元カノと二人きりのSNS

伊藤テル

元カノと二人きりのSNS

・【元カノからの宣言】


 玄関って風水的に魔物の出入り口になりうるって本当だな。

「私、貴方のストーカーになりそう」

 そう言われた俺が最初に思い浮かんだ一言。

 それは”そりゃそうだ”だった。

 この彼女……いや元カノ、というか亜里沙は、俺がただ女子のクラスメイトと話しているだけで激怒するほどの嫉妬深い女性だった。

 亜里沙は瞳を潤ませて、上目遣いで甘えながら、こう言った。

「ストーカーになって……いい?」

「いやダメだろ、普通に」

 そう俺が言うと、セミロングの黒髪をぶるぶる横に震わせてから、

「だって、だって、悠くんが私をこうさせたんだからねっ」

「いやもう全然させてないけども。それではお引き取り願います」

 俺は靴を履き、玄関で粘る亜里沙の腕を引っ張って家の外に出そうとした。

 すると、亜里沙はやれやれといったような表情をしながらこう言った。

「もう、悠くんったら、DVじゃん」

「ただ引っ張っただけだろ」

「ダンディ・ビデオじゃん」

「DVはそんな謎単語の略じゃない、何だよダンディ・ビデオって。俺が髭蓄えてタバコ吸ってないと成立しないだろ」

 俺がそう言うと、急に俺の頬を指でツンツンしながら、亜里沙が

「悠くんのツッコミ最高っ、だからもっといろいろツッコんでよ」

「じゃあ漫才師みたいにツッコめばいいんだな」

 その言葉を聞いた亜里沙は目を輝かせ、うんうん頷いてきたので、まあ仕方ない。やってやるか。

「オマエみたいなヤツとはやってられないわ。全て辞めさせてもらうわ。どうもありがとうございました」

「いや! 終わりのヤツじゃなくて! 中盤のイチャイチャした部分をだよ!」

「漫才師、中盤イチャイチャしてないから」

 とにかくキリが無いので、もう完全に暴力のレベルで亜里沙を玄関の外へ押し出そうとすると、

「はいじゃあストーカー! 今日から私は悠くんのストーカー!」

 とデカい声で言い始めたので、さすがに近所迷惑だし、人に聞かれたら恥ずかしいし、押すのを一旦やめた。

 亜里沙は腕を自分の胸の前でキュッと畳んで少し縮こまりながら、

「急に触んないでよっ、えっち」

 と言って笑った。

 いやいやもう。

「ストーカー宣言するヤツほどのスケベいないだろ」

「悠くんがそうさせたのっ」

「何でもかんでも俺のせいにするなよ、というかもうさ、普通に別れてくれよ、オマエの束縛怖いんだよ」

「じゃあストーカーになる!」

 そう強い決意を込めた表情で言い放った亜里沙。

 いやだから。

「それも束縛じゃん……」

「いいの? 私、悠くんのゴミ袋、毎回漁るよ?」

 そう言って怪しくニヤリと微笑んだ亜里沙。

 いやいや。

「何だよそのおどし……」

 亜里沙は拳に力を入れて、叫んだ。

「悠くんの使用済みティッシュ持って帰って、カラッと揚げてサクサク食べるよ!」

「一旦揚げる工程を入れるな、手間を掛けるな、そんなもんに」

「じゃあ悠くんの家に忍び込んで、使用していないティッシュをノド越し重視でそのままつるんと頂くよ!」

「忍び込んだらいっそのこともっと悪いことしろ、何だよ使用していないティッシュを食べるって、ティッシュは加工しないとノド越し悪いだろ」

 俺がそう言うと、肘で俺の体を突きながら、

「このこのーっ、いっぱいツッコんじゃってぇー、そうやって私をほしがるくせにさぁー」

「いやもうこれはただの性格だから、オマエを好いているわけじゃない」

 そう言うと、ため息をついた亜里沙。

 いやオマエにため息つかれる筋合いなんて無いから。

 亜里沙は唇をペロリと軽く舐めてからこう言った。

「そろそろ正直になろうか? 私と一緒にいると楽しいんでしょ?」

「いやもう全然怖い。電波な発言も怖い時があります」

「ちょっと悠くん、端的に”怖い”と形容詞を使わず、背筋が凍るとかしっかり描写しないと減点対象だよ」

「勝手に俺の発言を審査するな、誰目線なんだよ」

 そう俺がツッコむと、優しく微笑みながら、

「恋人、目線かなっ?」

 と言ったので、とりまビンタすることにした。

 ビンタをされた亜里沙は、

「単純な暴力はダメ!」

「もうしていいかなって思って」

「女子にビンタしていい時なんて一度も無いから!」

「俺もオマエ以外にはしないよ」

 そう言ったら、頬を赤らめながら亜里沙が、

「特別な、関係ね……」

 と言って、恍惚な表情を浮かべた。

 いやもう。

「帰れよ、俺は一人暮らしだけどもオマエは実家住みだろ、暗くなってきたらあれだから、もう帰れよ」

「私のこと心配してくれる悠くんって優しい……」

「オマエが形容詞そのまま使うなって言ったんだろ、オマエも使うな」

「束縛がすごい……」

 いや!

「オマエが言い出したんだよ! あと束縛が強いのはオマエだっ!」

「だって……悠くんが他の女子と喋っているんだもん……」

「喋るだろ! 同じ委員会なんだよ! 同じ高校生で同じ委員会! 喋るだろ!」

「何か、ニヤニヤしてたし……」

 そう言って不満げな表情をする亜里沙。

 いやだって。

「笑顔が消滅した顔していたら心配されるだろ」

「そう! 心配しちゃう! 今後の悠くんを! 私がいなくて大丈夫っ?」

「俺はオマエを心配するわ! ストーカー宣言するオマエを!」

「じゃっ、じゃぁ……やっぱりモトサヤという話、なんです、ね……」

 そうおそるおそるだが、どこか嬉しそうに頷いた亜里沙。

 いや。

「別れるよ、そしてストーカーもやめてくれ」

 俺がそう冷たく言い放つと、亜里沙は慌てながら叫んだ。

「ワガママにもほどがあるよっ!」

 それに負けじと俺も叫ぶ。

「こっちの台詞だよ! 何度もオマエの束縛に耐えてきたけども、クラスメイトと会話もダメならもうダメだよ!」

 唇を噛み、少しひるんだ亜里沙。

 少しの間。

 そして肩を落とした亜里沙はボソリと呟いた。

「近況報告だけして……」

「近況報告? 何だよそれ」

「毎日SNSに写真を一枚上げて……私、それ見てストーカーしてる気分だけするから……」

 何だよ、ストーカーしている気分はマストでしたいのかよ。

 でもまあそうか、写真を一枚見せるくらいならいいか。

 一応、一度は愛した相手だ、それぐらいしてやっても……ただし。

「じゃあその写真に毎回感想送れよ」

「……感想?」

「そうだ、俺ばっかり労力あっても嫌だからな、何か感想送れ。その感想送るの面倒になったら俺への愛も尽きたってことでやめることにする」

「分かった、感想を送る……」

 良かった。

 これで一方的に面倒なことをし続けなくて済む。

 まあ痛み分けといったところだ。

 何で俺も痛まないといけないのかよく分からないが、妥協案としてはまあいいだろ。

 ……いや待てよ、本当にこれでいいのか。

 まだ俺が大変なだけじゃないか。

 コイツ、こんなことをしてもなおストーカー行為するんじゃないか?

 ……ならば!

「あとはそうだな、GPS使った追跡アプリをオマエに入れる。俺はオマエが俺の家に不用意に近付いていないか逐一チェックできるようにする」

「……別に不用意に近付かないよ……」

「いやオマエのことは信用できない。それが写真を毎日一枚上げる条件だ」

「……じゃあいいよ、それでいいよ……それでも私は、悠くんの写真が見たいから……」

 交渉は成立した。

 まずは俺が写真を上げるSNSとの相互関係。さらにGPSアプリの追加。これで完璧だ。

 亜里沙は何かブツブツ言って、さらには、かなりムッとしているが、そんな顔を気にしていたら話が進まないのでガン無視だ。

「じゃあな、亜里沙」

「さよなら、悠くん」

 亜里沙は明らかに不愉快そうに肩を強く落とし、相当猫背で帰っていった。

 まあ一日一枚写真を上げるくらいなら俺も簡単だし、一応はこれで終わりってことでいいだろう。


・【俺と亜里沙のSNS】


 俺は何も考えずに自室を写真で撮ってSNSにアップした。

 当たり前の話だが、亜里沙は俺の部屋に来たことも、なんなら泊まったこともある。

 付き合っていたんだから当たり前だ。

 こんな何度も見たような写真が上げられれば「こんなどうでもいい写真上げないでよ」と怒ってくれるかもしれない。

 そうなればすぐにこの関係も飽きるだろ、と思っていたのだが、これが俺のこの写真に付いたコメントだ。

『やったぁっ! 久々の悠くんの部屋だぁっ! 最後のほう家に入れてくれなかったもんね! 悠くん! 悠くん!』

 ……何だよそのテンションは……別れ際のテンションから察するに、既にテンション下がっているもんだと思ったが、めちゃくちゃ高いじゃん……。

『あっ! 新しいペン買ったんだ! 悠くんって絵を描くの好きだもんね! 私! 才能あると思っているよ! 本当に!』

 いやもう何か、記憶力と観察力がすごいわ……新しいペンを買ったこと、逆に今、思い出したわ。

『写真から悠くんの香りを感じます』

 いやキモっ、マジでストーカーの文章してるじゃん。

 ストーカーが書く文章じゃん、写真から香りって。

『また遊びに行きたいですっ』

 無理だろ、それは無いだろ、絶対に。

『何だか家政婦として雇われた気分だなぁ』

 部屋の写真一枚でっ? どんだけ妄想してんだコイツ! めちゃくちゃ怖いわ!

『タンスの中に何が入っているか知っているんだよね、私っ』

 あぁ、もうタンスの中の順番バラバラにしておこうっと。

『というかちょっと写真の隅にベッドが写っていることがエロいよね、誘ってるの?』

 そんなこと考えないわ! 全然エロくないわ! 普通の寝床だよ! ただの人間が寝る場所だよ!

『何回一緒にベッドの中へ入ったか……42回だよっ』

 えっ? コイツ多分マジで数えてやがった! 付き合ってる時からストーカー気質だったんだ!

『ちなみにベッド以外が9回だったね、野外もあったね』

 うわぁぁあああああ! 黒歴史! 黒歴史!

『合わせて50回以上体を重ねたんだよ、まるで二枚使うほうの折り紙』

 いや二枚使うほうって言い方したら大体何でもありだろ! 全然うまくたとえていない!

 二人をたとえる時に”二”って使うな!

『悠くんの折り紙に絵を描いてアップしてるSNS、実は知っていたんだっ』

 うわっ! 折り紙がここに繋がっていた! やめろ! うまくないし、やめろ!

『あんまりバズってないけども、私には響いていたよ』

 いやうまくないのは俺のほうみたいな! バズるほどうまくないのは俺みたいな!

 クソ! 精神攻撃してきやがって! 腹立つな!

『悠くんは新しく買ったペンで、今日も折り紙に絵を描くのかな?』

 今日から1ヶ月くらいはやらねぇよ! もう!

『私の体にも絵を描いてほしいな、ボディペインティングで野外に出て、また一緒に……』

 キモすぎるだろ! コイツの発想! 絶対そんなことしないからな!

 もう絶対そんなことしないからな!

『裸か政府』

 ……何この文、えっ、急に最後本当に怖くなった……暗殺されたの? 亜里沙、政府に暗殺されたの?

 まあこんなヤバイ文章書いていれば、暗殺されるかぁ……と思った時だった。

 コメントが追加された。

『裸家政婦ね! 裸家政婦として悠くんの家に行きたいってことね! 文章途中になっちゃってた! ゴメン! 明日も写真上げてね! あぁー! 恥ずかしい』

 ……いや!

 間違えたことだけじゃなくて、全部恥ずかしいだろうがぁっ!

 この文章全部恥ずかしいだろうがぁぁぁああああ!

 あと裸家政婦って何っ? 何だよこれ! コメントも長いんだよ!

 こんなのが毎日続くのかよ!

 ……続いた。

 俺は情報量をもっと減らすため、机に乗せた消しゴムのアップの写真を上げた。

『懐かしい……私、悠くんの消しゴムで体をゴシゴシされたかったんだよね……』

 知らんわ! 変態じゃねぇか!

『私の中にある、悠くんには合わない部分を消し去って、悠くんに合う体になりたかったの』

 怖いわ! 売れないシンガーソングライターの歌詞みたいになってるじゃん!

『悠くんの指を思い出すなぁ、悠くんの指はゴツゴツしていて男らしくて、でも暖かくて優しくて、消しゴムになりたい』

 俺は絶対人の消しゴムにはなりたくないけどな! 人間でありたいけどな!

『……本当は彼女になりたい、戻りたい』

 やっとまだ共感できる文章になって、ちょっとホッとしたわ!

 このまま異常者の道へ一直線だったら怖すぎたわ!

『その消しゴム、ちゃんと減ってほしいな、ちゃんと絵を描いていてほしいな』

 何だよ、誰目線なんだよ、親戚のおばさんか。

『なんてね、嘘』

 えっ?

 ”なんてね、嘘”という文章そのものが、ちょっとキモいな。

 コイツ自体もめちゃくちゃキモいけども、この文章の書き方自体もキモい。

『消しゴム減らなくなるくらい巧くなってほしい』

 いやハイライト入れる時とか濃淡を表現する時に絶対使うから、どんなに巧くなっても消しゴム使うわ! 

『私、悠くんの絵、本当に好きだから……』

 そればっかりだな、本当いつもそればっかりだな、コイツ。

『今度私の絵を描いてアップして下さい。それでは』

 絶対しないわ! ストーカーの絵描くヤツいねぇだろ!

 というか消しゴム一つに長っ!

 もう何上げても長いってことだな! 分かった分かった!


・【いつもこんな調子で】


 SNSには画面側を裏返しにしたスマホをアップした。

 こんな何も意味無い写真なら何も言うことが無いだろう。

『これスマホだよね!』

 まあそうだけども。

『こうやって画面を隠しているヤツ懐かしいな! スマホで絵を描いている時は必ずこうやって隠してお手洗い行くんだよね!』

 ……そうだっけ。

『その時、お手洗いで何してたのかな?』

 いや小便だろ。

『私が部屋にいることに興奮して、何かしていたのかな?』

 いや小便だろ。

『正解は私が悠くんのベッドの上で何かしていたでしたー!』

 いや何その急展開のクイズ! んでそんな答えあるかっ? そんなキモイ答えのクイズ番組無いだろ!

『モチロン、スマホは見ないんだっ』

 束縛強いし、メールのチェックとかしていてもおかしくないけども。

『私に絵を見せてくれるまで我慢していたの!』

 あぁ、そうなんだ。

『まあ絵を描いていない時はメールのチェックとかしていたけどね』

 やっぱりそうか! 何か慌てていた時あったもんな!

『でも絵だけは特別なの! 悠くんとの絵はもはや子作りみたいなものなの!』

 またヤバイたとえがでてきた。コイツのたとえはずっとヤバイな。

 言語感覚どうなってんだよ。どんな国語の授業を受けてきたんだよ。

 あと子作りって、オマエは何もしていないけどな。

『悠くんが作った絵という名の子をめちゃくちゃ愛でるの! モチロン、絵が最高だからだよ!』

 いいよ、そんなとってつけたような褒め言葉。

 やるんならもっとうまく褒め言葉入れろよ。

『また悠くんの新しい絵とか見たいな、私の絵、まだかな』

 ねぇよ! オマエの絵の回はねぇよ!

 無いまま最終回だからな!

『ラフガイ胃』

 ……何だこのキモイ文章……タフガイみたいなテンションの文字列なんなんだよ。

 笑っているガイの胃って何なんだよ、健康そうな胃だな……とツッコんでいると、またコメントが追加された。

『ゴメン! 裸婦画良い、だった! もー! 最近こういうの多い! 恥ずかしい! じゃあまた明日!』

 いや裸婦画が良くないだろ、オマエの裸婦画なんて全然良くないだろ。

 というか……長いんだよ! 返信がぁぁぁあああああああああああ!

 全然飽きないな! コイツ!

 そう飽きない。

 別の日には、今度こそ何も無いだろうとただただ青空の写真をアップすると、

『悠くんと公園で写生デートした時もこんな青空だったよね』

 うわっ、もう長くなりそうだな、長くなりそうな出だしだな。

『そしてまさか同じ公園で夜の写生デートするとは、ってね』

 うわぁぁああああああああああああ! 本当の! マジの黒歴史ぃぃいいいいいいいいいい!

 別日。

 もうマジで何も無いだろうと思ってアップした、黒色の画像。もう写真でも無い。ペイントソフトで黒色に塗った画像。

『悠くんがスランプの時、ノートを鉛筆で真っ黒に塗った時のことを思い出したよ。あの悠くんが闇堕ちしたヤツね』

 わぁぁああああああああああああああああ! マジでガチのヤバ過ぎる黒歴史だぁぁあぁぁあああああああ!

 別日。

 もうこんな調子だ。

 何だよ、亜里沙は俺大喜利でもしているのか、俺の話に必ず繋げる大喜利でもしてんのか。

 どんな写真でも画像でも、必ず俺の話に繋げる胆力、さすがストーカーといったところか。

 じゃあもう逆に、逆に、俺の顔写真でも上げてみるか、俺すぎて逆に何も言えなくなるんじゃないか。

『久しぶりに悠くんの顔、正面から見た……』

 まあそうか。

『学校も別のクラスで、あの、正直私はわざと悠くんのこと避けていたから本当に久しぶりに見た……』

 なんだ、本物のストーカーのように隠れていて見ていたわけじゃないのか。

 いやまあ亜里沙はもう本物のストーカーだけども。

『ちゃんと眠れている? ちょっとクマがあるかも。消しゴムでその黒ずみを消したいよ』

 あんまり眠れていないかもな、亜里沙のせいで。

 亜里沙の変なコメントのせいで。

『私の絵描くの、そんな頑張らなくていいからね?』

 いや描いてないわ! 何で描いていると思ったんだよ! どこからその自信はきているんだよ!

『逆に、私が描く悠くんの絵が完成しそうです』

 何描いてんだよ! というか!

 絵って見ながら描くんだよ! この写真から描き始めろ! せめて!

『何か四つ足になったけどもいいよね』

 何で犬猫にするんだよ!

 あと初心者は顔だけにするんだよ! この写真を参考にしろ!

『肉球多くなったけどもいいよね』

 まず肉球は一個も無いんだよ!

『いつか見せますね、良いタイミングがあれば』

 良いタイミングなんて無いだろ、多分。


・【絵】


 俺はまた写真をアップした。

 亜里沙が「絵が絵が」とうるさいので、絵でも上げてやることにした。

 コメントはすぐに付いた。

『あっ、この絵……懐かしい……中2のヤツじゃん……』

 そっか。

『最初に私が褒めたヤツじゃん。あったんだ、この絵、まだ』

 あったよ。

『いやぁ、やっぱり……この時よりも巧くなったね! 悠くん! いやまあこの絵も巧いけどね!』

 そりゃ覚えてるか。

 亜里沙が褒めてくれた絵。

 最初に。

 誰よりも最初に。

『というか本当なんでこの絵がまだあるの! めちゃくちゃ懐かしい!』

 そりゃあるだろ。

『思い出と再会できた!』

 思い出。

『この時の悠くんはまだまだシャイで、誰かに見せるとかじゃなかったからねぇ! 私が見ちゃったのもたまたまで!』

 あぁ、そうか、やっぱりそうか。

『……って、さすがに思い出話はウザいよねっ! これは心の中に閉まっておく!』

 いやもう今さらウザいはいいだろ、ずっとウザいし、キモかったよ。

 キモイとは自分で一度も亜里沙は書かなかったけども、ずっとウザいし、キモかったよ。

『でも急に何でこの絵の写真を上げたの? どういうこと?』

 それは。

『始まりがあって、終わりがあって、そこから始まりの写真って何かもうマジの終わりって感じだねっ、映画ならエンドロールだね』

 かもな。

『何か、分かったよ、うん、ウザかったよね、私、もう大丈夫だから、SNSに写真を上げる関係、やめようか』

 そうだな。

『最後に始まりが見えて満足だよ、ありがとう、今まで付き合ってくれてありがとう、悠くん』

 まあな。

『じゃあね、学校で普通に出会う時もあるけども、その時はまた普通の同級生だね、さようなら』

 残念。

 俺はコメントを返した。

「また始めないか、一から」

 亜里沙との日々を少し思い返して、一つ思ったことがあるんだ。

 俺の始まりは亜里沙だと。

 亜里沙が俺の絵を見つけてくれたから、今の俺があるんだって。

『……どういうこと?』

「始まりの絵を覚えていてくれた。始まりの絵なんて俺にとってだけ大切な絵でさ。亜里沙からしたらただの数ある絵の一つなだけなのに」

『そんなことないよ、本当にあの絵に惚れたんだよ、私……いやモチロン! 悠くんにもちゃんと惚れたけどもね!』

 そうか。

『というかまあ、悠くん自体にはもっと前から惚れていたけどね……』

「えっ?」

 すぐさま簡潔な返信をした。

 少しの間。

 そして亜里沙からの返信がきた。

『ずっと見ていたんだ、何か授業中も描いているなって、その真剣な横顔に惚れていたの、だからあれは、たまたまじゃなくて、その、ずっと狙っていたみたいな……ゴメン、ストーカーだよね、ずっとストーカーなんだ、私……』

 たまたまじゃなかった……そうか、そうか……俺なんて誰からも見られていないと思ったら……もう既に……。

『だから悠くんと接点を持てた時、すごく嬉しかったんだ。しかも付き合うこともできて! 幸せだった!』

「”だった”じゃない、また一から作っていってくれないか、その幸せを」

『意味分かんないよ、悠くん。まるでまた私と付き合ってくれるみたいじゃんか、やめてよ。そんな変な文章書かないでよ』

 そう書いているんだ。

「そう書いているんだ」

『……私、ストーカーだよ? この気質、治らないよ……?』

「いいよ、そんなことより亜里沙を失うほうがダメだと気付けたから。ありがとう、ずっと俺のことを見ていてくれて。俺も亜里沙のこと、ずっと見ているからさ」

 そして俺と亜里沙はまた付き合うことになった。

 やっぱり楽しかったんだと思う。

 あのSNSのやり取りも。

 こんなに笑えるようになったのも亜里沙のおかげだから。

 これからも亜里沙と笑って生きていきたいと思ったから。



『ところで私の絵は?』

「見ながら描くんだよ、絵は」

『じゃあ今度部屋に行くね!』

「当たり前だろ」


(了)

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