整形外科 腰痛 腰痛予防に有用な方法はあるか

 「腰痛診療ガイドライン2019」に基づいた腰痛についての概論、今回で一般的な話は最後になります。なお、繰り返しでの確認になりますが、ここまで述べてきた腰痛とは「見逃すと重篤な経過となりうる腰痛」、すなわち椎間板ヘルニア・脊柱管せきちゅうかん狭窄症・腰椎椎体骨折(圧迫骨折)・化膿かのう性脊椎炎(細菌感染)・がんの脊椎転移・大動脈りゅうや尿路結石などの内臓疾患などを除いた、いわゆる「非特異的腰痛」についての話となります。上記を除外するための危険信号(レッドフラッグ)はとても大切ですので、腰痛を自覚された時は以前の項目をご参照いただき、上記の重篤な腰痛を除外することが極めて大切です。


 さて最後のお題は「腰痛予防に有用な方法はあるか」についてです。腰痛が出てから診断と治療を行えばそれでいい、それも考え方の一つですが、もしも腰痛をあらかじめ予防できるとすれば、やはりそれに越したことはないでしょう。しかし実際に、そのような方法が果たしてあるのでしょうか? それではガイドラインをさっそく見ていきましょう。


 なお、、評価法については今まで通り、以下の「エビデンスの強さ」と「推奨度」をご参照ください。

 「エビデンスの強さ」とは、ある治療が腰痛に実際に効果があるのかどうかを、各種論文を用いて総合的に判断したものです。これが強ければ、その治療は実際に腰痛を和らげる効果が確認されている、という事です。エビデンスの強さには4段階あり、

  A(強):効果の推定値に強く確信がある

  B(中):効果に推定値に中程度の核心がある

  C(弱):効果の推定値に対する確信は限定的である

  D(とても弱い):効果の推定値がほとんど確信できない

 「推奨度」とは、その治療が実際に腰痛に対して行われることが勧められるか、という事です。これにも4段階あり、

  1:行うことを強く推奨する

  2:行うことを弱く推奨する(提案する)

  3:行わないことを弱く推奨する(提案する)

  4:行わないことを強く推奨する

 となります。



 腰痛予防に運動療法は有用である:推奨度「1」エビデンス「B」


 解説:ガイドラインでは本当に珍しいことに、運動療法は推奨度「1」の評価を得ています。強く推奨する、という事です。エビデンスも「B」であり、これは複数の論文により十分な検証が行われていると言ってよいでしょう。

 推奨度「1」であるのはコストの割に効果が高いこと、メリットがデメリットを大きく上回っていることなどが評価されているものと思われます。ただし注意が必要なのは、ガイドラインにおける運動の種類は明らかに定義されておらず、「すべての運動が腰痛に効果的なのではなく、専門医が適切に処方したものを推奨する」とだけ述べられています。恐らくはハードなコンタクトスポーツや過度な長時間の運動などではなく、ウォーキングや水中歩行・軽いジョギングなどの比較的負荷の軽い有酸素運動、あるいは短時間での筋力増強訓練などを指しているのではないかと思います。予防効果については、一度急性腰痛を発症した患者群において1~2年後での腰痛再発を有意に防止するという報告、また腰痛による病気休暇期間を有意に減少させるという報告が挙げられています。

 また興味深いことに、妊娠中期での適度な運動が妊娠中の腰痛を減少させるという報告があります。またマタニティ・ブルーといわれるうつ症状についても予防・改善の報告があります。妊娠中では内服禁忌となっている鎮痛薬(特にNSAIDs)も多く、薬に頼らない腰痛防止の方法として、運動療法は価値が高いものと考えられます。



 腰痛予防に認知行動療法は有用である:推奨度「2」エビデンス「B」


 解説:「認知行動療法」については以前「運動療法・患者教育」の項で紹介しましたが、「腰痛に対する知識を深めてもらい、具体的な日常生活上の注意点について指導する」というものです。ある程度の腰痛は持続していくものとして受け入れ、その中で日常生活の改善を目指していく(腰痛に対する知識の教育、リラクゼーションや腰痛に対する注意・関心からの分散、筋力・持久力訓練、非競争的な軽スポーツの実践などといった方法を組み合わせて用います)というアプローチでしたね。

 推奨度「2」と運動療法よりやや落ちているのは、多職種の連携・マンパワーが必要となることにより、運動療法よりコストがかかると評価されているのかもしれません。それでも実践できれば副作用もなく、やはり予防には十分な効果が期待できる方法であると言えます。



 職業性腰痛の予防には,運動と職場環境の改善(持ち上げ器具の使用や作業場の高さ調整など)が有用である:推奨度「2」エビデンス「B」


 解説:仕事の時に慢性的に重量物を持つことが腰痛の原因だと考えておられる方も多いかもしれません。では具体的に、どのくらいの重量物がリスクとして捉えられているのでしょうか。オランダのガイドライン ではリスク評価として 、25kg 以上の負荷は常に腰痛のリスクであり、3kg 以下の荷重はリスクの対象外としている、とあります。25㎏とはかなりの重量ですが、このガイドラインだと3~25㎏の間にある重量物は大なり小なり腰痛と関与している、と考えることもできそうです。

 いくつかの議論はあるものの腰痛予防に効果があったのは、「強い推奨:患者の持ち上げ器具、作業場の高さ」「弱い推奨:物の持ち上げ器具、重さを減らす」であり、「効果がなかった:持ち上げ動作のトレーニング、腰痛ベルト、雇用前メディカルチェック」であったとの記載があります。仕事中にベルトやコルセットを使用されている方もいると思いますが、それらが腰痛予防に効果がなかったというのは興味深いところです。また、やはり運動は職業性腰痛の予防においても効果があると考えられています。



 コルセットには,腰痛に対する直接的な予防効果はない:推奨度・エビデンス無し


 解説:上記にも関連していますが、腰痛の予防についてコルセットは効果がないと明言されています。以前記載したとおり、腰痛のについてもコルセットの効果は推奨度「2」エビデンス「C」であり、コルセットについては予防・治療共にあまり過度に期待を抱かない方がいいようです。少なくとも予防のために高価なコルセットを購入するのはプラセボ以上の意義は乏しいと考えます。



 以上、約3ヶ月にわたって紹介してきた「腰痛ガイドライン」いかがだったでしょうか。初版が2012年・第二版が2019年ですので、それから現在まで5年が経過しているのですが、この間に大きなブレークスルーというものはなかったように思います。ただし薬物については日進月歩ですので、今後新たな知見がどんどん出てくるかもしれません。腰痛について皆様のお役に立てそうな新しい知識が得られましたら、適宜ご報告させて頂こうと思います。

 腰痛でお困りになったときに、この項が何らかの一助となることが出来ましたら幸いです。

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医療で間違わないために 諏訪野 滋 @suwano_s

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