WEAPON-9

田辺電機工業

第1話 9人目の新人

 3月15日 21:30 喫茶オードナンス



「いらっしゃいませ~!」



 来客者を知らせるチリンチリンという鈴の音と同時に、明るく、しかし喧しくない程度の女性の声が響いた。

 ドアの近くに一人のショートカットの女性が、立っていた。



「......すみません、アルバイトの面接にきたんですけども......。」



 女性はやや緊張の面持ちで、自らの来店理由を短切に語った。

 彼女は両手をぎゅっと握り、お腹に押しあてていることからも緊張しているようであった。

 そんな彼女の元に、一人の黒の長髪を携えた若い女性従業員が足早に、しかし静かに対応しようと近づいた。


 従業員は、一瞬来店者の身なりを眺めるような目配せをすると、納得したような雰囲気で柔らかく話しかけた。



雨戸あまどいあきらさんですね?お待ちしておりました。既にいただいた電子履歴書を拝見しました。すぐにでもお話をさせていただきたいと存じます。」


「あ、はいっ......!よろしくお願いします。」



 女性従業員は、わずかに会釈するとにっこりと微笑んだ。一方、あきらと呼ばれた女性はやはり緊張の面持ちで深々と頭を下げた。



「では、こちらにお座りください。」



 従業員は、右手で近くの白いクッションボックス席を指し示し、来店者に遠慮と迷いを生じさせないように、自らが座るべき席に座った。来店者は、少し大股で足早に席に近づくと、静々と席に座った。


 従業員は、キッチンのほうにコーヒーを2杯持ってくるよう指示した後、まっすぐあきらの顔を見つめてゆっくりと語り掛けた。



わたくし、ここのメイド長をしています星野ほしのメイと申します。ふふっ......メイド長なんて変ですよね?要するに店長で衛生責任者であって、経営者です。本日は夜分遅いお時間をいただきまして、誠にありがとうございます。ぜひ、あきらさんとお会いして、じっくりお話をしたかったのですよ。」



 メイが自己紹介を終えると同時に、二人の前に音もなくコーヒーカップが置かれ、続いてシュガーとミルクポットが置かれた。

 その無音さ、気配のなさにあきらは驚き、びくっと背中をただした。

 運んできた主を見ると、ツインテールの金髪とセミロングの銀髪の少女が、息をぴったりにして会釈をしてきた。



「あ、ありがとうございます.......。」



 あきらは、やや深く会釈をすると、顔をメイの方向に戻した。

 そしてメイは右手でコーヒーカップを指すと、口を潤すことを促した。

 あきらは少しコーヒーをブラックで含み、それを確認したかの如くメイは話しかけ始めた。



「さて、この度私たちと共に働きたいとのことでご応募いただきましたが、もっと深い事情をお伺いしてもいいですか?」


「......はい。私はこの2月に無職になりまして、それで急遽住み込みで働ける場所を探していました......。」


「承知いたしました。履歴書には記載がない内容ですね。では過去にどのようなお仕事をされていましたか?」




「あっ、え、えっと.......。」



 あきらの目が宙を泳いだ。さも当然の質問であるのに、答えに窮するということはそれなりの理由があると言外に言っているようなものだ。



「......大丈夫ですよ。あきらさん、私たちも同じです。」



 メイはそう言い、にっこりと目を閉じ、答えた。

 そして再び目を開くと、その瞳からは紅い灯のような揺らいだ光が漏れ出していた。

 メイは、少なくとも人間ではなかった。



「......あっ。」



 あきらは僅かに驚いたような声を上げると、両眼を閉じゆっくりと見開いた。

 すると、あきらの瞳からは青い灯のような光が漏れ出した。

 メイはそれを見て、微笑みながら語り始めた。



「ふふふ、あきらさんがアンドロイドだということは承知しておりました。ここで働く私を含めた従業員は、全員あきらさんと同じアンドロイドです。それも所謂、違法と呼ばれている”ロスト・ナンバー”たち......だから、安心してください。私たちとぜひ一緒に働いてほしいと思っているのです。」


「あっ、ありがとうございます!私、軍隊にいました。対戦車の部隊で、海外の派遣任務に就いていたんです!」


「そうですか。それは大変でしたね。今、対戦車部隊で素体のまま、対戦車砲を運用する、ということはないはず。では、機動戦車のパイロットをしていたんですね?」



 メイは、両手をグー・パーを繰り返して、ボディーランゲージを含めて話した。

 あきらもまた同様に、何とかニュアンスを伝えようと両手をグー・パー繰り返して話した。



「はい、そうですっ!でも、撃墜して、撃墜されての毎日がすごく嫌になって。任務に何の意味と正義があるんだろうって思っちゃって......ごめんなさい、言いたいことがたくさんあるけどどう言ったらいいか分からなくて。とにかく嫌になったんです!」


「大丈夫ですよ。私たちも同じようなものですからよくわかります。」


「......ごめんなさい......ごめんなさい.......。」



 勢いのあったあきらの声が、徐々に嗚咽を帯び、小さくなっていった。

 その様子を見たメイは、あきらの横に静かに座ると、自分の胸にあきらの顔をうずめ、優しく抱きしめた。



「とても大変な思いをしましたね。傷つけること、傷つけられることがずっと怖かったでしょう。」


「............。」


「違法と言われているロストになることは、自分と誰かを傷つけないための、あきらさんの決断だったのですね。」


「......ぃ......はい......。」


「それでもここに来たのは、自分が兵器としての生まれだから、と。その変えられない宿命を誰かを護るために費やすべきだと、考えたんですね。」


「......はい......ここが......自分の信念に基づいて不法を狩るアンドロイドの居場所だと知って......人の役に立ちたいと思って、来ました。」


「大丈夫、その認識と動機は私たちと同じです。私たちは法で裁くことができない不正に対して、活動をしています。その想いの下、火器・電子戦・心理戦・情報戦・ロジに長けた専門家が連携あるいは独立して、自分の仕事をしています。あきらさんの想いや力も、誰かのために使うことができますよ。」


「あ、ありがとうございます......。」



 メイは自分の胸元から、あきらの顔をゆっくりと離し、両手をぎゅっと握ったまま、まっすぐに目を見て語った。



「私たちは、自分たちをウェポン(兵器)と通称しています。正義を執行する兵器としての矜持を、作り物の心に刻むためです。あきらさんは、過去を乗り越え”ウェポン”を名乗る強さがあると信じています。どうか、私たちに参加してください。」


「......ウェポン......わ、わかりました。」




 メイはさらに強くあきらの両手を握ると、満面の笑みで迎え入れた。





「ようこそ、あきらさん。あなたはWEAPON-9ウェポン・ナイン、正義を執行する9番目の新しい兵器。私たちは、貴女のことを歓迎します。」





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