肩書ガチャ

ブロッコリー展

すべてのある日


長年付き合っていたカノジョに振られた。


昨夜のことだ。


「もうこれ以上待てないの」とカノジョは言った。


学生時代から社会人2年目までずっと僕は態度をはっきりさせていなかった。


結婚。その2文字について。


カノジョと別れたくなかった。だから、


「僕と結婚してほしい」と言いかけたところで、カノジョが制した。


「もう待てないの……ラブファントムのイントロの長さが……」という謎メッセージとともに結局カノジョは僕の元を去っていった。


僕はカラオケで歌ったことないし、もしかしたら、それも結婚に関する何かの比喩なのかもしれないけど、カノジョにフラれた事実は変わらない。


一人になった部屋で月曜日の朝を迎え、もちろん出勤する気になんてならない。とても胃がもたれてるぞ。


起き上がる。このシングルベッドでもう夢しか抱けないわけだ。


顔でも洗おうと、よろけて立ち上がり、ユニットバスのところに向かったら、玄関で何かが転がっていた。


ガチャポンマシンだった。


それを見てうっすら思い出した。


昨夜あの後、寂しさを紛らわすために一人で飲みに出かけて、しこたま飲んで、ベロンベロンで変な骨董品屋(なぜあんな飲み屋小路にあったのだろう)で謎のオヤジさんがおすすめしてくれたものだ。


たしか、『肩書ガチャとかいうやつで、朝やると、その日1日その肩書で通せる』らしい。


まったくしょうもないもんを買ったもんだ。


僕はそれをいったん奥まで運んで、床に置き、胡座をかいて対峙した。


どこにでもある普通のガチャだ。


本当なら月曜日の朝からこんなことしている暇はないけど、


事情が事情だけに、純情な感情がから回っているので、自分で自分の出勤を遅らすべく、ハンドルを回してみた。


ガラガラ、ゴロゴロと音がして、カプセルが一個でてきた。


“中身があまりにもしょーもなかったら、返品してやる”


そう思いながら、完全に弱ってしまった握力でなんとかカプセルを開ける。


中にはサラリーマンのフィギュアが入っている。


そしてその胸のところに肩書が入っていた。


『係長』


底辺平社員の僕としては一応出世だ。


ガチャなのにちょっと喜んでしまうのがガチャだ。


そんな自分を鼻で笑いながら、支度をして、ゆらゆらと出勤した。


「係長、おはようございます」同期たちがあいさつしてきた。


こんな雑なドッキリに誰が引っかかるかよと思いながらも、あれよあれよと1日が係長のまま終わってしまった。


肩書だけあればなんとかなるもんだ。


帰り際、女子社員の一人に、「僕って、いつから係長だっけ?辞令でたの?」とさりげなく聞いてみた。


そしたらその女子社員は「何言ってるんですかー?」とキョトンとしてしまった。


どうやらあのガチャの効果は本物らしい。


次の日の朝、飛び起きて、ガチャポンマシンのハンドルを回す。


『課長』


おっしゃーー!


僕はできる限り課長らしい身なりを整えて家を出ると電車に乗って会社に向かった。


今日は朝から課長級以上が集まって会議だ。


見た目も年次的にもあまりにも僕は浮いているんだけど誰も気にしていない。


隣の席の課長にゴルフのスコアのことを聞かれて、よくわからないので「大谷くらいですかね」と答えたら、喜んでいた。


課長としての1日が終わり(てかこの会社潰れね)ほとんどの仕事を明日に回した(だって明日は課長じゃないし)。


なんだか気分が良くて飲み屋小路で飲んだ帰り、例の骨董品屋にも顔を出す。


オヤジさんが出てきて「どうですか肩書ガチャの方は」と聞いてきたので、


「どうもこうも、魔法のガチャですな」と課長として答えた。


「でも気をつけてください、間違って朝じゃなくて夜にハンドルを回してしまうと、大変なことになりますから」


オヤジさんはちょっと芝居くさくオッカない顔を作って言った。


「大丈夫っすよ、朝と夜を間違えることなんてないですからな」



次の日は部長。


その次の日は常務。そして、専務……。


さらに、副社長。


毎日楽しくてしょうがない。こんなに楽して出世できるならもっと早く出世しとけばよかった。


僕は毎晩キャバクラで派手に遊んだ。


モテてモテてしょうがなかった。


正直カノジョのことなんかすっかり忘れていた。


その週末も派手に遊んで、月曜日の朝、


外から見る限り、ガチャポンマシンの中にはカプセルがあと一つだ。


「おーし、社長でろ!頼む」


そう念じながら僕はハンドルを回した。


ガラガラゴロン。


いつもよりもドライな音がした。


気にすることなく口笛を吹きながらカプセルを開けた。


── グレムリン


中にはギズモのフィギュアが入っていた。


一瞬よくわからなかったけど、すぐにオヤジさんの言葉が浮かんだ。


ハッとして、部屋の置き時計を手に取った。


壊れてる……。


スマホも壊れてる……。


今何時だ?まさか?


僕は玄関のドアを開けて飛び出した。


夜だった。


やっちまった。でもだからと言ってなんだというんだ。


開き直ってもう一度フィギュアをよく見てみた。


『カノジョにフラれた男』


それが最終的な僕の肩書みたいだった。


さてこれからどうしよう……。


長いイントロに僕は備えた。






                      終



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