#8 ベネディクタの怪物
「ねぇ~ムッキムキのオジサン! コレってどう動かすの?」
「こらっジェニー!? 初対面で失礼だろうっ!」
「お前…大物過ぎるだろ」
商会から提供された最新技術を用いた魔具の頭を気安くペシペシと叩いて既に玩具としている三兄妹の末妹がはしゃぐ。
「ムッキムキ……わあ~はっはっはァ! そうかァ!俺っちはァムッキムキだろォ! そうだろォ!そうだろォ!!」
「余り会頭の身体を褒めないで下さい。暫く煩くなってしまうんですよ……。と、言ったところで私も会頭も魔具の使い方自体は知ってるんですが、魔力自体は扱えませんし……そうですね。ここはうちの商会の専属魔術師に話を聞いた方が良いかもしれませんね」
「えっ!? 魔術師がいるの!?」
ベネディクタの外を殆ど知らない村で唯一の魔術師?であるジェニーがやや困った顔をしたクラークの言葉に目をキラッキラに輝かせる。
「はい。双子の姉弟の魔女と魔法使いです」
「そういやァすっかり忘れてたなァ~…おぉィ! ヘイゼルゥ! ピスタチオォ! オメェらも出てきてピーチブット商会の恩人方に挨拶しねぇかァ!」
「「…………」」
直ぐ近くの小さな天幕に向ってブーティがそう叫んだ。
……が、返事がない。
ただのしかばねのようだ――並の反応の無さである。
「あァ? どうしたァ。さっさと――」
焦れた雇用主がその天幕へと近づいたその時だった。
「う゛……エロエロエロエロエロエロエォォォ~~」
「「…………」」
「ばっちぃ~…」
独特のあの酸っぱい臭気が天幕からフワリと漂う。
その場に居合わせた者が顔をやや青くして距離を取って避難する。
「……そういえば。昨夜は商会持ちだからと安エールをしこたま飲んでいましたね」
「ハァ~…あんなんで大丈夫なのかァ? 魔術役ってのもあるがァ、商会の護衛として雇ってんのによォ。こうも、マトモに人様の前に出てこられねェとなるとなァ」
「うう~ん。一応、ギルドの下馬評では、若手の中でそこそこの実力者とのことで私が雇い入れたのですが。ここまでの道中では魔物にも十分対処できていたもので…」
「はあ。その二人はどんな方なんです?」
「姉のヘイゼルはウィザード級の魔女。弟の魔法使いはコンジャラー級、と。しかし、私達も魔術師の階位にそう明るい訳ではないですから」
「そうだなァ。魔術師の階位はあくまで魔法の
クラークは「恐らくは」と肩を竦ませる。
魔術師の階位は全十階位ある。
魔力さえ認識できれば魔術を使えずとも名乗れるアプレンティス。
初歩の魔術を覚えることが出来るメイジ。
そこから少し毛の生えた程度のソーサラー。
魔術院ではこの辺からやっとこさ一端扱いされるコンジャラー。
中堅クラスのウィザード。
その上位であるハイウィザード。
主に一つの領域に特化した術師などに与えられるメイジマスター。
魔術の達人を意味するアデプト。
各国屈指の実力者を意味するゴエティック。
そして全魔術師の最高峰であるアークメイジ。
各魔術の難度にもこれらが使われているが、魔術に精通しない者にはピンとこないだろう。
「俺っちらァ取り敢えずもうここから引き揚げさせて貰うぜェ。急いで王都に帰らなきゃならねェ。今日、お前さん方に渡し切れない分は領主の街の貸倉庫にでも運んで置くからよォ。うちの商会のモンを何人かとクラークを残してっからよォ…そうだなァ。また一月後にでもここまで来てくれるかァ?」
「私達としてはこれで十二分過ぎるほどだが……貴方の誠意とやらを無下にする訳にもいかないな。わかった。一度、村の者とも相談するが、一月後にまたここへ顔を出すとしよう」
「コッチとしても今回は大いに助かったァ。態々、王都から出張ってきた甲斐があったぜェ。今後も引き続き俺っちらと付き合って欲しいなァ」
「ベネディクタの皆様にどうぞよろしくお伝え下さい。今後とも我らピーチブット商会と良き関係を続けて頂けましたら幸いです」
こうして二人の商人と二人の兄弟がガッシリと握手を交わす。
が、ブーティと握手したスミスは余程握力が強かったのか笑みを浮かべつつ顔が若干引き攣っていたが…。
◇◆◇◆◇
「……ホント、思わぬ収穫だったなァ。いや、
「ええ。本当に」
早速、魔法の荷車を玩具にして悪路でドリフトをキメさせる妹に向って悲鳴を上げる兄弟。
森に向って姿を消していくその三兄妹の後ろ姿を見送りながら王都の新興商会の会頭と補佐筆頭が言葉を漏らす。
「まァ、エルフ程度なら想定範囲ではあったがよォ。そもそもこのエルフの林檎は奴らにしか見つけられねェ代物だしなァ」
「しかし、会頭。よろしかったのですか? 彼らに忠告せずに帰してしまって…」
「……例のォ。王都に
「それも気に掛かるのですが……」
「あの二人かァ。……クラークよォ。昨日の夜、あの二人がしこたまエールを飲んだって話。ありゃあ…嘘だろォ?」
「…はい」
二人が渋面で見やったのは未だ顔を見せない双子魔術師の籠る天幕である。
「昨日まではまだ…森を目の前に若干怯えている程度だったんですが……」
「なあ、クラークよォ。昔、それこそ何度も一緒に高難度のダンジョンに潜って死に掛けたよなァ~」
「ええ。いま思い出しても…アレは辛かったですね」
「てっきり俺っちはよォ。レスター領のあの
ブーティがそう言って不機嫌な時以外には珍しく真剣な表情で再度、ベネディクタの森を振り向く。
付き合いの長いクラークはその様子にやや面食らったようだ。
「……“無知は罪だが、世界最大の幸福”だったかァ? どっかの偉い坊さんの言葉だったよなァ。魔術師と俺っち達じゃあ生きてる世界が違うからよォ。俺っちらには見えねェ
「それは、まさか…!?」
「“真の怪物は、怪物の姿などしていない”…同じ坊さんの言葉……意外と俺っちらの
「会頭。流石に冗談が過ぎますよ? ……あんなにも朴訥な若者がですか?」
大急ぎで片付けが進む最中で、暫く森をただ見やる二人の男。
「冗談だァ! 相変わらずクソ真面目だなァ、オメェはよォ? ……が、何かあるわなァ。……クラーク、王都からデーツの奴を呼び寄せて領主の街を見張らせろォ」
「では、あくまで表沙汰には支店の用心棒ということで…よろしいですか?」
「あァ。どうにもあのレスター男爵はきな臭ぇからなァ…あの別嬪だがおっかねぇ第二騎士団長が流石に今回ばかりは国王陛下に報告すんだろォ。こりゃ近い内にレスター領で一波乱起きそうだぜェ」
「そうですね。それが最善でしょう」
そんな二人からやや離れた小さな天幕からガタガタと震える手でそっと捲って外の様子を伺う青年の姿があった。
その顔はまるで死人のように青白く、このままでは身体中の水分が抜け切ってしまうのではないかと思えるような大量の汗が今なお吹き出て止まらなかった。
クラークが商会に雇い入れた魔術師の片割れであるピスタチオであった。
「は、離れていったみたいだ……た、たた助かった…っ!」
目の端から涙か汗か最早判らないものを流しながらその青年が蹲って普段信仰なんてしたことも無い女神に感謝の祈りを捧げる。
「…姉さん生きてるか?」
「ぴ、ぴすた――う゛っ…」
狭い天幕内で繰り返される、普段は気丈に振る舞う姉の惨劇を目の当たりに「……まだ、生きてるね」と弟が目を逸らした。
「しかし何だったんだ…? 何であんな悍ましい者が存在しうるっていうんだ。魔術院が隠匿していたのか…!? 理解できない…俺には何も判らないが…あんなのが本当に存在していたのなら……――そうか、ギルドで連日耳にした噂は本当だったのか」
ピスタチオは腰が抜けてしまって覚束ない脚を叩いて活を入れると、何とか天幕の裾を引っ張って立ち上がるが――途端に酷い眩暈に襲われ、景色がいやに幻想的な虹色となる。
それでも、彼はまるで重度の魔力中毒の症状だと冷静に分析していた。
主に内在魔力量の少ないものが自身の階位に見合わぬほどの魔術などを使った時に起こる現象。
体内の魔力器官に平時を超える魔力が入り込んだ時に陥る魔力を介した中毒症状である。
だが、こんな経験は彼も恐らくその姉ですら初めての経験であったのだろう。
身動きできず、ろくに呼吸すらもできなくなる上に圧倒的な魔力差で体内に侵入してきた他者の魔力に内側から魔力器官をグチャグチャに蹂躙されるようなものだった。
双子の魔術師は暫くマトモに魔術が使えないだろう。
これは魔術を生業とする者にとっては間接的な死――絶対の恐怖である。
「は…はは…っ。そりゃあこのレスター領から魔術師が居なくなるわけだ。皆逃げ出したんだ。……あの――
肉体と精神の限界を超えてしまった青年は今度こそ完全に昏睡してしまい、天幕の外へと飛び出すように倒れた。
それを見た商会の会頭と補佐筆頭が急いで駆け付けたことで、彼ら姉妹が大事になることはなかったという。
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