整形外科 腰痛 慢性腰痛に対する薬物治療

 前回は「腰痛診療ガイドライン2019」に基づいた「急性腰痛(発症から4週間未満)に対する薬物治療」について紹介しました。今回はその続き「慢性腰痛(発症からの期間が3か月以上)に対する薬物治療」の治療効果について。


 評価法については覚えていらっしゃいますでしょうか、「エビデンスの強さ」と「推奨度」の2つを再度載せておきます。


 「エビデンスの強さ」とは、ある治療が腰痛に実際に効果があるのかどうかを、各種論文を用いて総合的に判断したものです。これが強ければ、その治療は実際に腰痛を和らげる効果が確認されている、という事です。エビデンスの強さには4段階あり、

  A(強):効果の推定値に強く確信がある

  B(中):効果に推定値に中程度の核心がある

  C(弱):効果の推定値に対する確信は限定的である

  D(とても弱い):効果の推定値がほとんど確信できない


 「推奨度」とは、その治療が実際に腰痛に対して行われることが勧められるか、という事です。これにも4段階あり、

  1:行うことを強く推奨する

  2:行うことを弱く推奨する(提案する)

  3:行わないことを弱く推奨する(提案する)

  4:行わないことを強く推奨する


 それでは本題。各薬物の種類については前回と重複するものがありますが、それらの概要についてはコピペで載せています。ただし解説については、慢性腰痛用に変更したものを新たに書き起こしています。


②慢性腰痛(発症からの期間が3か月以上)に対する薬物療法


ⅰ)セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)

 セロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを阻害し、これら神経伝達物質の働きを増改善することで抗うつ作用をあらわします。またノルアドレナリンやセロトニンは脳内で痛みの抑制に関わる下行性疼痛抑制系を賦活(活性化)し、この働きにより鎮痛効果が期待できます。

 このような特性から、SNRIは抗うつ薬として処方されることがあります。薬の説明書きに抗うつ薬の適応があったとしても、「腰痛で医療機関を受診したのに、うつ病と医師に思われて抗うつ薬を処方された」と怒らないでください。


 製品名:「サ〇ンバルタ」など


 主な副作用: 眠気・めまい・頭痛や吐き気・嘔吐、便秘、口渇、などが生じることがあります。また前立腺肥大症に伴う排尿障害や緑内障の方には相対的禁忌となっています。


 慢性腰痛に対する効果:推奨度「2」エビデンス「A」


 解説:あまり聞きなれない薬剤かもしれませんが、慢性腰痛に対する効果としては、次にあげる弱オピオイドと共に最高評価となっています。といっても推奨度「2」エビデンス「A」であり、急性腰痛におけるNSAIDsほどの決定的な第一選択というわけではありません。推奨度「2」となっているのは、眠気や吐き気などの副作用の頻度が比較的高いからだと思われます。

 個人的な使用感としては、ハマる人にはハマるけれど……といった感じで、結構中断せざるを得ないことも多いな、という印象があります。まずは他の薬を試してみて、無効の時にはこちらを試してみる、といった使い方をしていることが多いです。ただし安定剤的なその特性から「慢性腰痛で眠れない」という方には向いている薬剤かもしれません、その場合には試してみる価値はあるでしょう。


ⅱ)弱オピオイド

 「オピオイド」は「麻薬性鎮痛薬」を指す用語ですが、麻薬=オピオイド”というわけではありません。オピオイドとは「中枢神経や末梢神経に存在する特異的受容体(オピオイド受容体)への結合を介してモルヒネに類似した作用を示す物質の総称」です。この中でも弱オピオイドは、軽度~中等度の強さの痛みに用いるものを指します。


 製品名:「ト〇マール」「ト〇ムセット」「ノ〇スパンテープ(外貼剤)」など


 主な副作用:吐き気は頻度としてかなり多い副作用です。このため、弱オピオイドと一緒に制吐剤を処方されることがあります。また便秘の副作用も比較的高頻度で、やはり下剤を一緒に処方されることがあります。また、長期の内服は薬物依存や耐性を生じる場合があります。


 慢性腰痛に対する効果:推奨度「2」、エビデンス「A」


 解説:急性腰痛では推奨度「2」エビデンス「C」であった弱オピオイド、慢性腰痛ではエビデンス「A」になっています。こちらもやはり副作用の点で推奨度が「2」に下げられている感じですが、その効果はしっかりと検証され実証されています。裏を返せば、慢性腰痛は弱オピオイドを必要とするほど治りにくいという考え方もあるかもしれませんが…副作用の点では確かに注意が必要ですが、きちんと使用量を考えれば高齢者でも対応可能であり、私自身も使用頻度は増えつつある薬剤です。


ⅲ)ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液

 ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液は、ウサギの皮膚にワクシニアウイルスを注射して、そこの炎症を起こした部位より摂取した物質を抽出精製したもので、日本で開発されました。痛み神経の感受性を低下させることで鎮痛効果を発揮するとされています。このため、一般的な鎮痛薬が効きにくい神経の損傷による神経障害性疼痛によい効果が期待できます。特に帯状疱疹(ヘルペス)後の神経痛には、内服・注射薬共によく使用されています。


 製品名:「ノ〇ロトロピン」


 主な副作用:特になし


 慢性腰痛に対する効果:推奨度「2」、エビデンス「C」


 解説:急性腰痛に対して推奨度「2」エビデンス「C」だったこの薬剤、慢性腰痛でもまったく同じ評価となっています。多少は楽になるかな?といった感覚ですが、やはり副作用がほとんどない点が長期内服に向いており、慢性腰痛には使いやすい薬剤となっています。とりあえず飲んどくか、とサプリ的な扱いになってしまうかもですが、病は気から……!?


ⅳ)非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)

 プロスタグランジンE2(PGE2)という炎症発生物質・疼痛発生/増強物質の合成を抑制することによって鎮痛・解熱・抗炎症作用を発揮する薬剤です。


 製品名:「ロ〇ソニン」「ロ〇ソプロフェン」「セ〇コックス」「セ〇コキシブ」など


 主な副作用:胃腸障害、腎機能障害、NSAIDs喘息(成人喘息患者の10%程度で発症)、薬疹など。喘息と薬疹の2つの過敏症反応は、内服してからおおむね30分~数時間以内に出現します。


 慢性腰痛に対する効果:推奨度「2」、エビデンス「B」


 解説:急性腰痛では推奨度「1」エビデンス「A」と文句なく第一選択であったこの薬剤、慢性腰痛ではその評価を落としています。そうはいってもエビデンス「B」ではあるわけで、急性腰痛を繰り返すような慢性腰痛である場合には、狙いを絞って使用してみるのも良いのではないかと思います。副作用という面では「ロ〇ソニン」より「セ〇コックス」のほうが胃腸障害という面ではかなり少なく、長期服用もそれなりに可能なのですが、慢性腰痛に対してはだんだんと効果が薄れていく印象があります。漫然と内服を続けるのはあまり意味がないでしょう。


ⅴ)アセトアミノフェン

 アセトアミノフェンは鎮痛・解熱作用を有しており、NSAIDsと同様も作用を持ちますが、その作用は弱く抗炎症作用はほとんどありません。そのためアセトアミノフェンはNSAIDsには分類されていません。


 製品名:「カ〇ナール」など


 主な副作用:肝障害が出る場合がありますので、もともと肝機能が良くない方の内服は注意が必要です。


 慢性腰痛に対する効果:推奨度「2」、エビデンス「D」


 解説:これも急性腰痛と全く同じ評価。エビデンス「D」レベルは、効果を期待するには心もとない。それでも推奨度がNSAIDsと同じ「2」であるのは、やはり副作用が少なく長期服用しやすいことが評価されているのでしょう。こちらを連用するなら、ノイロトロピンのほうが腰痛に対してはやや期待できるでしょうか。五十歩百歩という感もありますが…ただしこの二つは高齢者にも処方しやすいことが最大の利点。


ⅵ)強オピオイド

 かつては「副作用が生じていない範囲で、投与量を痛みにあわせて上限なく増量できるオピオイド」のことを指していましたが、のちに「中等度から高度の痛みに対して使用するオピオイド」のことを強オピオイドと呼ぶようになりました。がん性疼痛に多く用いられています。


 成分名:モルヒネ、フェンタニルなど


 主な副作用:悪心や嘔吐・便秘・眠気は、オピオイド系薬剤の3大副作用といわれています。、また痛覚過敏や性腺機能障害なども問題視されており、慢性疼痛に漫然と投与すべき薬剤ではありません。


 慢性腰痛に対する効果:推奨度「3」、エビデンス「D」


 解説:推奨度「3」つまり「行わないことを弱く提案する」です。モルヒネを使えば恐らく腰痛は軽くなるのでしょうが、引き換えに失うものが多すぎるとの判断でしょう。これらの薬剤が整形外科で慢性腰痛に対して実際に処方される場面はほとんどありませんので、この項については忘れてしまって大丈夫だと思います。


ⅶ)三環系抗うつ薬

 脳内のセロトニン・ノルアドレナリン活性を高めることで抗うつ効果を発揮します。最初に開発された抗うつ薬として有名です。ⅰ)のSNRIと作用機序は似ていますが、やや副作用が多い傾向にあります。SNRIと同様に鎮痛効果を狙って使用することがあります。


 製品名:「ト〇プタノール」など


 主な副作用:抗コリン作用による口渇、便秘、排尿障害、眼圧上昇および抗ヒスタミン作用による眠気、ふらつきが挙げられ、これらの副作用は特に高齢者で注意が必要です。また不整脈や心電図以上・起立性低血圧などの心機能障害が起ることがあるので、心臓疾患を有する患者には注意が必要です。緑内障や前立腺肥大症の方も要注意。


 慢性疼痛に対する効果:推奨度「なし」、エビデンス「C」


 解説:「片頭痛」「緊張型頭痛」など、特定の「頭痛」に対しては非常に効果がある薬剤です。慢性疼痛で不眠があるという方にはかなり適した薬剤。ただし2023年に行われたイギリスでの大規模研究では「三環系抗うつ薬は、(頭痛以外の腰痛や神経痛などの)慢性痛に対しては効果なし(SNRIはある程度効果あり)」という結果が発表されています。腰痛よりは、頭痛や不眠・気持ちの落ち込みなどの要素が複数重なっている場合に使用するのがよさそうです。自分もSNRIが登場するまでは腰痛に対して時々処方していたこともありましたが、現在では腰痛に対して使用することはほとんどなくなりました。推奨度「なし」となっているのは謎です…



結論

・慢性腰痛に対してはSNRIと弱オピオイドがエビデンス「A」ではあるが、すべての薬剤が推奨度「2」以下であり、急性腰痛におけるNSAIDsのような決定的な薬剤はない。

・薬剤の種類決定においては、様々な副作用や自分に合う/合わないを考慮して選択すべきであり、効果のない薬剤を漫然と用いるべきではない。

・薬物治療のみで慢性腰痛をゼロにすることは困難であり、痛みをなくすことを目標にするのではなく、痛みと上手に付き合いながら生活の活動性を上げていくことを目指すべきである。



 対象とする薬剤の種類が多かったために今回も少し長くなりましたが、いかがだったでしょうか。慢性的な腰痛に悩まれている方、必ずしも薬物だけが治療ではありません。いずれは運動療法などのエビデンスも紹介していきたいと思います。


 次回は「坐骨神経痛を伴う腰痛に対する薬物療法」を予定しています。

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