#9 その村の名は



「うおぉぉ! こりゃたまげたなぁ」

「ジェニーちゃん、一体何だってんだい?」

「えへへぇ~!じゃじゃぁ~んピーチマン16号だよぉ!!」

「……妹よ。それじゃあ何の説明にもなってないだろう」



 村に大量の物資と見慣れない真新しい大型荷車…それも魔力の傀儡が曳く魔具を持ち帰った三兄妹に村の衆がわっと群がる。


 因みにピーチマン16号とはその魔具、正確には荷車を曳く人形に名付けられた名前である。

 まあ、お察しできるかもしれないが……いや、必然的に残りの二体が17号と18号なわけだが――あくまでも異世界なのだから、それ以上の他意は無い…いいね?



「アイヤー! ベネト達が帰ってくるまで待ってたらコレは何事アルカー?」



 ワラワラと荷車や物資に押し寄せる爺婆の群れからフワリと、まるで重力を感じさせない動きで宙へと跳び上がりそのままストンとピーチマン18号の頭上を飛び越えてベネットの膝の上へと着地する。


 その者が発する言葉は、何故か転生者であるベネットには中国風・・・言語に聞こえてしまうのだ。


 そして、前世の記憶に残るチャイナドレスを彷彿とさせる民族衣装のようなものを身に纏っている。



「ニィハオ(こんにちわ)。ベネト…?」

「こ、こんにちわ。ピンクウォーターさん?」

「んン~? いつも言てるケドネ。ベネトはワターシのこと、ピンク…て呼び捨てしてもイイネ…」



 蠱惑的な表情と吐息を吹き掛けながらベネットに密着するエセチャイナ――というよりは彼女こそが、このベネディクタに定期的に足を運んでいる行商人であった。


 名は、ピンクウォーターと名乗っている。


 殆ど常人が近寄れなくなったはずのベネディクタに平然と訪れる怪人物でもあったが、彼女が村に供給する物資は大いに助けになってきたのも事実。

 故に、ベネットを含めた村人は彼女が姿を見せた時は大いにその訪れを歓迎する。


 大の男の半分ほどの背丈しかない、亜人族である半獣小人ハーフリング

 容姿は頭上の毛で覆われた丸耳と短く丸い尾以外は人族の子供のそれだが、胸にユッサユサと見事に実った二つのが彼女が成熟した女性であることを証明している。


 故に先程ベネットが外見だけでは実年齢が判り辛い彼女に対して“さん”付けで呼んだのであるし……今なおグニグニ押し付けられていることで、顔が赤くなっている。


「おお!行商人殿が来られていたのだな。……はて? だが、我々とすれ違ってはいないと思ったのだが」

「村長。ワターシはいつもこの村まで別ルートで来てるネ。ワターシほど身軽じゃなきゃ先ず通れないアルヨ……それにしてもその大荷物。今回は誰と取り引きしたアルカ?」

「ええと…確かピーチブット商会だったかな?」



 しどろもどろに答えたベネットに向けていた人懐っこい細目をやや開いて見やる。

 何故かその目元には桃色の塗料でパンダのような化粧が施してある。



「ほう。ピーチブット…知ってるアル。王都の新興商会ネ。それにその人形も王都で見掛けたヨ。……意外と鼻が利く連中もいたみたいアル。で? 何と交換したアルカ? まさか――」

「いやいや、行商人殿。実は――」



 スミスが先程の森外の物見櫓で起こった経緯を話して聞かせた。



「フム。納得アル。ま、今回は良い奴らに恩が売れたネ。でも、もっと気を付けた方がいいアルヨ? 少なくともこの村まで自力で辿り着けた奴なら少しは信用しても良い思うネ」

「そこまで行商人殿が言うのであれば、努々気を付けるとしよう」

「じゃ、ワターシ帰るネ。用事でまた王都行くアルヨ」

「え。もういっちゃうの?」


 いつもは交渉が終わった後でも、もっと村の中をブラブラとベネットに引っ付きながら様子を見て回っていたので、こうもすんなりと帰ろうとする彼女に拍子抜けして声に出てしまったのだ。

 天然というヤツだな。


 だが、その言葉にピクリと反応した黒髪黒目のハーフリングがベネットを見やってニィーと笑みを浮かべる。


「ベネト、寂しいアルカ? 今回は単なる様子見だたからネ。また――直ぐに顔を見せるアルヨ…」



 まるで風に舞う木の葉のような動きで瞬時に距離を詰めたハーフリングが呆けるベネットの頬に軽くキスをしてクスクスと笑う。



「ツァイツェン(またね)」



 そう言い残して今度こそ村から彼女は姿を消してしまうのだった。



   ◆◆◆

 


 レスター領の森の中を縫うように黒い影、いや、一筋の風が奔る。



(フフフ…覗き見していた耳長共め。うぬらが慕う男を汚されて怒ったか?)



 村で見せたあの様子とはまるで別人のようなハーフリングが妖艶な笑みを浮かべて嘲る。


 その遥か高い木々の枝を追うよう踏む音が頻りに森に響く。



(この“影法師”にうぬら如きが追い付けなどするものかよ。…だが安心しろ。まだ・・盗らんさ? まだ、な…ククッ…クフフ……あはっあはははは!)



 木々の上からそれを追っていた者が軽く舌打ちした時にはその黒い影は既にレスター領から姿を消していたのであった。



  ◇◆◇◆◇



「はぁ~~……儂。王様、辞めたい」

「「…………」」



 栄国フィルレイエスの王城、その謁見の間にて。


 玉座に腰掛けた草臥れた老人が発するその言葉に反応する者は居なかった。

 否、居ないのも当然。

 何故ならば、反応した瞬間にその老人の駄々を延々とこね続けられるからである。



「のう、ゼムノート」

「なんでしょうか、陛下」

「思えばお主との付き合いも長くなるのぉ~?」

「そうですな。思えば先王から陛下が玉座を引き継いでから五十年近くが経っておりますからな。思えば、当時は私めもまだ十五の若き文官でございましたな」

「そうじゃよなあ……儂って、もしかして有史以来。一番王位に就いて長いんじゃないの?」

「ええ。最高記録です。厳密に申せば未だに記録更新中ですが」



 暫しの沈黙が訪れる。



「儂さあ? もう齢七十を超えたんじゃけど? ねえ、人族の寿命が五十年ってんだから…かなり頑張ってる方じゃよね? ねえ、もういい加減辞めて残りの余生を楽しんじゃダメなの?」

「なりません。引き続き王座に陛下が鎮座して下さることこそ。我ら栄国の臣下一同。お呼び国の民達の願いでありますから」

「いや、もういいじゃん!頑張ったじゃん! ぶっちゃけ下手したら二世代分くらい頑張ったじゃん!? もう間もなく死んじゃうよ? ポックリ逝っちゃうよ?」

「いやいや。陛下の御身体には半分魔族の血が流れておるのですから…後、三十年は余裕でしょう」

「いや無理じゃって! そもそも儂、魔術どころか魔力も見えないのよ!?」



 ――ローブ十三世。


 五百余年続く栄国フィルレイエスの現国王。

 かのように後継者探しに苦労している老王である。

 これと言って後に名を残すような偉業などを成していないのだが、何故か民からの人気だけはあるのだ。


 チャモロ・エル・ローブ・フィルレイエス。

 彼は王族の一員にも関わらず、この魔法の恩恵ありきの世界で魔力を一切関知できず自身では扱うことも叶わない体質であった。

 だが、彼は堂々と臣下や国民にそのことについて公言した。

 恥ずかしいことなど何もない。


 寧ろ、ただの王族の一抹チャモロであった頃も現在も、彼は王様になどなりたくなかったのだから。


 先王のローブ十二世が先の内戦の際に心労で床に伏すようになってしまい、王位を維持するのが困難であるとし、先王の甥にあたるチャモロに白羽の矢が立った。


 だが、寧ろ清々しいほど貴族らしからぬ立ち振る舞いが好意的に受け止められ、逆に国民からの支持は篤くなり、現在に至るという皮肉。



「あ~あ…儂の四人の子も王位なんて御免だとばかりに、儂を見捨てて他国に根付きよって。何たる親不孝者じゃ」

「まあ、そこは私めも少し思うことはありますれども……王子や姫が他の属国との友好を深められた大きな起因になったのは事実かと」

「ふぅ~ん…」



 そんな場に伝令の兵が入場して恭しく膝を突いた。



「国王陛下に申し上げます! 栄国第二騎士団団長が参り、謁見の許可を求めております!」

「あ~そういや報告を受けておったのう。通してよいぞぉ」

「はっ!」

「……恐らくはレスター領についてのことでしょうな」

「ふぅ~ん…」



 何とか拗ねた老王の機嫌を取ろうとするフィルレイエスの宰相ゼムノートに同じくフィルレイエスの国王ローブ十三世は冷ややかな態度であった。



 数分後、謁見の間に強い魔力が通う特徴的な紅色の髪を靡かせる若き女騎士が入室を果たすと国王陛下の前で膝を突いて頭を垂れる。



「栄国第二騎士団団長。マイア・フィン・メイトリックス。面を上げよ」



 重々し気に口を開いた宰相の言葉でやっと女騎士が頭を上げる。



「――というわけじゃ。メイトリックス公爵、儂に代わって王位に就かない?」

「どういうわけですか、国王陛下?」



 流石にその発された言葉に、王が相手といえど反ずるを得ないだろう。



「いえ、国王陛下…そもそも私はまだ一介の騎士マイアにしか過ぎず。まだ母より家督を譲り受けてなどおりませぬ」

「そうは言うがな騎士マイア。もうお主くらいにしか頼めんのじゃよ? それに公爵家もまた王族の血筋。それ故、特に問題は生じぬであろ?」



 「またか」と騎士マイアが額に手をやって項垂れる姿を宰相やその他の臣下達が申し訳なさそうな眼で見やる。



「そんなことよりも国王陛下に伝えたき事がございまする」

「そ、そんなこと!? 王位についての割とマジな相談なんじゃけど?」

「左様。そのような些末な問題よりも、我が国の臣民に平穏をもたらすことへ目を向けるべきでしょうな」

「ぐぬぬ…お主ら…っ」



 老王が終始不機嫌であったが、宰相と騎士マイア。

 それと他の情報収集に当たっていた臣下達との間での擦り合わせが行われていく。


 無論、その議題はレスター領についてである。



「うむうむ。これで現レスター男爵領当主であるカスラド・フィン・レスターの度重なる栄国への不正の証拠が揃ったな」

「はっ。既にゴリ……コホン。栄国第一騎士団団長とその団員らが、不正に関わる法衣貴族を押さえ拘束しております」

「では、後はレスター領のボムデドールで好き勝手している男爵をひっ捕らえて刑場へと引っ張りだすだけですな! これで万事抜かり無しと!」

「…………」



 今回の騒動が大捕物になることを予感した若い武官がギラギラと目を光らせる。


 だが、その捕物劇の中心となるであろう女騎士は浮かない表情であった。



「どうした? 騎士マイア。何か懸念があるのならば、この場で申すのじゃ」

「…はい。レスター領にはもう少し様子を見たい場所がありまして」

「ほう。お主ほどの傑物が随分と慎重なことではないか? 聞かせよ」



 騎士マイアは語る。

 明らかにレスター領のとある森周辺に何故か集まる魔物。

 そして、半ばダンジョン化した恐ろしい森…。


 しかし、最も不可思議なのが。

 そんな魔境の中に村があり、その村人は健在で平然と森の外に出入りしているということを。



「話に聞いただけでは…とても信じられませんなあ」

「誠に。人型の魔物と見間違えたというのならまだ理解できるが…」



 俄かにざわつくその場で、それでも一切真剣な表情を変えぬ女騎士に再度、玉座から腰を上げた老王が問う。



「――その村の名は」



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魔力駄々洩れ転生者は穏やかに暮らしたい 森山沼島 @sanosuke0018

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