よもやま話 学校健診に対するクレームについて

 「某市議会の市議が、小学生の長女の学校健診結果を巡り、学校医を務める70代の男性医師に『医者なんか辞めてしまえ』などと電話でクレームを入れ、男性医師が学校医を辞任していたことが分かった。市議は同日、男性医師に直接謝罪したという」


 このようなニュースを見ました。もう少し情報を集めてみますと、市議の言いぶんは以下のようなものであったようです。

・自分の娘の健診結果で「肥満」という項目に丸がついていた

・うちの子供はそんなに太っているようには見えない

・健診結果にあった「肥満度」の数値は、一般に「正常範囲」とされるものだったにもかかわらず、診察を受けるように言われたことに疑問を感じた

 →学校に連絡を入れたが要領を得ないため、学校医に直接電話を掛けた

  (この時は市議会議員とは名乗っておらず、名前自体も言わなかった)

・肥満の通知を受け取ってから、市議の娘は朝食も食べず、学校の給食のおかわりもやめた。夜も全く食べなくなった

・「肥満外来」ではないが、自分のところのお客さんになるようにしているのかと思って、お金もうけだけ考えているような医者だったら、『医者なんかやめてしまえ』ということを言った

 と市議は述べています。


 一方、市の見解としては

・身長や体重、年齢から自動的に計算される「肥満度」以外にも、学校医の判断で個別に受診を促すことはある

 とありました。


 さて、みなさんはいかが思われますでしょうか?


 まず健康診断という状況はひとまず置いておくとして、このクレームの入れ方とその後の経緯には少し問題があると思います。


・「クレームを入れる際、自分の名前を名乗らない」

 クレームを入れられてもその事案についての特定が出来ず、何の解決にもならないと思われます。


・「クレームを入れられた側に対し、クレームを入れた側が直接謝罪に出向く」

 基本的に、クレームを入れられた側はクレーマーと対面することに非常な抵抗感と恐怖を伴い、多くの場合でクレームを入れた側の自己満足だけに終わると考えられます。


 次に、議員さんの疑問とするところについて少し考えてみましょう。


・「太っているようには見えない」

 →主観的で、ちょっと頼りない主張ですね。


・「肥満度」の数値が一般に正常範囲とされるものだったにもかかわらず、診察を受けるように言われた」

 →ここでは、日本小児内分泌学会のHPから引用してみましょう。


「子どもの肥満は主に肥満度というものを使って評価します。肥満度は標準体重に対して実測体重が何%上回っているかを示すもので下記の式で計算されます。

  肥満度=(実測体重-標準体重) / 標準体重×100 (%)

 幼児では肥満度15%以上は太りぎみ、20%以上はやや太りすぎ、30%以上は太りすぎとされ、学童では肥満度20%以上を軽度肥満、30%以上を中等度肥満、50%以上を高度肥満といいます」


「また肥満がいつから起こってきているのか、今も肥満傾向が続いているのかも問題になります。その際には成長曲線(身長・体重曲線)(X軸に年齢、Y軸に身長もしくは体重をとったグラフ)を作成してみることで情報を得ることができます」


 また学童期の体型を表す指標として、「ローレル指数」というものもあります。

 ローレル指数:体重(kg) ÷ 身長(cm)3 × 10⁷ (130が標準)

  評価基準: 痩せ過ぎ~100~痩せ気味~115~標準(130)~145~やや肥満~160~太り過ぎ


 一方、大人は「BMI」というもので評価します。

 BMI:体重(kg) ÷ 身長(m)² (22が標準)

 このBMIは、小児期に当てはめると年齢によって変動が非常に大きいため、小児の肥満の評価にはあまり適していません。


 少し細かくなりましたが、議員の言うように娘さんの数値が本当に正常範囲であったのか、上記のどの基準で判定したのか、公表された記事では情報不足ですのでその辺りは何とも言えません。ただし成長曲線にもあるように、前年からの体重の変化が急激に起きているとしたら(肥満であってもせであっても)、やはりそこには何らかの原因があると考え、介入の余地があると判断するべきではないでしょうか。正常と言ってもかなり幅があるわけで、正常上限だった子が1年で正常下限となったり、あるいはその逆であった場合、やはり普通ではないと考えるのが自然ではないでしょうか。

 いずれにしろ、医師の主観のみで「肥満」と判定することはなく、そこには明確な基準があります。性別・年齢・身長・体重などから判定しているだけで、そこには何の忖度そんたくもありません。というか、数十人数百人と診る必要があるのに、それらのステータス以外に個別の状況まで考えていたら、時間がいくらあっても足りません。

 健診とはあくまで「スクリーニング(ふるい分け)」であって、診断ではありません。もしそこに疑問点があったのであれば、二次健診として小児科を受診し説明を聞くべきだったのではないでしょうか。あるいはそこで健診結果自体に疑問があると医師が判定すれば、そこで初めて健診機関に問い合わせるのはありかもしれませんが。つまりは、診察を受けるように勧められた根拠は健診機関ではなく医療機関に求めるべきなのです。がん検診でがんの疑いという結果が出て医療機関の受診を勧められたときに、検診機関にクレームを入れる方は恐らくいないはずです(よね?)。


・「肥満の通知を受け取ってから、市議の娘は朝食も食べず、学校の給食のおかわりもやめた。夜も全く食べなくなった」

 ここはもう、両親と娘さんとのコミュニケーション不足としか言えません。やはりまずは「本当に肥満なのか」について医療機関で確認することが必要であったと考えます。肥満であれば適切な指導が受けられるはずですし、そうでなければ安心が買えます。

 小児肥満の原因には様々なものがあります。多くの肥満は成人と同じくいわゆる生活習慣に起因するものですが、中には内分泌疾患(ホルモン異常)が隠れている場合もあります。

 健診結果だけを鵜呑みにして食事制限を始めた娘さんに両親は何も思わなかったのでしょうか。健診結果に怒りをぶつけるだけで何かが改善すると考えたのでしょうか。仮に肥満だとしても、急激なダイエットが危険であることは言うまでもありません。出産や妊娠時に必要な身体機能に障害が生じたり、骨粗しょう症などの障害が早期に現れたりします。

 娘さんと不安定な食生活について話し合う、そのことだけでもかなりの部分がクリアになっていたように思うのですが、いかがでしょうか。

 ここでは、この議員さんの過保護ぶりと自身のプライドの高さが見え隠れしています。きっとこの議員は「子供が肥満と言われて、自分も子供も傷ついた」「娘の健康管理が出来ていないと言われたようで、侮辱されたように感じた」のではないでしょうか。現実に目を背けてみないふりをするこれらの感情は、娘さんの為には百害あって一利なしと言わざるを得ません。当たり前ですが、医師の「肥満」という指摘はもちろん差別を目的とするものではありませんし、健診で肥満を指摘することはもちろん「容姿」を批判しているわけではありません。娘さんのことを本当に考えるのであれば、現実的な対策を考えるべきであったと思います。


・『肥満外来』ではないが、自分のところのお客さんになるようにしているのかと思って、お金もうけだけ考えているような医者だったら、『医者なんかやめてしまえ』ということを言った」

 これは…(笑)

 医師という職業が必ずしも好印象ではないというのは理解していますが、健診で肥満を水増しして儲けようしているなどとは、ちょっと想像力が豊かすぎます…お金もうけだけを考えているような議員さんだったのでしょうね、だからこんなブーメランみたいな考え方になるのでしょう。まあ、この議員さんは今回糾弾された後も「任期の4年間はやめずにしっかりと務めを果たさせていただく」などとのたまっていますが…30年間務めた校医をやめさせておいて、4年間の任期にしがみつくとは一体…


 申し訳ありません、少し辛辣しんらつになってしまいました。いずれにしてもアンガーコントロール、怒りをいかに制御するか。父親の思慮のない行動で、この議員の娘さんは結果として特定されることになり、今後いわれのない中傷などを受ける可能性があります。そのことの方が医師に肥満を指摘されるよりもはるかに娘さんを傷つけるであろうことは、想像に難くありません。


 もし何か疑問があれば、感情に振り回される前に知識を持つ専門家に相談してください。それが自分の大切なものを守る最短の方法だと私は考えています。自分の専門についての真剣な相談には嬉々として応えてくれるはずです、専門家というのはそういう人種です(もちろん、有益な知識にはそれなりのコストがかかる可能性があるとうことはお分かりいただけると思います。プロとしての責任に対する代価です)。


 あと、小児であれば少しくらい肥満していても構わないのではないか、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、程度問題ですがそれはあまり良い考えとは言えません。もちろん将来的な成人病予備群という意味でもそうですが、思春期に「太っている」というボディイメージを持つことは、子供にとっては非常につらいものです。からかいの対象になったりした場合、その反動から拒食症や過食症などの摂食障害(これは立派な精神神経疾患です)につながる可能性があります。健診で肥満をスクリーニングすることは、決して意味がないことではないのです。


 以上、思いつくまま感想を書かせて頂きました、限られた情報の中で出来るだけ客観的に書いてみたつもりですが、情報不足やソースの誤りなどで的外れなことを書いているかもしれません。その際は、ご容赦のほどお願い申し上げます。






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