整形外科 腰痛 運動療法・患者教育

「腰痛診療ガイドライン2019」に基づいた腰痛の治療。今回は「腰痛に対する運動療法と患者教育」についてご紹介したいと思います。


 例によって、評価法については今まで通り、以下の「エビデンスの強さ」と「推奨度」をご参照ください。


 「エビデンスの強さ」とは、ある治療が腰痛に実際に効果があるのかどうかを、各種論文を用いて総合的に判断したものです。これが強ければ、その治療は実際に腰痛を和らげる効果が確認されている、という事です。エビデンスの強さには4段階あり、

  A(強):効果の推定値に強く確信がある

  B(中):効果に推定値に中程度の核心がある

  C(弱):効果の推定値に対する確信は限定的である

  D(とても弱い):効果の推定値がほとんど確信できない


 「推奨度」とは、その治療が実際に腰痛に対して行われることが勧められるか、という事です。これにも4段階あり、

  1:行うことを強く推奨する

  2:行うことを弱く推奨する(提案する)

  3:行わないことを弱く推奨する(提案する)

  4:行わないことを強く推奨する


 それでは運動療法と患者教育、それぞれについてみていきましょう。


①運動療法


 急性腰痛に対する効果:「不明」

 亜急性腰痛に対する効果:「不明」

 慢性腰痛に対する効果:推奨度「1」エビデンス「B」


 解説:まずは運動療法についての評価は基本的に「」に対する治療評価であることに注意してください。

 実は「急性腰痛(発症から4週間未満)」では、運動療法を行った群は無治療群や他の保存的治療を行った群と比較して、疼痛軽減の度合いは同程度との結果が出ています。つまり急性腰痛については、発症後4週間以内に運動を頑張っても腰痛を軽減させる効果はないという事ですね。よってこの期間では、「安静」の項で述べたように、安静や過度の運動は避けて通常の生活を続けることが一番よさそうです。

 また「亜急性期(発症後4週間以上3か月未満)」については研究の質・エビデンスともに低く、その効果は不明と判断されています。

 一方「慢性期(発症から3ヶ月以上経過したもの)」については、運動は腰痛の軽減と日常生活動作の改善に明らかな効果があるという報告が多く集まっています。推奨度「1」は、運動の実践には大きなリスクがないこと、またエビデンス「B」は、慢性腰痛に対してはその効果がおおむね認められていることを示しています。

 運動内容については、日本での研究では「体幹筋力強化+ストレッチを10回、一日最低2セット」行ったものが例示されています。しかし、実際に運動の種類について明確に示したものはありません。逆に言えば、ある程度の運動であれば何でもよい、という事になります。

 このように少しあいまいな部分があるのも事実ですが、3ヶ月以上続く腰痛に対してはある程度の運動を行うべきだといえます。腹筋、背筋、ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動、スイミング、自転車……何らかの形で日常に組み込んでみるのがよさそうです。また、運動は腰痛軽減のみならず、高血圧症や糖尿病・高コレステロール血症などに伴う動脈硬化を予防するために大変大きな意味があります。動脈硬化は脳梗塞や心筋梗塞の直接の原因になりますので、怪我などに気を付ければ、大きな副作用のない運動はまさに万病の薬と言えます。



②患者教育


 腰痛に対する効果:推奨度「2」エビデンス「C」


 解説:「患者教育」及び「認知行動療法」、なかなかイメージしにくい言葉だと思います。分かりやすく言うと、腰痛に対する知識を深めてもらい、具体的な日常生活上の注意点について指導するということになります。まさにこのエッセイそのままですね。


 患者教育の方法について、ガイドラインには具体的にいくつか記述があります。

ⅰ)腰痛学級

ⅱ)小冊子やビデオプログラム

ⅲ)認知行動療法


このうち特に「認知行動療法」についてはなじみがないと思いますので、少し詳しくお話ししたいと思います。これまで述べてきたように腰痛には社会的要因、すなわちストレスや精神的な関与が大きいと指摘されています。「認知行動療法」は精神神経科領域で発展してきた治療法で、腰痛に対する応用としては、以下のようなプロセスが例示されることがあります。


①腰痛患者の初期評価評価

 筋力、日常生活能力、腰痛を増幅させる患者特有の因子の評価、重篤な精神疾患の除外

②訓練

 腰痛に対する知識の教育、リラクゼーションや腰痛に対する注意・関心からの分散、筋力・持久力訓練、非競争的な軽スポーツの実践


ここで治療上の注意点として、ある論文では以下を挙げています。

・安易に「心因性腰痛」と決めつけない

・腰痛の除去を目指すのではなく、患者とともに日常生活の改善と痛みの管理法を探り医療機関からの可及的な自立をめざす。具体的には①医療従事者がすべての痛みを取り除けるわけではない②痛みが必ずしも身体の重篤な傷害を意味しない③適切な身体活動はかえって痛みを減少させる④痛みがあってもそれなりに生活を充実させていくことが長期的には痛みの軽減につながる、ということを繰り返して教育していく。

 つまり、ある程度の腰痛は持続していくものとして受け入れ、その中で日常生活の改善を目指していく、というアプローチです。完璧を望まない、これは腰痛のみならず何事にも応用できる態度ではないでしょうか。


 ここまでいろいろないろいろな種類の患者教育による治療効果を見てきましたが、日本ではあまり広まっていないのが現状です。副作用もなさそうだしなかなかに興味深いと個人的には思うのですが、じつはこの治療はなかなかにコストがかかる方法なのです。医師だけではなく理学療法士・作業療法士・カウンセラーなど多くの職種の介入が必要であり、さらに期間も数週~数か月と長期に及ぶため、コストパフォーマンスはよくありません。さらに日本では、このような患者教育が保険診療として認められていないため、医療機関にとっては収入源ともなりにくく、実際の現場ではほどんど行われていないのが実情ではないでしょうか。こうした問題を解決するために集団での治療やインターネットでの治療も試みられていますが、それらの治療効果については一対一の対面での治療ほどには一定した見解は得られていません。このような事情から、推奨度「2」に示されているように、大きなデメリットもなく試みられてもいい治療であると評価されている一方、エビデンス「C」というのは、やはりコストの面から十分な研究がおこなわれていないという事を示しています。

 それでも、患者教育などというのはおこがましいのですが、このエッセイのような記事を読んでいただいて腰痛について知識を深めるだけでも、腰痛と楽に付き合うことが出来る一助になる可能性はあると思っています。そしてそのような効果こそが、腰痛に限らず本エッセイを続けている理由の一つでもあります。


以上、今回は難しい点も多々あったと思います。


ポイントは、

 ⅰ)慢性腰痛に対しては運動療法は副作用も少なく効果的な治療法である。内科的疾患の予防や精神的な効果も望めるため、可能ならば積極的に取り入れるべき。

 ⅱ)上記運動療法については、特に運動の種類は指定されていない。筋トレでもウォーキングでも体操でも、自分に合ったものを。

 ⅲ)腰痛についての知識を得ることは、腰痛軽減効果についてはそれほど大きくなくても、日常生活を円滑にするうえでは効果がある。


 次回は「腰痛に対するインターベンション(低侵襲)治療について」を予定しています。腰痛に対する低侵襲治療とは、具体的には注射による薬物治療を指します。ブロック注射という言葉がありますが、あなたはいったい何をブロックされているのでしょうか?

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