ノー•ビジネス•トゥナイト

ブロッコリー展

ある惑星にて

2週間も朝がつづいたあとでようやく夜が来た。



あらかじめ指定されたこの星でのブツの受け渡し場所にて。


そこにある廃墟化したモジュラー式建物の陰から彼が現れた。


彼は地球外生命体だ。ブツは彼から受けることになってる。取引の多い相手だ。


姿形を彼はバイオ加工しているので紳士的なイメージだけをいつも僕に与える。


彼はがどこの星から来ていて、どういう文明なのかは知らない。超知能を含む高度なものであることはたしかだが。


僕がこの宇宙運び屋を始めたのは数年前。最初は会社員の傍ら、副業で始めた。


脱サラして本格的にやり始めて正解だった。おかげで老後の生活をおくる星を買えるほどの宇宙暗号資産ができた。


「景気はどうだ?」と彼はブツを手渡しながら僕に言った。


「ぼちぼちだ」と僕。


彼の星の感覚だと“ぼちぼち”がどういう尺度なのかわからないらしく、曖昧に彼は笑った。


中身は知らないがヤバいものを運んでるという自覚はある。


このブツが地球の誰の手に渡るのかも僕は知らない。


テロリストやならず者国家なのか、超大国の軍事組織なのか、グローバル企業なのか、秘密の科学研究所なのか、それは僕にはわからない。


ただ地球の指定された場所このブツを運ぶだけだ。


ときには地球から何かを持ち出して運ぶこともある。


宇宙をまたにかけているとはいえ所詮は運び屋だ。命の保証はない。


ひとつ言えることは、宇宙には法律がないということだ。


宇宙から地球を見ているとときどき、地球に法律があるのが不思議なことのように思えている。


そもそもタレコミの心配ない。この広い宇宙では誰もなにも目撃しないし、目撃しえない。


今回もただこのブツを地球のある地点に置いてくるだけだ。ニュースにもならない。


不思議なことに地球にないものを地球に置いても、誰もあまり気に留めない、見えないのかとさえ思うくらいに。


受け渡しを終えて、僕が宇宙船に戻ろうとすると、彼が呼び止めた。


「少し話さないか」とのこと。


僕はやや身構えた。知った相手とはいえ、取引中は警戒しすぎるに越したことはない。


「なんの話だ?」と僕。


「じつはビジネス抜きで君に頼みたいことがあるんだ」


「ビジネス抜きで?」


「ああ」


彼のそんな人間味のある表情は初めて見た。人間なのかと錯覚した。


僕はしばらく考えてから話を聞くと返事した。


バギーに乗って移動して、“星の死ぬ場所”が見える丘まで行き、そこで話した。


超新星の残骸……


宇宙環境の大破壊……


その眺望は、宇宙は生まれるときよりも死ぬときのほうが美しいんじゃないかと思わせるに十分だった。


彼も並んでそれを望み観ながら後ろ手を組み、「愛も死んでくれると思っていたんだ……」と話し出した。


「愛している人がいるんですか?地球に」


彼はそうだと言う代わりに頷いて答えた。おそらくは地球にスパイとして潜り込んでいたときに知り合った女性だろう。彼は完全にビジネスの横顔じゃなくなっていた。


「頼みというのは?」


「言伝を頼みたい」


はっきり言って僕にとってはリスクしかなかった。僕は運び屋だ。そんなことをして足がついたら命だって危ないかもしれない。


「もちろんすべてわかった上で頼んでいる」と彼は苦しそうに言った。


愛する人と宇宙で離れ離れになる気持ちってどんなだろう。ちょっと僕には想像できない。


少し迷った。


彼はいつも割りのいい仕事をくれて稼がせてくれてもいた。それに、たったひとりでいることが多い広大な宇宙の中で人情に触れるとホロリときやすい。


「お伝えしておきましょう」


それを聞いて彼はほっとしたような顔になった。


彼はその女性に渡して欲しいと彼の星に咲く『枯れない花』を僕に持たせてから、「まだあなたを愛している」と伝えて欲しいと言った。


花の枯れない星なんて素敵だし、花の枯れない星の愛はきっと永遠なんだろう。


「承りました」


僕は彼と別れると、あらかじめ用意されていた地球行きの無人宇宙船に乗った。あくまで無人登録なので僕は乗っているが乗ってはいない。


なんとなく落ち着かなかった。


地球近傍まで来たところで「まもなくだ」と連絡を入れる。someone safe


地球上のあらかじめ指定した場所にブツを置き、僕は約束を果たすべく歩き出す。


探すべき女性ひとはしばらくしてみつかった。


すでに結婚して子供もいる。


ある夜、僕は家を訪ねた。地球では朝の後に夜が来る。


ベルを鳴らそうとしたとき、家の中から家庭的な明るい声と光が漏れてきた。


家族団欒の最中だった。


いま、宇宙のどこかで切なさを抱いているであろう彼の顔が浮かんだ。


きっと彼も望まないだろうと思った。


だから僕はやめることにした。


せめて花だけは窓際に置いていこうと思って手元を見たら枯れていた。


地球には地球に合った愛があり


地球には地球に合った花が咲く


そっとその場を離れ、しばらく歩いたところで、宇宙そらを見上げた。


数えきれない星々の瞬き。


What on earth is the pleasure?


僕はまた次のブツを運ぶだけだ。






                      終

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ノー•ビジネス•トゥナイト ブロッコリー展 @broccoli_boy

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