家に突然"異世界から来た美少女"が現れました。

刈谷つむぐ

第一章 まずは会話ができないと……

#1 千里の道も一人称から

 えー、まず、ご説明を賜りたい。それを誰に要求すればいいかもわからないが、神でも仏でも、なんなら宇宙人でもいい。いや、できることならこの状況にさせた真犯人自ら、目の前で起きている状況について説明責任を果たしてはくれまいか。

……いや、まず私が説明しなきゃならないか。

 なんの取り柄もない高校生、天津晴也あまつはるやは、帰りの会を終えるや否や、部活の準備を始めるクラスメイトたちを横目に、真っ先に帰宅した。幸いにも、家は近い。バスに乗って十分程度、そこから徒歩数分で早くも家に着くほどである。両親の許から高校進学を契機に離れたから、現在は賃貸のマンションで一人暮らしを満喫している。もちろん高校に近いところを棲家に選んだので、このようなスピード帰宅ができるのだ。

 まあそんな事情はおいておこうではないか。高校に滞在していた数時間もの間、まだかまだかと待ち望んでいた場所が目の前にあるのだ。今日の疲労感を噛み締めてドアを開けると、不自然なことに、既に電気が付けられていた。親父でも来たか、いや、おふくろかもしれない。なんて思って玄関を上がってリビングを見てみれば、ああ、なんということだろうか。私には到底似合わないような美少女が座っているではないか!

 銀色にかがやく、腰のあたりにまでかかる髪の毛。瞳は、おそらく黒に近い。体格を見るに、同い年ぐらいなのではなかろうか。しかし、にしては幼さを残す顔である。服装も、見慣れない。どこかの伝統衣装なのだろうか。しかしアフリカやアジアにありそうな民族衣装からはかなりかけ離れている。あまり詳しくないが、どちらかといえば欧州の、なんだかケルティックなかおりがする服装な気がする。いわゆる"ケルティック"のイメージが、実際のケルト民族と関係あるかは知らないが。ある意味、異世界転生系でよく出てくるような服装のデザインといえば一瞬で腑が落ちる。なんだこの美少女は、コスプレイヤーか?

 しかしながら、コスプレイヤーだとしても住居への侵入は到底認められる行為ではない。彼女自身も困惑しているようだが、それは「ここにいること」に対してなのか、「家主に見られてしまった」ことに対してなのかは、全く判然としない。彼女も、私も。どちらも呆気に取られて、視線を合わせたまま、まるで石化したかのように凝固していた。空気がこのままでは絶対零度に達してしまうのではないかというほどに、動きがない。先手を打つのは、どちらか。

 さすがに埒が明かない。脳内審議の末、そのような結論に至った。とりあえず、何か話しかけてみることにしよう。とはいえ、何と話しかければいいのだろうか。いや、そんなことを考えている暇もなし。ならば、単刀直入に聞くべきだろう。


「あなたは……だれです、か?」


しかし、彼女には通じなかったらしい。ただ、私が何かを質問していることは伝わったようで、んーとか、あー、みたいな、おそらく大した意味を持たないのであろう言葉を一生発し続けている。その末に返ってきたのは、こんなかんじだ。


「hmm... fer Quor vinto quo?ふぇー くうぉー ゔぃんとー くうぉ?


なるほど彼女は外国人のようである、のかはわからないけど、日本語話者でないことは確かだ。さらに、彼女は続ける。


tun'i cunem Ays とぅに くねん まいす danz seiler Quor.だんつ すぃれー くうぉー


なるほどわからん。ただ、響きがかわいい。こういう異国の言語で、カッコいいみたいな厨二病的感覚ではなくて、かわいいという感覚を抱いたのはこれが初めてかもしれない。

 少なくとも、彼女の喋っている言語は英語ではないし、おそらくだが、英語で意思疎通を図ろうとしないあたり、私が英語で話しかけたとて徒労に終わるだろう。全くの未知の言語。何なら異世界語の可能性だってありそうだ。

 「待ってて」通じないと知っていても、一応そう伝えて紙とペンを取りに行く。棚の上に置いてあるのをしっかり視認して、それを彼女に渡しに戻る。さすがに、彼女の文化にも紙とペン、それに類するものはあるはずだ。私は紙にペンを走らせて、インク確認と同時に使い方を説明する。万が一があるからな。

 彼女は理解したらしく、早速紙に未知の文字を書いていく。もちろん、一ミリたりともわからない。見た感じ、アルファベットでも、キリル文字でも、漢字でも、ハングルでも、アラビア文字でもない。こういう時は文明の利器に頼るんじゃ、とスマホを開いて似ている文字がないか調べてみるが、全く見つからなかった。

 もしかして、ほんとうにこの世界で使われている文字ではない、異世界文字なのではないか?

 だとしたらこっちの世界に来ているわけだから、私が異世界語を習得するより、彼女が日本語を習得した方が早いのでは。なんて疑問がはらわたに浮かび上がる。でも、どうやって教えたらいいか……。彼女は文字が全く意味をなさないことを察したのか、完全に困り果てていたので、私が教えないとこのまま進展しない。まあ、地道にやっていくしかないか。


 「わたし」


私は、人差し指を自身に向けながらゆっくり発音した。なるべく、わかりやすいようにだ。


「wataxi...?」


彼女も、私に倣って自らを指し示しながら言った。まず、一人称はクリアできた。遠い道のりの第一歩である。


 ……道のりが、長すぎやしないか!?

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