#2 初学者の訛りってかわいいよね

 さてと、目の前の彼女は自らを指し示して、


「wataxi...?」


と、とりあえず一人称はクリアしたらしい。じゃあ他の単語を教えよう……どうやって?

 私が思い悩んでいると、今度は彼女による異世界語(仮)講座が始まった。


Aysあいす


私に倣ってか、これまた自らを指し示して言ったから、私も、


「あいす……」


と、私を指さして言う。すると彼女は笑みを浮かべながら首を縦に振った。なるほど首肯は縦に振る文化のようである。いちおう、ブルガリアをはじめとして首肯を横に振る文化もあるらしいからな。


ar... fer Ays us あー  ふぇー あいす うす teirse Rierju. vit?てぃーせ りえーゆ。ゔぃっと?


一人称が「あいす」ってのはなんか腹が減るよな。どうでもいいけど。おそらく、これまた自らを指で指し示していたから、自己紹介か何かだと思うけれど……。英語でいうMy name is...とかドイツ語でいうIch heiße...みたいな構文な気がする。とするとどうだろう。「あいす」が私とすれば、「うす」みたいなやつがBe動詞なのか。じゃあ「てぃーせ」はなんだろう。「〜と言います」的な動詞として解釈していいのだろうか。だとすると「りえーゆ」が彼女の名前となる。つまりこの美少女はリエーユさんというわけだ。

 しかし、だとすると「ふぇー」とか「ゔぃっと」とは一体なんだろう。彼らがいなくても文章の大意は取れるはずである。「冠詞」という概念が脳裏を横切るが、「あいす」という一人称の前につくのは不自然すぎやしないか。それに、「ゔぃっと」は文末、しかも語調をあげて発音されている。これまた、冠詞だとするには不自然である。

 思えば、「てぃーせ」が動詞として、英語のようなSVO語順を前提として解釈しようとしていたわけだが、だとすると「うす」がBe動詞として共存するのはこれまた不可解である。では「うす」とはなんだろうか。ああ、わからないけどとりあえず何か言って確かめよう。

 私の仮説では「ふぇー」「うす」「ゔぃっと」のなくても大意は通るはずである。ならば、こう言ったって問題ないはずだ。


あいす てぃーせ はるや あまつ Ays teirse Haruja Amazu


しかし、彼女は小首をコトンと落とす。反応は芳しくない。とはいえ、意味自体は伝わったのか、こんな返答が返ってきた。


fer Quor's teirse ふぇー くうぉーす てぃーせ Haruja Amazu qua?はるや あまつ くわ?


疑問文であるのをみるに、ほぼおうむ返しのようなものだろう。とすると、「くうぉーす」が二人称ということか。そして、やはり文頭は「ふぇー」である。

 「ふぇー」ってのは一体なんなんだ。ここまで多用されるということは、かなりの頻出単語に違いない。それこそ、英語でいうBe動詞のように。

 ……待てよ、「ふぇー」をBe動詞とすれば、「てぃーせ」は名詞になるはずで……とすると、英語でいうところのMy name is...と同じ表現になりそうだ。ということは、正しい文章はこのようになるはずである。


ふぇー あいす てぃーせfer Ays teirse はるや あまつHaruja Amazu


Sa! fer Suntさ! ふぇー すんと ruycor wictaxien.るいこー うぃくたしえん


なんかめっちゃ褒められた。ってことは、これが正しい文章なのかな?


Scarle... gneiv "us"すかーれ……、ぐにーゔ うす cus sunt wictaxien.くっ すんと うぃくたしえん


頑張って説明しているのだろうことはわかる。わかるけど、悲しいかな一切合切伝わらない。わからない単語のオンパレードである。ただ、謎の「うす」に言及していることは理解できる。

 それなら、彼女が「私の名前はリエーユです」と日本語で言えるようになれば、もしかしたら説明できるかもしれない。そもそも彼女が日本語を習得した方が圧倒的に便利なのだから、異世界語だけでなく日本語も授業しなければならないだろう。

 

「私の名前は天津晴也です」


懇切丁寧な発音で、なるべく聞き取りやすく明瞭に言う。すると、どうやら彼女なりに文法を咀嚼した結果、こうなったらしい。


Wataxi no namay waわたしのなまいは Rierju... des?リエーユ……です?


うーむかわいい。明らかに片言だけれど、それがかわいさに拍車をかけている。しかし、あまり饒舌でない私とは違って、さらに続ける。


「ar... zvonter Ays xian ni'gneiv "des" clay?」


待って、急にネイティブ外国語になった。わかりっこない。首を傾げる動作を見せると、通じていないことを察してくれたのか、両手を合わせて、申し訳なさそうに俯きながら、


「Feneia...」


と呟いた。なるほど、謝る時の文化は共通のようだ。とはいえ謝るほどのことではないんだけど……、まあいいか。語彙が一つ増えたわけだし。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る