整形外科 腰痛 手術と代替療法(マッサージ・はり・ヨガなど)

「腰痛診療ガイドライン2019」に基づいた腰痛の治療。今回は「腰痛に対する手術治療・代替療法(マッサージ・はり・ヨガなど)について」です。


 まずは腰痛に対する手術。これについて考えるためには、「今の腰痛の原因が何か」という事をきちんと分析できていなければなりません。原因が不明であるのに手術法を選択することはできませんので、これは大前提ではあります。

 骨折であれば腰椎の中に骨セメントを注入する椎体形成術という手術が適応となることがありますし、がんの転移であれば根治的治療が可能である場合には広範切除術が、あるいは麻痺を防ぐために椎弓形成・除圧術が適応となることがありますが、これらは非特異的腰痛の中には含まれていませんので、今回のお話からは外れたものになります。


 さて、ガイドラインに掲載されている腰痛に対する手術はただ一つで、「脊椎固定術」と呼ばれるものがそこには挙げられています。「脊椎固定術」は、隣り合った腰椎同士を金属スクリューとロッド(橋渡しをする金属の棒)で固定することにより椎間板と関節が動かなくなるようにするという手術です。すなわち、この手術は腰痛の原因が「椎間板」あるいは「椎間関節」であると断言できる時のみに行われる手術で、それ以外の筋性腰痛などには効果はありません。

 以前診断の項でお話ししましたが、腰痛の25%以上は画像でも原因不明の「非特異的腰痛」であり、少し前までは80%以上が原因不明ともされた時代があって、腰痛の原因を完全に特定することは現在でもなかなかに困難です。よってこの手術は「腰痛の診断に特に優れた整形外科医」が、「特に手術を熱望する患者(例えばトップアスリートなど)」に対して行う類の治療法であると言えます。


 さて、評価法については今まで通り、以下の「エビデンスの強さ」と「推奨度」をご参照ください。


 「エビデンスの強さ」とは、ある治療が腰痛に実際に効果があるのかどうかを、各種論文を用いて総合的に判断したものです。これが強ければ、その治療は実際に腰痛を和らげる効果が確認されている、という事です。エビデンスの強さには4段階あり、

  A(強):効果の推定値に強く確信がある

  B(中):効果に推定値に中程度の核心がある

  C(弱):効果の推定値に対する確信は限定的である

  D(とても弱い):効果の推定値がほとんど確信できない


 「推奨度」とは、その治療が実際に腰痛に対して行われることが勧められるか、という事です。これにも4段階あり、

  1:行うことを強く推奨する

  2:行うことを弱く推奨する(提案する)

  3:行わないことを弱く推奨する(提案する)

  4:行わないことを強く推奨する


 腰痛に対する手術治療の効果:推奨度「2」エビデンス「B」


 解説:「推奨度2」および「エビデンス2」は、有効であると比較的好意的に評価している一方で、手術の合併症(出血や術後感染など)を考えると必ずしも手放しで推奨はできない、という評価だと考えます。腰椎手術は世間で流布されている噂(手術が原因で両足が麻痺して一生車いすになった…など。まったくゼロとは言いませんが、確率は非常に低い)程に危険な手技では必ずしもありませんが、やはり合併症が発生すると社会的・経済的にかなり大きな損失となりますし、程度によっては患者さんの一生を左右するほどの後遺症を残してしまうこともあります。以前お話しした「認知行動療法」や「運動療法」と手術を比較した場合、その腰痛軽減効果は同等であるという報告もあるため、その適応は慎重に考えたいところです。「手術と運動、どちらでも同じくらい効果があるよ」と言われたら、手術を先に選ぶ方はほとんどいないのではないかと思います。運動の方が手術よりも安上がりで合併症の可能性も少なく、さらに高血圧症や糖尿病に代表される生活習慣病の改善といった副次的効果も期待できます。

 結論としては、腰痛を軽減する手術というものはその適応がかなり限られており、またその効果も他の治療法と大きく異ならないことから、極力保存的治療をまずは試みるべきであると考えます。



 次に、「代替療法」とはなにか。日本代替医療学会では、代替医学・医療を「現代西洋医学領域において、科学的未検証および臨床未応用の医学・医療体系の総称」と定義しています。すなわち、西洋医学的にその効果が説明されていない・証明されていない治療法という事です。一般的には「民間療法」という言葉の方がなじみが深いかもしれません。日本ではこれらの治療には保険は適用されていませんが、アメリカでは一部保険適用となっているものもあります。

 特に皆さんになじみが深い腰痛に対する民間療法と言えば、やはり「整体・整骨」と呼ばれるものではないでしょうか。


 なお、日本では保険診療上は「柔道整復師・あんまマッサージ師・指圧師・鍼灸師が医師の同意を得た場合以外では、非外傷性の腰痛や慢性腰痛に対する診療行為は行えない」ことになっています。だから整体に行って慢性腰痛に対する施術を受けた場合、保険を使うことは本来ならできないのです。一部の整体では「腰椎捻挫」と称して腰痛を怪我のように見せかけてマッサージなどを行っているところもあるようですが、本来は自費診療になりますので注意してください。

 私も患者さんに「整体に通いたいので医師の同意書を書いてください」と依頼されることが多々ありますが、原則としてすべて断っています。上記のように慢性疾患に対して整体で施術を行うことが保険適応外であるのはもちろんなのですが、仮に許可したとして、整体で行われる「施術」なるものの手技が個々の場所によって大変に異なっており、それらに対して責任を取ることが出来ないからでもあります。実際に、医師が同意して整体に通った患者さんが整体師の「徒手矯正」で骨折を生じ、許可を与えた医師に対して損害賠償を請求したという事例があります。安易に許可を与えた医師の落ち度も多分にあるとは思いますが、「骨折に対する徒手整復以外の整体はエビデンスのある医療行為ではない」という事は理解しておいていただきたいと思います。


 さて、ガイドラインに挙げられている代替療法には次の4つがあります。

 ①徒手療法

  急性腰痛に対し、徒手的な操作を加えることで腰痛を緩和しようという方法があります。

 ②はり治療

 ③マッサージ

 ④ヨガ


 これらに対しガイドラインでの評価はどうかといえば、これらはすべて「なし」となっています。


 解説:徒手療法については熱心な研究者がいるものの、大規模研究では自然経過と変わりないという報告がされています。鍼やマッサージについてはその効果は不明、有害事象は少ないとされており受けること自体のリスクは大きくはないですが、これもプラセボ効果以上の意義はあまりないのかもしれません。ヨガについては他の3つと比較するとやや好意的な論文が散見されるようですが、やはりエビデンスが不足しており、更なる研究が待たれるところです。


 日本には接骨院・整骨院・鍼灸院などといった極めて特殊な民間療法がかなり普及していますが、専門外の私がその良し悪しについて多くを語ることは出来ません。しかし「整形外科」と「整体あるいは整骨(この言葉自体が私には理解困難ですが)」はまったく別物であり、整形外科で治らないから整体に行く、というのは全くナンセンスな話であるという事がお分かりいただけるのではないでしょうか。信じる者は救われる、とは言いますが、あなたが信じるのは世間や他人の評判でしょうか、それとも大規模研究をもとにしたエビデンスでしょうか?



 以上、今回は手術と代替療法について紹介してみましたが、いかがだったでしょうか。時間とお金は有限、せめて有効に活用したいものですね。


 次回で腰痛についての記事は恐らく最後になると思います、「腰痛予防に有用な方法はあるか」。治療もいいけれど、予防できるならそれに越したことはない。腰痛にならないためにはどうしたらいいのでしょうか?

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