整形外科 腰痛 物理・装具療法

 「腰痛診療ガイドライン2019」に基づいた「腰痛の治療」シリーズ。これまで安静治療・薬物治療について紹介してきましたが、今回は「腰痛に対する物理・装具療法」について。



 「物理療法」とは、電気や超音波・温熱などの物理的刺激を利用して、痛みの緩和や機能の回復を図る治療法のことを指します。

 しばしば「リハビリ(理学療法)」としてひとくくりにされることがありますが、リハビリはこの「物理療法」と、次回紹介予定の「運動療法」の二つを包括した概念です。

 リハビリテーション(rehabilitation)の語源はラテン語で「re=再び」「habilitation=能力を持つ」という意味で、身体機能が低下した患者に対して運動を行わせ、また温熱や水などの物理的な刺激を加えて、運動機能の回復を図る一連の治療行為のことを指します。痛みによって硬く緊張している筋肉に柔軟性を与え、血流を改善することによって、痛みを緩和することを目的としています。

 腰痛で整形外科を受診した際に、これらの治療のために定期的な(時には毎日)通院を勧められることもあるかと思います。さて、腰痛に対するこの「物理療法」はどのような評価になっているのでしょうか。


「物理療法」としてガイドラインにあげられているのは、以下の四つです。

牽引けんいん療法

②超音波療法

③経皮的電気神経刺激(TENS)

④温熱治療


さっそく、それぞれに対する評価を見ていくことにしましょう。

評価法については今まで通り、以下の「エビデンスの強さ」と「推奨度」をご参照ください。


 「エビデンスの強さ」とは、ある治療が腰痛に実際に効果があるのかどうかを、各種論文を用いて総合的に判断したものです。これが強ければ、その治療は実際に腰痛を和らげる効果が確認されている、という事です。エビデンスの強さには4段階あり、

  A(強):効果の推定値に強く確信がある

  B(中):効果に推定値に中程度の核心がある

  C(弱):効果の推定値に対する確信は限定的である

  D(とても弱い):効果の推定値がほとんど確信できない


 「推奨度」とは、その治療が実際に腰痛に対して行われることが勧められるか、という事です。これにも4段階あり、

  1:行うことを強く推奨する

  2:行うことを弱く推奨する(提案する)

  3:行わないことを弱く推奨する(提案する)

  4:行わないことを強く推奨する


①牽引療法

 牽引療法は患者(多くは坐骨神経痛を伴う腰痛患者)の上半身をベッドに固定して、骨盤に巻いたハーネスとベルトをつなげて牽引し、腰を伸ばすという治療法です。腰椎の間にある椎間板にかかる圧を減らすことによって、神経にかかる負担を減少させることを目的としています。椎間板ヘルニアに伴う座骨神経痛に対して用いられることが多いのですが、腰痛単独に対して用いられることもしばしばあります。


 坐骨神経痛(を伴う腰痛)に対する効果:推奨度「2」エビデンス「C」


 解説:物理療法ではかなりメジャーな印象のある「牽引」。この評価は私の中では「やってもあまり害はないけれど、気休めですよ」と受け取らせて頂きます。「早く治そうと思ったら毎日通院した方がいいですよ」と医療機関に言われたとしても、私なら急性腰痛であればそのまま家で動ける範囲で普通の生活をする・慢性腰痛であれば腹筋背筋の筋トレとウォーキングか軽いジョギングをします。無料で送迎付きなら気分転換にどうかなと思わないでもないですが、治療費と交通費・通院時間を考えると割に合わないと思います。


②超音波療法

 超音波療法は、高周音波により皮下組織を物理的に刺激して熱または他の生理学的変化の増加を促進することにより、有益な効果を期待する治療法です。プローブという照射部を皮膚の上から当てて治療を行います。


 腰痛に対する効果:推奨度「2」エビデンス「C」


 解説:機械が比較的コンパクトであることから、こちらも診療所で行われる物理療法としてはかなりメジャーです。そしてその効果に対する評価は牽引と同じく「2」「C」。よって私の評価も牽引と同じで、わざわざ通院してまでやる治療ではないかな、と。また、手軽で操作も簡単・危険性も少ないことから自宅用に販売されている機械もありますが、これも効果のほどには疑問符が付きます。特に高価な機械を押し売りされないように注意してください、そこまでの価値は恐らくないはずです。

 ただしこの超音波治療、実は「骨折治療を促進させる」という確かなエビデンスがあります。なかなか治りにくい部位の骨折の場所に皮膚の上から超音波を当てることにより、骨折部が癒合する期間がかなり短縮されます。腰痛には大した効果は期待できませんが、骨折に対してこの治療を勧められた場合には、試みる価値は大いにあるでしょう。


③経皮的電気神経刺激(TENS)

 経皮的電気神経刺激(TENS )とは、連続的な電気刺激により皮下の末梢神経を興奮させることを促して、痛みの感覚を変換することで鎮痛効果を期待する治療方法です。神経刺激装置は比較的安価で、電気刺激は皮膚に装着した電極から供給されます。パッチを数枚皮膚の上に貼り付けて治療を行うこの方法も、診療所などでは比較的多く採用されています。


 腰痛に対する効果:推奨度「2」エビデンス「C」


 解説:こちらも牽引・超音波療法と全く同じ「2」「C」。もうこの辺りの治療は五十歩百歩、信じるか信じないかというレベルですね……こちらも自宅用の高価な機械などが宣伝されていますが、自分だったらやはり買いません。その分美味しいものを食べた方が身体にいいのではないか、などといったら見もふたもないでしょうか。


④温熱治療

 温熱治療には、ホットパックという暖かいゲル状の枕(アイ〇ノンみたいなやつ)や、赤外線・マイクロ波といったもの(要はこたつに近い)があり、そのものずばり局所に熱を与えて筋の柔軟性を高めたり血流を改善したりする効果を狙ったものです。


 腰痛に対する効果:推奨度「2」エビデンス「C」


 解説:さあ、物理療法に対する効果が出そろいました。すべてが推奨度「2」エビデンス「C」です。ただ温熱療法は熱をじかに感じられるため、リラックス効果としては優れたものがあるように思います。ただ、それを期待するのであれば自宅で蒸しタオルを作って当てるとか、あるいは暖かいお風呂に入ればそれで同等の効果を得られると考えられるため、やはり通院してまで行うかどうかは疑問です。



さて、最後になりましたが「装具療法」について。ガイドラインでは装具として「コルセット・腰椎サポーター」が記載されています。

 コルセットと一口に言っても、布+補強バンドで出来たいわゆる軟性コルセットと呼ばれるものから、前後にわたって全面がプラスチックで出来たほとんどギプスのような硬性コルセットまで実に様々な種類があるのですが、ガイドラインではこれらに特に区別をつけることはなくひとまとめにして評価を行っています。コルセットは筋骨格変形の矯正、脊椎可動性の制限、脊椎の安定化、機械的負荷の軽減などにより腰痛を減少させる効果を狙っています。


 副作用:え、コルセットに副作用なんかあるの?と思われるかもしれませんが、いくつかの指摘があります。コルセットによる皮膚炎(かぶれ)、胃腸障害、高血圧、頻脈などの報告があります。また、長期の装着による腰背筋の萎縮(筋力低下)も危惧されるところです。


 腰痛に対する効果:推奨度「2」エビデンス「C」


 解説:意外に思われたかもしれませんが、コルセットの効果についてはあはり評価が高くありません。急性腰痛においてもそうですし、慢性腰痛に対しては前述のような副作用すら危惧されています。加えて夏場は暑いですし、腰が曲げにくくなり作業がしづらくなるといった欠点もあり、そこまで推奨されるものではありません。自分もこちらから進んで処方することはあまりなく、求めに応じて処方するといった感じです。余談ですが、医療機関でコルセットが処方される場合には保険がききます。その効果が限定的であることを考えると、スポーツショップなどで高価な物を買う必要はあまりないかと思います。



結論

・慢性腰痛に対する物理療法(牽引・超音波・経皮的電気神経刺激(TENS)・温熱治療)は、いずれも効果についての明確なエビデンスには乏しく、有害な副作用はほぼないものの、その費用対効果には大いに疑問がある。

・コルセットについても、急性・慢性共に腰痛を有意に改善するというエビデンスは乏しく、長期の装着は推奨されない。



 多くの医療機関で頻繁に通院を勧めているところの物理療法、いかがだったでしょうか。もし身内の方が通われているのであれば、一度上記ガイドラインの内容に沿って、その必要性について話し合ってみるのも良いかもしれません。裏話をすれば、整形外科診療所の収益の多くは「再診料」が担っており、何度も来てくれればそれだけ儲かる仕組みになっています。「薄利多売」の思惑にこちらから進んで付き合う義理はありません(こんなことを言うと怒られそうですが…)


 次回は「腰痛に対する運動療法と認知行動療法(患者教育と心理行動的アプローチ)について」を予定しています。運動と教育、腰痛には様々な治療アプローチが試みられています。逆に言えば、それだけ多くの方が腰痛に悩まれているという事ですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る