたいエネルギーが充満しててさ。いいよ、いいよ。帰りなさい」
ようやく二度目の静止をして、近藤は言ったのでした。
「はい。じゃあ、失礼します」
康太は安堵してその教室を出ました。
ところがです。自宅へ歩く康太の後を、なぜか近藤がゾウのまねをしながらついてくるではありませんか。
「パオ、パオ、パオ〜ン」
学校の外の路上でもお構いなしなうえ、さっきよりハイになった様子で動きは激しさを増しており、すれ違う人は皆、当然二人を奇異の眼で見ました。
「どうしてついてくるんですか?」と康太は
口にしようかと思いましたけれども、近藤の性格上、何か理由をつけるなりして、どうせ変わらずついてくるだろうと判断し、無駄な抵抗はやめました。
家に到着すると、さすがに近藤は去っていきましたが、そのときには康太の精神状態はボロボロになっていました。
近藤は掃除をサボる自分へのお仕置きであんなことをやったのではないかとも考えながら、それがわかったところでつらかった記憶がなくなりはしないしなと、康太は翌日に近藤本人に訊くなどして真相を追究しようとはしませんでした。
ただ、以降彼が掃除をサボることは、一度たりともなかったのでした。
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