#6 テッカテカの筋肉モリモリマッチョマン



「何だか随分と人が多いような…」



 ケットシーの小間物商ソガラムに連れられてベネット達が物見櫓の下まで足を運ぶ。


 物見櫓は高さ十メートルほどの木造の建造物だ。

 件の男爵が人材費をケチってはいるが、それでも常に五人以上の領兵が詰めている。


 だが、街の安寧の為に危険な魔物がうろつくベネディクタの森近くで働く彼らに男爵家の者が報いることなど殆ど無いと言っていいほど放任されていた。

 生活物資などの入手経路も殆どをソガラムのような善意ある街の商人が賄っているようなものだったりする。

 無論、従事する領兵に不満を感じるないわけがないのだが、そこは自分達の家族の為、ひいては自らが生まれ育ったレスター領の為にと耐えているわけだ。


 常に魔物の襲来に備え、直ぐにその場から離脱できるようにと理由をこじ付け領兵宿舎も簡素である。

 まあ、バラック小屋に近しい造りのようなものであろうか。

 そもそもその建材の調達すらマトモに男爵が動いているわけではないのだ、無理もない。

 それに加えて交代要員を運ぶ馬車や行商人、時には男達を慰める女商売の者が留まる為の追加の小屋とテントが幾つか建てられ、木の柵で囲った程度の要塞とは呼べぬ野営地だった。



 だが、ベネット達が前に訪れた時よりも随分と柵は丈夫に、より高く補強されていた。


 それと、居並ぶ大型天幕や馬車の数は常時の数倍であった為、三兄妹にとっては最早別の場所に来てしまったような心持ちである。


 すれ違う者達が皆して「本当に森から人が出て来た」などと呟き、囁き合う様を見てやたら居心地が悪い。



「驚いたでしょうや。殆どがその王都の商会のもんなんですぜ。王都は景気が良いようで羨ましい限り――っと、いたいた。おーい!クラークの旦那ぁ!」


 ソガラムがテントの間を行き来する者の中に目的の人物を見つけたのか、声を掛ける。


「やあ、ソガラムさん。どうしましたか。…おや? もしや、そちらの方達ですか?」

「そうですぜ。会頭さんはどちらに? オイラがひとっ走り行って呼んできやしょう」

「それはありがとうございます。会頭ならば奥の赤いテントの中ですよ」

「承知しやした。じゃあ、また後でな」


 そう言って、ソガラムはタタタッと三兄弟から離れて行ってしまう。

 ジェニーが名残り惜しそうにその後を追おうとするも、兄二人に止められた。


「はじめまして。私はクラークと申します。王都に本店を持つピーチブット商会の補佐統括をしております」

「これはご丁寧に。私はスミスという者です。若輩者ながらベネディクタの村長をやらせて貰ってます。コッチは私の弟と妹です」

「…どうも」

(統括ってことは結構偉い人じゃあないのかな? この世界のやり手商人はやたらえばってるイメージがあったけど。それにしては随分と腰の低い人だな…)



 初対面の二人がペコペコと頭を下げて挨拶を交わす。

 スミスから流れで紹介されたベネットもまた軽く頭を下げる。


 ただ、ベネットの印象としては目の前の男は物腰丁寧な口調と雰囲気ながら、どうにも商人というよりは冒険者といった感じだった。


 長身細身ながら体格自体は良く、身に着けているのも厚手の革鎧にプレートで補強が入ったものだし、腰には兄の安物とは比べるまでもない業物であろう長剣を佩いている。


「あのぅ…つかぬ事をお聞きしますが、ご体調はその…大丈夫ですか?」


 つい気になってベネットが尋ねた。


 その男の顔色は何故か非常に悪かったからである。

 土気色をした面長な顔にある目の下には深い隈が鱗のように張り付いている。


「あっはっは。お気になさらずに。素でこの顔色でして。会頭からは客商売じゃ相手を心配させてしまうから問題があるなどと常に小言を貰っておりますが…」


 クラークという男がはにかんだようにニッコリと笑って見せる。

 全く安心できないが、少なくとも瀕死状態ではないようだ。


「おっと、会頭が来られたみたいですね」



 背後を見やるクラークに釣られて三兄妹が目を向けた。



「すまねえ! 待たせちまったなァ!」



 そこにはやや困った顔のソガラムを供に現れた――


 テッカテカの筋肉モリモリマッチョマンがいた。



「「…………」」

(うわぁ~…初めて見るタイプの人だなあ)


 ベネットは心の中で頭を抱えていたが、その兄と妹も彼とそう変わらない心境だったらしく無言で半歩後退っていた。


「ちょっと待ちなァ。俺っちは別に怪しいもんじゃねェ」

「いやいや、それは流石に無理が――もがっ」


 素でツッコミ掛けたジェニーの口が左右から塞がれる。


 だが、確かに残りの兄弟も内心は、貴方は何故上半身裸なのか? という疑問や、何故全身油塗れでテッカテカであるのか? という疑問を口にしたい気持ちで一杯だった。


「…ああァ! コレは香油だよォお嬢ちゃん。俺っちは昔から虫によく刺されっから虫除けの効果があるヤツを塗してんのさァ。この辺は王都よりも緑が多くて良い場所なんだがよォ」


 

 恐らく、何故か悪意を全く感じさせないこの壮年の筋肉男以外の口から聴いたのならば皮肉にしか聞こえなかったであろう。


 ここフィルレイエスは確かに他国と比べても樹木が多い土地である。

 特にベネット達が暮らすレスター領はその傾向が顕著であり、王命により開拓が開始されて二百年近く経った現在においてもその八割が未だ未開拓の森と山野が占める。



「実は王都にいる俺っちの娘が手ずから調合してくれた――」

「会頭…」

「お? おおぅいけねえなァ。つい、いつもの癖で余計な事ばかり…悪かったなァ。改めて俺っちはブーティ・ピーチブットっていう冒険者あがりの商人よォ。一応は王都で興したピーチブット商会の頭をやってるもんだ」

(家名持ちは……確か、上級市民みたいなもんだっけ。相当な大店だな)



 この世界で家名を持つ者は基本は貴族籍――つまり貴族としての爵位、最低でも騎士爵を得るか、世襲騎士の家に生まれる者が名乗る事を許されている。

 その際は貴族の指標としてフィンが用いられる。

 が、このピーチブットのような者は非貴族でありながら家名を持つ者達も多数存在する。

 大概が国の有力者であったり、国に多大な貢献をした者達に与えられるものだ。


 無論、国から家名を持たぬ平民よりも手厚く扱われることになる。


「まあ、なんだなァ。ここ最近王都で流行ってる噂話に乗じてよォ。お前さん方に聞きたい事があってここで待たせて貰ってたって訳だ。いや違うなァ、ぶっちゃけ商談だなァ。場合によっちゃあ俺っちはこのレスター領に支店を構える腹積もりでねェ」


 不敵にニゴリと笑う剛の商人がこれ見よがしに披露する筋肉にググっと力が籠められる。


 それにしても圧が強い男である。

 

「商談…ですか。それは私達の村にっとては恐縮の至り。ですが、残念ながら私共の村には王都の大商人様が欲するほどの――それほど珍しい交易品など直ぐには思い付かぬのですが……」


 そう苦笑いで答えるスミスとベネットの視線が一瞬交差する。


 ――いや、実はある。


 だが、現時点では特産品にするには生産性が不安定で機密性も高い。

 おいそれと外部へとその情報を漏らすことは、村人達が相談したハーフリングの行商人からも強く止めるように言われていたのである。

 下手をすればその産業を盗み出そうとする輩が村を狙うやもしれない、と。

 その第一候補が言うまでもなく自領の強欲領主であるわけだが。



「実は探し物をしてるんだァ。もしかしたら、お前さん方の住むあのベネディクタの森に実が生る・・・・かもしれねぇのよォ…」

「実が生る? もしや、木の実や薬草の類でしょうか?」



 思わぬ問い掛けに対応していたスミスの額に皺が寄る。


 だが、それに構わず筋肉商人がムッキリと腕を内側へと折り曲げ、太い両の指で輪っかを作ってみせる。



「なァ。…パワーフルーツ・・・・・・・って知ってるかい?」

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