#7 パワーフルーツ



「…パワーフルーツ、ですか?」

「あァそうだよォ」

「それは王都やギルド界隈での大まかな呼称でして…」



 圧が強過ぎる自称商人の筋肉男からの突発クエスチョンにその横に居た苦労人オーラ全開のクラークが慌てて補足する。



「正確には果実や木の実に酷似したダンジョン産の魔法植物と言ったところでしょうか。様々な種類が確認されているんですが…多くは木の枝に成る果実だったり、地表に実ったメロンのようなものが多いですね」

(…メロンねえ? まあ、ベネディクタの森で見掛けたことはないけど。僕が街で見たのは叩き売りされていたカボチャみたいに皮の厚い瓢箪みたいなヤツだったっけ)



 ベネットは一瞬前世で口にしたマスクメロンを思い浮かべる。


 だが、この世界で偶然街先で口に出来たメロンとは雲泥の差であっただろう。

 因みに、ベネット曰く、野生瓜の身は種だらけでその身の味はスイカの皮みたいだったそうだ。



「まァ、その手の話は俺っちが冒険者してる遥か昔からあるんだがよォ。ダンジョン以外でも極稀に見つかるって話だがァ…とんと人気の無い場所で夜の朽木に一個だけ実が生ってだの、もぎ取ろうとした途端に消えちまうだのなァ。どうにも眉唾もんの逸話ばかりの難物よォ」

「ですが非常に需要と人気が高い品ではあるんです。その効能も様々でして。中には王族が挙って奪い合うほどの代物もあるんですよ。ただ、その場から持ち出すと途端に鮮度が落ちてしまうものが大半なんです。半日で腐ってしまうものすらありまして。王都の市場でも滅多に出回りませんね。それに、実際に偽物も多いんですよ…」

「はあ…」



 この魔法という奇跡が常に存在する世界ならば、そのような不思議な事も多くあるのだろうと主に応対するスミスとベネットは「はーそうなんですかー」という無知蒙昧な者特有のリアクションしかとれない。



「だ・が……だなァ。そんな代物を俺っち達は直に拝める機会に恵まれてよォ」

「ここ最近、王都にそのパワーフルーツが幾つか持ち込まれているんですよ。それも恐らく最上級・・・の代物か、下手をすれば特級・・のものが。先日、現実にそれらの一部がギルド上層経由で国王陛下に献上されましたからね。それはもう騒ぎになりました。ギルドでも一つですが、厳重に魔術で保護された上で展示されていますから」

「それで…そのパワーフルーツとやらが、……私達の暮らすベネディクタにあると?」

「あくまでも噂、なんだがなァ~」



 この世界ではあらゆる物事…例えばアイテムの品質・冒険者としての格・魔物の難度などを等級ランクでカテゴライズしている。


 ――最下級。

 全く以て価値が無い、つまり、実質ウンコである。

 ――下級。

 酷く品質が劣る、需要が少ない、魔物ならばまだ雑魚レベル。

 ――並級。

 ごくありふれた品質と価値、魔物ならば一般人は逃げるべき。

 ――中級。

 安定した品質で普遍的な需要、魔物ならば一端の兵役か冒険者が必要。

 ――上級。

 優れた品質と高い需要、魔物ならばギルド単位で動く必要も生じる。

 ――最上級。

 極めて高い希少価値、魔物ならば相当な脅威で被害甚大、国が動く。

 ――特級。

 もはや伝説の領域。その価値や脅威度は未知数。

 

 大雑把なとこでこんな感じだろう。


 例として、その辺に転がってる石コロ。

 分類するなら下級だろう。

 つまり、最下級なぞはその石コロ以下となるので、あるだけ害悪という見方の方が正しいのかもしれないがね。



 徐々に顔面を近づけて再度圧を掛け始める筋肉商人もといブーティに「パワーフルーツと言われもなあ…」と三兄妹がウンウンと唸っていた時だった――



 ベネットの頭上に豆電球がピコンと点灯する様を幻視する。



「果実って言っても…パッと思いつくのなんてコレくらいのものしか――」

「「……そ、それだあああああああああああっ!?」」

「ひぃ!?」



 垂れ下がった上着のポケットからベネットが取り出して見せた果実を見て数秒間時が停まったかのように呆けていたブーティとクラークが鬼気迫る表情で飛び付いた。


 否、ベネットを襲った。



「クラークゥ!?」

「…ええ、ええっ! 私達が見たものと同じものです。……外界に持ち出してなお全く劣化する様子もなさそうですし。間違いないでしょう!」

「頼むゥ!コレを俺っちらに売ってくれェ!! ぶっちゃけそう簡単に値が付けられるブツじゃあねぇんだがァ…だから、今回はあくまで物々交換ってことにしてくれたらよォコッチから出し足りねえ分は誠心誠意ィ!後で必ず埋め合わせすっからよォ!?」

「アッハイ」


 むくつけき漢共に迫られたベネットは身の危険から逃れる為に咄嗟に隣人から貰った果実を手放してしまった。

 

 その言葉を聞いて目を光らせた二人はベネットの手から果実をもぎ取って大声で万歳三唱している。


 大のオッサン二人が物凄い喜び様である。


「会頭! やりましたね!? あの“エルフの林檎”を二つ・・も手に入れることができるとは…」

「おうともよォ! これさえあれば王都のいけ好かねぇ連中を黙らせられらァ!」

「そこまで喜ばれるとはな……王都ではこのような新鮮な青果は手に入らないのだろうか? だとすれば、少し不憫ではあるな」

「いや、兄貴。それはちょっと違うような気が…」



 朴訥なスミスをベネットがやや呆れた顔をして見やる。



「それにしてもあんな二個だけであそこまで騒ぐなんて、都の人は変わってるんだねぇ~? アタシ達なんてついさっき食べたば――ムグッ」

「「黙っとけ」」



 これ以上のゴタゴタに巻き込まれたくない兄弟はまた妹の軽口を左右から塞ぐ。


「おっとォ…――一応、聞いておくがよォ。……お前さん方、コレはどうやって手に入れたんだァ?」

「「…………」」



 その質問に三兄妹は揃って焦りもせず、かといって憤ることもなく。

 ただ、沈黙を貫く。



 ベネディクタに生きる者に隣人仲間を売るような者は居ないからだ。



「会頭」

「わかってるよォ。まあ、聞くだけ野暮ってもんだよなァ。この辺は亜人族――エルフ・・・の自治領にも近ぇしよォ……この世の中ァ、色々と訳アリってのはお互い様だもんなァ~」



 沈黙を以って肯定する三兄妹にブーティが肩を竦めてニヤリと笑う。



「さあてェ!ピーチブット商会の大恩人に報いなきゃ俺っちらの名が廃るってモンだァ!! さあさあ何が欲しいんだ言ってみなァ? コッチは金と命以外のモンなら何でも出してやらァ!!」


 仕切り直しとばかりにブーティが自慢の筋肉に血潮を漲らせながら謎のポージングをキメて大声で見栄を切る。


「…兄貴?」

「あ~と…コチラとしては塩と穀物があれば助かるんだが?」

「あン? そんなんで良いのかァ? おう、オメェら! あるだけの塩と穀類をぜぇーんぶ持ってこぉーい!!」

「「へいっ!」」

「いやいや!? それは(たった果実二つで)流石に貰い過ぎになる――」

「足りねェ!足りねェ! 全く足りやしねェ! この漢ブーティはそこいらの金儲けだけしか考えてねぇ商人共たァ訳が違うんだァ! ケチな真似なんてできるかよォ!!」

「「えぇ~…」」



 こうしてピーチブット商会の仮倉庫から山のような塩と玉蜀黍トウモロコシの粉や小麦粉に大麦、それに村にとっては希少な薬を三兄妹は押し付けられてしまう。


 ――だが。


「ああぁ…」

「まあ、普通に無理だよね」

「あ~あ。お兄達、村の爺婆達に怒られちゃうよぉ~」



 エンヤコラと商会の人足によって大量の物資が積み込まれた荷車は見事に潰れて長き役目を終えた…合掌。



「おうおう何でェ。本当にそのオンボロで村まで運ぼうとしてたのかよォ」

「か、会頭…失礼ですよ。うちの者が荷車を壊してしまいすみませんでした。ですから、代わりにコチラをお使い下さいませんか?」

「…はい?」



 暫くその場から天幕へと引っ込んでいたブーティとクラークが戻って来ると、その背後から三大の荷車が曳かれてやって来たではないか。


 それも、ベネット達のものより二回りは大きくて頑丈だ。

 何とか森の狭い小径も通り抜けられそうだ。



「立派な荷車だなあ!? …って何ですかそれ。人形…ですか?」

「はい。このような魔具は御存知でしたか? 我がピーチブット商会も開発に一枚噛んでいる魔法の無人荷車です」



 その荷車を曳いてきたのは、なんと人型の木偶であった。


 顔には無機質な☻が掘り込まれていてるのだが、それが何とも物悲しい。



「王都は万年人手不足でよォ。足りない労働力をコレで補おうって腹積もりなのさァ」

「ゴーレム…と呼べるほど立派なものではないんですがね。現段階ではまだ試作で、単純な命令しか実行できませんし。ですが、単純に人族の三倍の膂力を出力できます。この人形の背中の魔力電池バッテリーから魔力を充填すれば最大半日ほど稼働できるはずです。そちらのジェニーさんが魔術、魔力を扱えるならばということになりまして…」

「アハハ!変なのぉ~! どうやって動いてるのかなぁ~?」

「そんな貴重な品を三台も…! ありがたい! しかし、バッテリー…とは? 全く無知で申し訳ない。村には魔具などありもしませんので」

「兄貴。魔力を溜めておく容器みたいなもんだと思えばいいよ」

「ほほう。意外とベネット殿は博識でいらっしゃるようですね? この魔具機工は王都で開発されてまだ真新しいもののはずですが…」

「(あ。ヤバイ…つい前世の記憶繋がりで)あ…アハハ…僕もちょっと村に来てるハーフリングの行商人さんから聞いただけでして?」



 何とか誤魔化そうとして愛想笑いするベネットだったが――


 その一言でブーティ達の目が一瞬だがスッと細くなっていた事に気付くことはなかった。



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