整形外科 腰痛 インターベンション(低侵襲)治療

「腰痛診療ガイドライン2019」に基づいた腰痛の治療。今回は「腰痛に対するインターベンション(低侵襲)治療について」です。


 インターベンション(低侵襲)治療。これ、ほとんどの方は聞きなれない言葉なのではないでしょうか。「低侵襲」なので「侵襲(身体を傷つけること)はあるが高侵襲ではない」、すなわち高侵襲(≒手術)以外の侵襲的治療(≒注射)のことを指します。

ガイドラインに挙げられている「腰痛に対する注射治療」は以下の2つ(+1)です。

 ① 神経ブロック

 ②(狭義の)注射療法

(③ トリガーポイント注射)


 それではさっそくこれらについての詳細と評価を見てみましょう。

 評価法については今まで通り、以下の「エビデンスの強さ」と「推奨度」をご参照ください。


 「エビデンスの強さ」とは、ある治療が腰痛に実際に効果があるのかどうかを、各種論文を用いて総合的に判断したものです。これが強ければ、その治療は実際に腰痛を和らげる効果が確認されている、という事です。エビデンスの強さには4段階あり、

  A(強):効果の推定値に強く確信がある

  B(中):効果に推定値に中程度の核心がある

  C(弱):効果の推定値に対する確信は限定的である

  D(とても弱い):効果の推定値がほとんど確信できない


 「推奨度」とは、その治療が実際に腰痛に対して行われることが勧められるか、という事です。これにも4段階あり、

  1:行うことを強く推奨する

  2:行うことを弱く推奨する(提案する)

  3:行わないことを弱く推奨する(提案する)

  4:行わないことを強く推奨する



①神経ブロック

 「神経ブロック」には2種類あります。

 一つ目は「硬膜外ブロック」というもので、腰椎(腰の骨)の中心にある神経が通るトンネル(脊柱管)の中に麻酔薬(キシロカインなどの局所麻酔薬、歯科治療に使うものと大きな違いはありません)を注入して腰痛や神経痛の軽減を期待します。

 二つ目は「神経根ブロック」というもので、これは先ほどの脊柱管から出てくる「神経根」という下肢へと通じている神経の周囲に局所麻酔薬を注入するものです。よってこの二つは、腰痛に対する治療というよりも下肢の神経痛に対して使用されることが多い治療法です。

 双方ともに、手技としては横向き・あるいはうつ伏せの姿勢で背部から注射を行い(この際にX線装置を併用して注射の狙いを定めることがあります)、30分ほど安静を保って副作用(血圧低下や下肢の脱力、局所麻酔薬中毒やアレルギーなど)が発生しないかどうか観察し、その後歩いてみて痛みの程度を確認します。


 腰痛に対する神経ブロックの効果:推奨度「2」エビデンス「C」


 解説:いわゆる坐骨神経痛に対して比較的よく行われる注射です。特に神経根ブロックについては、原因となる神経根が正確に特定できていればほぼ100%の下肢の除痛が得られます。素晴らしい治療のように思われますが、その持続時間は通常は限定的で、早い方では2~3時間で効果がなくなることもあります。一度注射したらずっと効果が持続している方もいますが、かなりまれです。基本的に麻酔薬で神経の物理的な圧迫が解除されるわけではないので、麻酔薬の効果が切れれば痛みが戻ってきます(これも歯科治療と一緒ですね)。

 推奨度が「2」であるのは、短期間においては腰痛及び神経痛に有効であるとの報告が多くなされており、副作用もそれほど大きくなく手術よりはコストがかからないという点から、ある程度評価されていると考えられます。ただし多くの手技か混在しており、エビデンスとしては「C」にとどまっています。

 この注射は前述のように坐骨神経痛を伴う場合に使用されますが、自分の場合はほとんど行っていません。理由としてはやはり効果が一時的であること、また少ないとはいえ注射した部位に感染を生じる(ばい菌が入るという事ですね)可能性があること、また注射自体が痛みを伴うこと(特に神経根ブロックは結構な激痛)などが挙げられます。麻酔薬で神経の圧迫は取れませんので一時しのぎでしかない場合が多く、それならば注射でなく内服でもいいだろうという考え方です。

 実際の治療として、例えば椎間板ヘルニアに伴う下肢の坐骨神経痛の場合、自分であれば4~6週間程度はひたすら内服薬治療(NSAIDs+ Ca チャンネルα2 δ リガンドでしたね)を行い、改善がなければ手術を検討、という感じです。もちろん途中で麻痺や膀胱直腸障害が出てしまえば、緊急で手術を検討することになります。逆に内服で我慢できる程度の痛みであれば、6ヶ月~1年以上粘られる方もいます。仕事復帰の必要性など社会的な状況が個人によって違いますので、患者さんが早く除痛を得たいかどうか、手術適応については要相談という事になります。



②(狭義の)注射療法

 ここで挙げられている注射療法には、「関節注射」「椎間板ブロック注射」が挙げられています。(もう一つ脊髄電気刺激という体内に電極を埋め込んで行う治療がありますが、一般的とは言い難いため、ここでは省きます。)

 「関節注射」とは、腰の骨と骨の間にある関節に局所麻酔薬を注射する方法です。腰は竹のように一本になっているのではなく、お辞儀をしたり身体を反らしたりするときに膝などと同じように関節で曲がる物であり、腰痛を関節痛と考えてそこに注射を行うことで腰痛の軽減を期待するものです。

 「椎間板ブロック注射」とはそのものずばり椎間板に注射をする方法で、こちらは先ほどの椎間関節と違い腰痛の原因を椎間板に求めるものです。

 この二つの注射も、前述の神経ブロック注射と同様に背部から行います。この2種類の注射についてはX線透視装置で画像をみながら行うことが必須ですので、装置がある比較的大きな病院で行われることが多いです。


 腰痛に対する注射療法の効果:推奨度「2」エビデンス「C」


 解説:この2つの注射についてはあまり目にすることがないと思います。というのは、この注射を行うためには「腰痛の原因が関節か椎間板か」を明らかにする必要があるからです。非特異性腰痛の項でふれたとおり、腰痛の原因を特定することはMRIをもってしてもかなり困難です。しかし本当に腰痛の診断に熟練した医師は、MRIのわずかな変化・あるいは患者の特性(特定のスポーツや労働など)を頼りに腰痛の原因を特定することができます。その場合、これらの関節あるいは椎間板に対する注射は非常に有効なものになります。実際に、プロの野球選手やハンマー投げの選手などが原因不明の腰痛に数年間苦しんだ挙句、一本の注射で劇的に復帰できた例もあります。ただ、そのような高レベルの医師は大学病院の専門医か全国区のスポーツドクターに限られることが多いので、もし興味のある方は「椎間関節ブロック」か「椎間板ブロック」で検索してみるといいと思います。特に様々な治療でも改善しない慢性の腰痛に悩まされている若いスポーツ選手には、一考の価値があると思います(若年腰痛の項で述べた「腰椎分離症」の可能性も大いにありますが)。



(③ トリガーポイント注射)

 さて、ここまでいろいろな種類の注射についてみてきましたが、実は多くの医療機関でブロック注射とうたわれているものの多くは「トリガーポイント注射」と呼ばれる注射なのです。いわゆる局所注射であって、腰なら腰の表層(皮下、脂肪、あるいは筋層)、坐骨神経痛であれば痛みを感じている臀部や下肢のその部分に1か所~数か所の局所注射を行うというものです。この注射は神経や関節・椎間板をターゲットにしているものではなく、適当なところに適当に打つ、というものでしかありません。特に部位を特定しなくてもよいので検査機器なども不要で手軽であるのが診療所で多く行われている理由です。やはり局所麻酔であるためその効果は一時的なことが多く、しばらくすると効果がなくなるので患者さんは再び注射に通うことになり、医療機関にとっては再来してもらう理由になる美味しい手技と言えます。

 私はトリガー注射はプラセボと同等だと思っていて、よほど希望された時以外は行っていません。定期的に通院してもらうことが必要な医療機関にとってはうまみのある治療なのかもしれませんが…

 エビデンスはほとんどなく、評価は特になされていません。しかしガイドラインには「エビデンスが弱く、積極的な推奨はできないものと判断した」と書かれており、推奨度「3」エビデンス「D」レベルのものだと思います。治療した気分になりたい時にはいいかもしれませんが、やはり基本的にはおまじないかな、と。



以上、これまで腰痛に対して注射を勧められなかった方には少し縁遠い話だったかもしれません。しかし身内の高齢の方で、何か月も何年も腰の注射を打ちに医療機関に通っている、という方がいれば、今回の話を参考にその必要性について一度再検討して見るのも良いかと思います。


ポイントは、

 ⅰ)神経ブロック注射は坐骨神経痛に対して有効な治療であるが、その効果の持続時間は不確定である。一時的な激痛に対しては考慮されてよい治療ではある。

 ⅱ)高レベルの専門医が勧める関節注射ないし椎間板注射は、それまで原因不明であった腰痛を劇的に治すことが出来るかもしれない。

 ⅲ)トリガーポイント注射、いわゆる局所注射については、腰痛軽減効果の根拠に乏しく、そのコストパフォーマンスは低いと考えられる。



 次回は「腰痛に対する手術治療について」を予定しています。手術をしてでも腰痛を治したい!という方がおられるのも事実です。果たしてどのような手術になるのでしょうか? また、その効果は果たして本当にあるのでしょうか?

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