エピローグ
ハルマが気を失ったことで、エリーデ・ネルアの人たちにかけられていた「呪い」……いや、呪いもどきの病状は、完全になくなったようだ。
人々は、空が何色になっても体調を崩すことはなくなり、自由に外を出歩けるようになった。彼のスキルの弱点もすでに周知されていたので、あとのことは、町の人間たちが法に基づいて適切に処理するだろう。
あれから、数時間後。
「はあ……はあ……はあ……」
町を見渡せる近くの山の中腹には、息を切らしながら登山道を進む、アンジュとマウシィの姿があった。
「本当に、よかったのね? せっかく町の人たちが、お祝いのパーティを開いてくれるって言ってたのに」
「えぇ。構いませぇん」
「でも、ワタシたちのことを『町を救った英雄』扱いしてくれるなんて、言ってたのよ? せめて、パーティのごちそうだけでもいただいてから……」
「そんなに言うならぁ。アンジュさんだけ残ってくれても、良かったんデスよぉ? どうせ、みんなからチヤホヤされるのが好きなんでしょうしぃ」
「な、なによその言い方わぁっ⁉」
あのあと二人は、「ハルマを倒してくれた二人をもてなしたい」と言ってくれた町の人たちから逃げるように、すぐにエリーデ・ネルアを出発したのだった。
「きゅふ」
そこでマウシィはふと、寂しそうな表情を作る。
「私がもともと持っていた呪いは、全部『私が死ぬまで……』っていう想いが具現化したものだったのでぇ。私が一度死んじゃったせいで、そういう想いが果たされちゃったみたいで……気づいたら、全部消えちゃったんデスよねぇぇ」
その言葉通り、山道を歩く彼女が流していた汗は、もう、彼女の肌を溶かしたりしていない。何の影響もない、ただの汗になったようだ。
「どろしぃちゃんも、呪いが消えたらどこかに行っちゃったみたいデスしぃ……」
これまで常にマウシィの首を絞めていた呪いの人形も、今はいなくなっていた。
「だ、だから……私はまだ、呪いを集める旅を続けますデスぅ。私にとっては、今でもやっぱり、ただの他人からの好意よりは、呪いのほうが確かで信頼できるものデスからぁ。呪いが、自分に向けられた強い想い……自分の存在をこの世界に繋ぎ止めてくれる大事な存在であることは、変わってませんのでぇ。呪いが一つもない状態は、不安なんデスぅ」
「……」
何かを言いたそうな顔のアンジュ。しかし、やがて彼女は、
「……まったく」
呆れたように大きくため息をついて、「何か」をマウシィに差し出した。
「ま、仕方ないわね。軽いやつの一つや二つくらいなら、別にいいんじゃない?」
「え」
「マウシィのそういう性格は、とっくにワタシも知ってるわよ。アナタが意外と頑固で、どれだけワタシが言っても、その考えを変えそうもないってこともね!」
「そ、そ、そ、それはぁ……どろしぃちゃーんっ!」
アンジュが出したのは、いつもの、呪いの人形だった。
「コイツ、さっきのゴタゴタのあと、気づいたらワタシの足元に落ちてたのよ。まあ全然動かないから、もう普通の人形になってるんでしょうけど。もしかしたら、勝手に髪が伸びるくらいの軽い呪いはまだ残ってるかも、って思って。念の為拾っておいたの。もしそうなら、アナタが喜ぶと思ってね」
「アンジュさぁんっ! ありがとぉございますぅぅ!」
「で、でも、他の呪いを集めるときは、ちゃんとワタシにも確認させなさいよね⁉ アナタはもう『死なない呪い』も消えちゃって、不死身じゃなくなっちゃってるんでしょう⁉ ア、アナタって、本当に呪いのことになると目がないっていうか……ほうっておいたら、またとんでもなく危険な呪いにかかっちゃいそうなんだものっ! 聖女の卵として、見逃せないわっ!」
呪いを集めるマウシィを止めない。そればかりか、協力をする。
それは、聖女を目指す者としてはありえないセリフだ。しかし、呪われフェチで変態のマウシィと行動を共にして、彼女に強い『想い』を向ける一人のおせっかいな少女としては、とても自然な言葉だった。
「ぎゅふ……ぎゅふふふ……」
そして、マウシィのほうでも、
(ア、アンジュさんなら……きっとそう言ってくれるって、思ってましたぁ。私を見つけてくれて……私に光を与えてくれた……アンジュさんならぁ。
ほ、本当は私……証明したいだけ、なのかもしれませぇん。あんなに強く、深く、重く、情熱的だった「想い」の力を。今日、アンジュさんが私にかけてくれた「想い」より強い呪いなんて、この世界に存在しないってことを。きゅふふふふ……)
呪いの人形を抱きしめながら、ニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を浮かべていた。
「ま、まあとりあえず、行きましょうか?」
「えぇぇぇ」
そして、二人はまた進んでいく。
彼女たちの前には、これから様々な障害が立ちふさがるかもしれない。しかし今の二人はもう、その歩みを止めることはないだろう。彼女たちはすでに、どんな呪いにも負けない強い『想い』を持っていたから。決して切れることのない固い絆――愛で、結ばれていたのだから。
「これから先……私たちの前には、どんにゃ呪いが現れるんでしょぉかぁ? ぎゅ、ぎゅふふふ……ワクワクしますにゃぁ?」
「珍しいタイプのワクワクを、するんじゃないわよ!」
「で、でも、私が今までかけられていたようにゃ強い呪いには……そうそうめぐり会えにゃいでしょぉけどぉ……にゃひ」
「だ、だから、そういう強いのはダメって言ってるでしょ! ……て、いうか」
「にゃひ、にゃひひひひひ……」
「マ、マウシィ……? ア、アナタ、ちょっと言葉、っていうか……キャラが、変わってない?」
「にゃ? そんにゃことにゃいにゃん。ニャウシィは、いつもどおりにゃ……あっ、美味しそうなネズミにゃっ!」
「ちょ、ちょっと⁉ 何を捕まえてるのっ⁉ あーっ! そんな汚い生き物に直で噛み付くんじゃないわよっ⁉ っていうか、ちょ、ちょっと待って……まさかこれって……!」
「にゃにゃにゃにゃっ!」
「マ、マウシィ! アナタ、すでに化け猫かなにかの呪いにかかって、取り憑かれちゃってないっ⁉」
「暗呪……忌魍屠汚、殺死苦……涅。死死死死……」
「って、人形も普通に動いてるしーっ! な、何が『呪いが全部消えちゃった』よーっ⁉ 全然まだ、呪われまくってるじゃないのーっ⁉」
「クンクン……あっちにも、獲物の匂いがするにゃー!」
「あ、コラっ! マウシィ⁉ ちょっと⁉ ま、待ちなさーいっ! コラーっ!」
いや……この二人の絆はまだまだイビツで、相変わらずのデコボココンビのようだ。
CURSE+HOLIC 〜呪われフェチ子とおせっかい聖女〜 紙月三角 @kamitsuki_san
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