整形外科 ⑥腰痛 概論3:定義、病態 ガイドラインより

 さて、これまで腰痛について「概論その1」「概論その2」「小児・学童期の腰痛」と続けてきましたが、少しとっ散らかった感じもあるので改めてまとめてみます。

 今回は「腰痛診療ガイドライン2019」に沿って述べてみたいと思います。これは日本整形外科学会と日本腰痛学会が監修した腰痛についてのガイドラインで、多数の腰痛についての論文や研究をもとに、腰痛に対する診断・治療に関して最新の治験を提供することを意図して作成されたものです。その要旨を少し抜粋してみたいと思います。


Ⅰ.腰痛の定義について


①腰痛の一般的な疫学

・腰痛の有訴者は、男性91.2人/1000人(人口当たり)、女性113.3人/1000人

・腰痛で通院している患者は、54.4人/1000人


 このように、腰痛を訴える方はかなり多いことが分かります。


②腰痛の定義

・第12肋骨(一番下の肋骨)と臀溝でんこう下端(お尻の一番下)の間の体幹後面の痛みで、少なくとも1日以上持続するもの

・片側、あるいは両側の痛み。下肢痛を伴うものも伴わないものもある。


 お尻の下までの痛みを腰痛と定義しています、結構広いですね。また、下肢の神経痛が合併していてもよい、と但し書きされています。

 

③症状の持続期間による分類

 急性腰痛……発症から4週間未満

 亜急性腰痛……発症から4週間以上3か月未満

 慢性腰痛……発症から3ヶ月以上


 急性期がかなり長いことは少し驚きです、発症から4週間までの腰痛はすべて急性と定義されています。



Ⅱ.腰痛の原因・病態


①脊椎由来 椎間板ヘルニア、脊柱管せきちゅうかん狭窄きょうさく症、椎体骨折、脊椎分離症、脊椎腫瘍(原発性・転移性)、感染(化膿性脊椎炎)など

②神経由来 脊髄腫瘍など

③内臓由来 尿路結石、急性膵炎すいえん腎盂じんう腎炎、子宮内膜症、胃・十二指腸穿孔せんこうなど

④血管由来 解離性腹部大動脈瘤

⑤心因性

⑥その他


 かなり細かく分類されています。

 ここで「概論①」で述べたことを少し修正しておきます。X線検査などで原因が分からないいわゆる「非特異的腰痛」が全体の85%を占めると述べてきましたが、これは実は整形外科ではなく家庭医が監修した論文を基にした「ガイドライン2012版」の話なのです。その後整形外科医が監修した論文をもとに検討、またMRIの進歩やその他新しい画像検査により、ガイドライン2019の時点では非特異的腰痛は22%前後とかなり少なくなっています。ここは大きく変わった部分です。

 しかしこれはあらゆる画像検査を駆使した場合の話で、しかもこの数字についてはいまだに議論があります。画像で所見があるからと言って、それが本当に腰痛を生じているかを紐づけすることはやはり難しい場合が多いと言わざるを得ません。そして実際の現場における考え方にはやはり変化はなく、見逃してはならない危険な疾患を除外することが大切なことに異論はありません。以上から考えると、腰痛で医療機関を受診する方の大多数はやはり非特異的腰痛である、というこれまでのスタンスで、今後もとりあえずは続けさせて頂こうと思います。



Ⅲ.腰痛の自然経過

・急性腰痛の改善はおおむね良好であるが、慢性腰痛は急性腰痛と比べると不良である。

・心理社会的要因は、腰痛を遷延させる。心理社会的要因とは、就労状況や婚姻こんいん状況、社会的身分、保証問題、教育レベルなどの社会的因子と、うつ状態などの心理的因子を指す。身体的・精神的に健康な生活は腰痛を改善させる。


 これは実生活でかなり経験されることではないでしょうか。

 急性腰痛が慢性化する危険因子、かなり意外なものも含まれています。急性腰痛の痛みが強い場合は慢性化しやすい、これはうなずけるかもしれません。学歴が低いと慢性化しやすい、これはどうでしょうか。少し受け入れがたいかもしれませんが、統計学的に有意差のある結果です。さらに、治療に当たる医療者の態度が悪いと慢性化しやすい。これは本当に耳に痛いですが、しかし実際に文章にしてみると、そうだよね!と思われるのではないでしょうか。このように、腰痛には器質的病変以外の要素が複雑に関わり合っているのです。



Ⅳ.腰痛と生活習慣

・低体重、肥満いずれにおいても、やや弱いが腰痛との相関関係が認められる。腰痛の予防には健康的な体重の管理が望ましい。

・喫煙と飲酒について、腰痛との相関関係が認められるという研究結果が複数ある。

・日常的な運動習慣のある群に比較して、運動習慣のない群では腰痛発症のリスクが増大する。

・腰痛の予防には健康的な生活習慣と穏やかでストレスのない生活が推奨される。


 そんな聖人みたいな生活ができるか!とお叱りを受けそうではありますが、体重や喫煙、飲酒、運動不足が腰痛に関連しているというのは、これまでの漠然としたイメージではなく数字によって厳然と証明されています。



Ⅴ.腰痛と職業との関係

・重労働や頻繁な前かがみやひねり動作、荷物の取り扱い、介護作業などの就労時間が長いほど腰痛が発症しまた慢性化しやすいとの報告があるが、エビデンスレベルは中程度である。

・仕事に対する満足度、仕事の単調さ、職場の人間関係、仕事に対する自己評価の低さは、全て腰痛の発症及び遷延せんえん化の危険因子である。


 これはなかなか興味深い報告です。仕事による肉体的負荷とは別に、心理的なストレスというものが腰痛に大きく関係しているのです。この結果を逆に考えてみると、腰に対する肉体的負荷が大きくない仕事であっても、職場からの精神的ストレスが大きければ腰痛を長引かせる可能性があるという事を示唆しています。職場環境を変えることが腰痛を改善する治療法の一つになると言われてしまうと、なかなか考えさせられるものがあります。


Ⅵ.腰痛と心理社会的因子との関係

・心理社会的要因は、腰痛を遷延させる。心理社会的要因とは、就労状況や婚姻状況、社会的身分、保証問題、教育レベルなどの社会的因子と、うつ状態などの心理的因子を指す。身体的・精神的に健康な生活は腰痛を改善させる。


 前記Ⅲ.腰痛の自然経過の項との重複ですが、この因子が腰痛に与える影響については非常に大きなものがあります。最初は軽い腰痛だったのに、夫婦喧嘩をしたのを機に強い腰痛に変わって起き上がれなくなる、などと言ったことが現実にあり得るのです。こうした場合、治療において単に鎮痛薬を増量するなどしても、大した効果は得られない可能性があります。心理社会的因子の影響が大きいと考えられる腰痛に対しては、環境の改善と本人に対する認知行動療法と呼ばれる患者教育が有効である場合があります(次回以降後述)。

 ただしここで特に注意しなければならないのは、これらはあくまで標準と比較した場合における増悪因子の一つに過ぎない、という事です。腰痛の原因の全てが仕事のせいであるとか、あるいはうつ病だから腰が痛いと思い込んでいる、などと決めつけてしまうのはもちろん正しくありません。現在の腰痛の程度は、多くの因子で修飾された総合的な状態であると考えるべきです。ストレスのみでは強い腰痛は発生せず、そこにはやはり何らかの器質的原因が存在している、というのはラットの実験で証明されています。もちろん詐病さびょう(病気であると嘘を言う)とは明らかに異なるものです。



 以上、今回は腰痛の定義と病態についてガイドラインに沿って述べてみました。漠然とそうかな、と思っていたことがおおむね論文などで証明された事実であることがお分かりいただけたのではないでしょうか。


 次回はいよいよ、実際に腰痛を発症した場合の診断について述べたいと思います。自分が腰痛を発症した場合にどのように考えたらいいか。医療機関を受診した方がよいのか、それとも少し様子を見ていいのか。ある程度ご自分で判断出来る一助になると思います、次回もやはりガイドラインをもとに紹介する予定です。

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