整形外科 腰痛 小児・学童期

 さて今回は、「小児・学童期の腰痛」についておおまかに述べてみたいと思います。

 まず、ここで対象にしている小児とは、おおよそ小学校高学年~高校生くらいを想定しています。つまりは学童期という事なのですが、これは小児期では学校や課外活動が生活の大きな要因を占めているからでもあります。


 それでは実際にお子さんが腰痛を訴えた場合に、どのように考えていけばいいのでしょうか。


まずは雑学として。

 IASP(International Association for the Study of Pain:国際疼痛学会)という学会があります。頭痛や腹痛などのメジャーな疼痛からマイナーな疼痛まで、あらゆる分野の疼痛に対する論文をもとに様々な情報が発信されていてそれぞれが大変興味深いのですが、この中で小児の腰痛に関していくつかの興味深い報告がなされています。エビデンスレベルは個々で多少異なりますが、ある程度信頼できるものを挙げてみます。


・重い通学用のバッグと腰痛との関連がしばしば議論されるが、今のところこの二つには明らかな相関関係は証明されていない。

 いまだに通学時の教科書の重さはびっくりするほどです。大人が持っても10分も歩けばくたくたになってしまいます、タブレットに教科書全部データとして入れ込んでおけばいいのにな、とつくづく思います。しかし肩こりなど別の症状の原因になる可能性はあるとしても、こと腰痛に関してはバッグの重さがその原因であると断じることは出来ないようです。


・腰痛の発症頻度は成長とともに増加していく。また、腰痛の有病率は年々増加傾向にある。

 これはやはりスポーツ活動の増加が主因になっているのではないかと思います。後ほど述べますが、過度なスポーツは腰椎分離症という疲労骨折の危険因子です。また、長時間座りっぱなしというのも腰にとってはあまり良いことではありません。学習時間の増加とともに同一姿勢をとり続ける時間も増加し、腰痛を発症する可能性が高くなるのかもしれません。

 

・心理社会的要因により、慢性腰痛の経過は左右される。

 これは小児に限らず、成人であっても高齢者であっても同様です。すなわち、過度の精神的ストレスや抑うつ傾向があると、腰痛を強く感じたり慢性化したりするリスクがあるという事です。このような腰痛に対しては、精神的なサポートが症状の軽減に有効な場合があります。


・過度な(一般には競技レベルととらえられています)スポーツやテクニカルなスポーツ(腰にひねり動作などが加わるスポーツ:具体的には野球やサッカー、バレーボール、バスケットボールなど)は明らかに腰痛の危険因子であるという報告がある一方で、ランニングやサイクリングや水泳などの中程度の持久スポーツを定期的に行うことは、逆に腰痛防止に一定の効果があるという報告がある。

 つまりこれも、過度な運動は疲労骨折のリスクがある一方で、適度で適切な運動は逆に腰痛を防止する効果があるという事です。やりすぎは危ないですが、まったく運動しないのも腰痛のリスクになるという事ですね。これもやはり成人以降にも言えることで、パソコンに向かってばかりの我々物書きには少々耳に痛い話です。


・10歳未満における腰痛には特に注意が必要である。なぜなら、感染症や腫瘍・先天的脊椎異常などが隠れている可能性があるからである。

 これを逆に考えてみると、10歳以下では腰痛を訴えることは比較的稀であるという事ですね。スポーツ英才教育をしていない普通の10歳以下の子が腰痛を訴えた場合には注意が必要です。


 さて、よもやま話はこのくらいにして、小児で注意が必要な腰痛の原因疾患について挙げてみましょう。そもそも小児では高齢者と異なり、腰痛が長期間続くという場面はあまりありません。多くは概論で述べた、X線やMRIで異常を指摘できない非特異的腰痛です。1~2日程度日常生活を加減することで軽減するようであれば、とりあえず大きな心配はしなくてもよいと考えます。


 しかし、特にハードなスポーツを行っているお子さんで、2週間以上続く場合・慢性的に痛みが持続する場合や、繰り返し痛みが再発する場合には注意が必要です。それはずばり「腰椎分離症」の可能性があるからです。

 腰椎分離症とは、腰椎の後ろ半分(椎弓と呼ばれる部分)にスポーツでひねり動作やそらし動作などの負荷が繰り返しかかることによる疲労骨折です。2週間以上腰痛が続く場合、半数程度は分離症であるともいわれています。この疲労骨折が厄介なのは、気付かないまま放置すると骨折した部分が永久にくっつかない状態になって(偽関節と言います)、将来にわたって腰痛が持続してしまう可能性があることです。また、分離したところから腰の骨との音が前後にずれて「分離すべり症」という状態に進行することがあります(早ければ30歳前半頃から)。すべり症に進行すると脊柱管という腰の中の神経の通り道が狭くなって、「脊柱管狭窄症」という状態になり両足の坐骨神経痛やしびれを引き起こすことがあります。こうなると長期の鎮痛薬の使用が必要になったり、場合によっては手術が必要になることすらあります。一生に渡って後遺症を残す可能性があるという事ですね。


 上記のような理由により、腰椎分離症の場合には早期発見が特に重要となってきます。早期に診断できれば保存的治療で完治する可能性があり、将来的な症状の悪化を防ぐことが出来ます。まずは疑う事です。習い事や部活などでスポーツをがっつりやっている場合、特に前述のテクニカルスポーツ(野球やサッカー、バレーボール、バスケットボールなど)を行っているお子さんが腰痛を訴え、それが2週間程度以上続く場合には、腰椎分離症の可能性を考えてください。そしてこの骨折、初期はX線写真では診断出来ません。極力、MRIが撮影できる医療機関を受診してください。ここは判断を誤ってはいけません。MRIのない診療所で分離症が心配ですと言えば、通常は病院への紹介状を書いてくれるはずです。もし診療所のX線写真で判別が出来るような分離症であれば、それはかなり進行しているかすでに偽関節となっている状態で、この段階ではすでに治癒の確立がかなり低下してしまっています。そうならないためにも、腰痛が2週間続けば早期の受診を検討してください。


 さて、腰椎分離症と診断された場合の治療はどうなるか。骨折して間もない初期の段階であれば、骨がくっつく事(骨癒合)で完治を目指す事ができます。スポーツ活動の休止、及び本人の体型に合わせてオーダーメイドしたコルセットを作成し装着するという、保存的治療が基本になります。ただしスポーツ活動の休止及びコルセットの装着は通常3か月以上、病状が進行している場合はそれ以上の期間が必要となることもあります。部活の試合に出れない、コルセットを学校で装着することでクラスメイトからからかわれがちになるなど、思春期のお子さんにとってはややつらい治療になりがちですが、完治すれば後遺症は残りませんので、精神的に支えてあげながら治療を継続していただきたいところです。経過はおおむねCT写真で追っていくことになりますが、これも基本的にやや規模の大きな医療機関でないと対応できないでしょう。


 一方、発症から2~3ヶ月以上の期間が経過している場合や、X線でわかるほどの進行した分離症の場合には、骨癒合を目指す事がかなり難しくなる場合もあります。この場合には骨癒合を得ることはあきらめ、なるべく腰痛が出ないようなアプローチを目指すことが現実だと言えます。治る可能性が低いのにスポーツ活動を長期間中止するというのは、精神的・社会的にデメリットの方が大きいと考えます。具体的には体幹の筋力を強化することで腰椎に対する支持性を向上させること、フォームの改善や動きづくりなどで体に負担のかかりにくい効率的な体の使い方を習得すること、試合など大切な場面に限定して鎮痛薬を効果的に使用することなどが考えられます。


 ここまで、記事のかなりの分量を腰椎分離症に割いてきました。そのくらい腰椎分離症は見逃がされることの多い、また後遺症を残しやすい疾患なのです。子供たちが自分でこのような知識を持つことは難しいので、周りの大人が是非気をつけてあげてください。


 あと、思春期特有の腰背部痛の原因として側弯症というものがあります。背骨がS字状のカーブに曲がるもので、男女比では1:5~7と女子に多い疾患ですが、発症頻度としては比較的稀です(角度10度以下の側弯は全体の2~3%、20度以上は0.3~0.5%程度)。小学校高学年~中学校にかけて診断されることが多く、多くは特発性です。遺伝性がある程度示唆されていますが、姿勢の悪さや重いバッグの使用などとの関連性は、今のところないとされています。

 お子様のいるご家庭の方はご存じだと思いますが、学校から簡単な健康に関する問診表が配られると思います。前かがみで肩甲骨や骨盤の骨(腸骨)に左右差ががないかというもので、少しでも心配な場合にはX線写真を撮れば診断がつきます。これについては、一般的な診療所でも十分だと思います。軽い側弯は経過観察かコルセット治療ですが、高度の側弯になると将来的に呼吸機能が低下したり強い腰背部痛を残すことがあるので、矯正手術が検討されることがあります。


 以上、今回は「小児・学童期の腰痛」についての考え方を述べてみました。

 ポイントは、

 ⅰ)1~2日で軽くなる腰痛については、おおむね経過を見てよい。

 ⅱ)スポーツを積極的に行っていて、なおかつ2週間程度持続するような腰痛は、腰椎分離症を疑うべき。

 ⅲ)腰椎分離症の早期診断にはMRIが必要。発症初期であればコルセットで完治が期待できるため、規模の大きな病院の受診をためらわない。

 ⅳ)分離症の治療に当たってはスポーツ活動の中止や長期のコルセット着用など精神的な負担を伴うため、その治療については本人と保護者・スポーツ指導者が十分に話し合って決定する必要がある。場合によっては症状が残る可能性を考えた上でスポーツを続行すると追いう選択肢も残されている。

 ⅴ)過度なスポーツは上記のように腰椎分離症発症のリスクがある一方で、中程度の持久スポーツを定期的に行う事には腰痛防止の効果がある程度期待できる。


 とにかく「腰椎分離症」については、頭の片隅に置いていただけるとありがたいと思います。知識のない子供たちの将来を守るのは、大人の役割です。


 次回はちょっと戻って「概論その3」を予定しています。


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