untitled

@rabbit090

第1話

 うまく動けない、どうして?

 あたしは、ちょっとだけ体を動かして、前を向く。でも、その先にあるのは何にもなれない、ただのなれの果てのような場所だった。

 「やらないか?」

 え、嘘。あたし?

 「だって、ビジュアルが悪いから。」

 「そんなことないって、その暗い雰囲気、最高だよ。それに君、ちょっと化粧すれば、あ、よく見ればキレイ系?ってなるから、それで大丈夫。」

 「じゃあ、はい!」

 そして、あたしは今。

 「…殺す。」

 「何なの、この人!助けて。」

 「ぎゃあ。」

 「大丈夫、僕の手を握って。」

 「うん、ありがとう。」

 そう言って、男と女は、あたしの体を見て怯えながら去って行った。

 「超、良いよ。評判も最高。」

 「はあ、どうも。」

 うれしい、のだろうか。

 あたしはずっと雇われる方ではなく、雇う方でもなく、自分でお金を稼ぐやり方を、選んでいた。

 悩んでも、仕方ない。

 「契約、延長できるね。」

 「…はい。」

 でも、あたしには借金があった。

 それも微妙な額、でもずっと増え続けていく。

 弟は、ちょっと前に病気になってしまって、運の悪いことに保険に入っていなかったから、家族総出で支えるために、お金を支出しなくてはならなかった。

 でも老齢の親には限界があり、あたしが、何とかやりくりしている。

 「ねえちゃん、ごめん。」

 「いいって。」

 窓の方を向いて、こちらを見ない。けど、弟はいつも、あたしにそう言っていた。

 体の調子が悪いのは明白だった。高校の頃はかなりグレていて、手のかかる子供だった。

 でも、そんなところが愛されていた。

 だから、あたしは、この子を捨てられない。

 「早く良くなってよ。」

 「ああ。」

 あたしは、急かしてはいけないと思っているのに、分かっているのに、つい口走ってしまう。

 多分、弟は助からない。

 それはみな、分かっていた。

 

 「すごく、頑張ったね。」

 母と父は、泣いていた。

 特に父は、あまり泣かないような雰囲気で、でも誰よりも一番悔しそうに、遺影を眺めていた。

 病気って、憎らしい。

 あたしは、でもつもりに積もった借金を、返さなくてはならない。

 母も父も、もうそんなことを考える余裕などない。

 でも、あたしだって、そんなに頑張れない。

 弟が死んでしまって、心の糸が切れた、というような感覚に陥ってしまった。

 どうせ、意味がないのなら、あたしは、もういいのかな。

 ため息をついて、家を出る。

 あの、お化け屋敷のアルバイトも、辞めてしまった。

 ぼんやりと、目の前がかすんでいる。悲しくは無いハズなのに、なぜか。

 なぜか、あたしは、泣いていた。



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