#5 小間物商ソガラム



「わぁ~い!」

「おいおい…アレでも十五か」

「兄貴そう言ってやるなって。滅多に森の外に出られないんだからさあ」



 やっと森と外の世界との境界線が三兄妹の視界に入ると、元気を持て余したジェニーが先頭を行くスミスの横をすり抜けて駆けていく。


 それを眺めつつ、やれやれとその背中を追うスミスとベネット。


 一番乗りで森の外へと飛び出したジェニーの姿が陽の光の中に消えた、その時だった――


「ちょっとなにこれぇー!?」

「どうしたっ!」



 その素っ頓狂な声に二人は慌てて歩速を早めた。



「…ねえ、兄貴」

「何だ、コレは?」


 妹を追って森の外へ出た兄弟は暫し立ち呆けていた。


 何故ならレスター領の街から森の出入り口まで続く舗装疎らの街道。


 三兄妹の真正面にデンと大きな数本の杭が打ち立てられており、その杭に括り付けられている木の合板にはデカデカとした文字で『ここよりは魔境なり、命惜しければ立ち入るべからず』と書いてあったのである。


 無論、前にベネット達が森を出た時にはこんなものはありなどもしなかった。


 出入り口から回り込んでその看板を見上げる憮然とした顔の三兄妹。


「ねえ、スミス兄。これってアタシ達への嫌がらせだよね? …取り敢えず燃やしていい?」

「……止めろ。だが、こんなことをされては益々俺達の村は孤立してしまうではないか。確かに、森の周辺に魔物は多いが。ここまで露骨な真似は…流石に酷いだろう」

「………っ。どうにも、危険告知だけじゃないみたいだよ」


 ベネットが気付いて指を差す。


 それに釣られてスミスとジェニーが改めて周囲を伺えば、アチコチに同じく杭で間に合わせに拵えたであろう槍衾ウッドスパイクがズラリと設置されていたのである。



 ベネディクタは何時から野戦場と化したのであろうか?



 そして、そのどれもが切っ先をへと向けていた。


「コレって前からあったの?」

「いいや。流石に無かったよこんなの。そりゃあこの先の物見櫓の所には、森から魔物が出てきてもある程度足止めできるように似たものはあったけどさ…」

「こうしていても仕方ない。先ずは物見櫓まで行って話を聞いてみるか」

「そうだね」



 三兄妹は周囲の障害物を何とか掻い潜りながら道の先へと歩を進める。



「おぉ~~い!」



 そこへ物見櫓の方から何者かの声が聞こえ、三兄妹の方へと駆けてくるではないか。


 だが、三兄妹は特に警戒する様子もなく、笑顔で手を振り返す。



「お~い! ソガラム!」


 そう名を呼ばれた者の足が速いのか、直ぐに三兄妹のもとへ辿り着いた。


 だが、開口一番――



「うわあああ!? 久し振りだねぇ!さあぁ~んっ!!」

「うわっぷ」



 ジェニーに捕獲され抱き締められる。



「ちょいちょい。お嬢さん、止めておくんなせぇ。こんな見てくれでもオイラは結構いい歳のオッサンなんですぜ? ……あとオイラの腹に顔を突っ込んで、その、吸うのは勘弁して。立派なハラスメント案件ですぜ」

「おい、ジェニー! 毎度、毎度失礼だぞ! …すまんな、ソガラム」

「いい加減放せよ、この馬鹿!」



 スミスとベネットの手によって無事ジェニーの腕から解放されたソガラム。

 

 レスター領の小間物商ギルドに所属する行商人だ。


 面倒見が良い男で、主に領主の街であるボムデドールとベネディクタ近辺を見張る為に数年前に建造された物見櫓を行き来している。

 ベネット達が最も交易する相手で、付き合いもそれなりに長くなった。


 ただ、そんな彼にジェニーがかくも夢中になり、魅せられるのか?


 それは、彼が商売意欲旺盛で好奇心の強いケットシーと呼ばれる猫の姿をした獣族だからである。


 見た目は完全に二足歩行する猫である。

 サイズは街中で見掛ける野良よりも二回りほど大きいが、それでもジェニーの背の半分程度しかない。


 狭い額に小さな羽根帽子を乗せ、羊毛のベストにケットシーの富の象徴ステータスかつ自慢のブーツを履き、小間物商人の証明でもある浅葱色に染めたたすき(サッシュ)を身に着けている。


 ぶっちゃけ、猫である彼の方が森の村出身の三兄弟よりも格段にファッションが洗練されていた。


 彼の実年齢は不明だが、彼には同じく猫の獣人であるフェルプールの嫁がいる。


 獣族には主に獣人と賢獣の二つに分類される。

 獣としての要素を持ちながら人間に近い体格・容姿をしている者を獣人。

 見た目は獣同然だが、賢く理知的で友好を結ぶことが可能な種族を賢獣と呼称する。


 ソガラムは後者で、彼の嫁とやらは前者なのだろう。



「しっかし、アンタらの村が無事なようでオイラも安心しましたぜ」

「それだ。この異様さは……一体何があったんだ?」

「そうかアンタらは知らねえのかい。じゃあ、あのデカブツは森の浅いとこでウロウロしてただけってことなのかね? いや、そんな事よりもだ。実は三日前にこの森からサイクロップスって名前らしいとんでもねえ化け物が現れやがったんですぜ!」

「「サイクロップス!?」」

「え? なにそれ?」


 ジェニーだけは名前だけでは魔物の姿が連想できないようで眉を顰めている。

 因みに、ベネットも単に前世の記憶にあるゲームなどの知識からその姿を想像しただけだったが。


「俺も噂に聞いただけだがな。恐ろしい一つ目の巨人らしいぞ」

「おうとも!オイラは目の前で騎士様達の戦いを見てたんですがね~。そりゃあ小さな山くらいにゃあドデカイ怪物だったんでさぁ! オイラは只々腰を抜かして震えちまって…」


 ソガラムの言葉はやや大げさだが、この世界にはかつて神々の天地創造の仕事を手伝うべく使役されていた巨人達が存在していた。

 それこそ山の峰よりも巨大で雲よりも高い位置に頭が届く者すらいたという。

 だが、一部の粗野で愚鈍な巨人は好き勝手した挙句に神の世界には帰らず、地上へ居座ったのである。


 この子孫が現在残る巨人族とその成れの果てサイクロップス他だ。


「なるほど。それでこの物々しさという訳か…」

「で。その騎士様とやらは戦って勝ったの?」

「そりゃあ見事に討ち取っていましたぜ! いやあ~あんな強い人族もいるもんなんだなあって思いやしたね…」

「えぇ~。アタシも見たかったなあ~……あ!そのサイコロとかっていう魔物の死体とか残ってないの?」

「サイクロップス、な」

「いんや。残念ながら何も残っていやしないですぜ? デカイ魔物の死骸はまた別の魔物を呼ぶんだって言ってなあ。討ち取った直ぐ様に解体バラして持ってっちまいやしたよ」

「なぁ~んだ…残念」

(そうか…死体だったら、僕も見れるもんなら一度くらい見たかったなぁ)



 何処か世間からズレている兄妹は至極真面目な顔で残念がる。

 呑気か。


 その様を見ていた長兄が思わず額に手をやる。



「そんな騒ぎがあったとは露知らず。それでは少なからず街の方も混乱しているだろう?」

「…いやいや。今の御領主様はこの民草の一大事に全く御関心あらぬ御様子ですぜ? オイラ達も流石に溜め息が出ますぜ」

「ふぅむ。やはり、村で何が起こったとて。今の男爵からの援助に期待するなど到底無理か」

「ま。いつかアイツらにはバチが当たりやすぜ? あの騎士様達もおっかねえ顔してなさってたしねえ。…と、それは置いといて。今日は何を持ってこられたんで?」

「ああ…そうだな。おっと! 実はな――」


 渋い顔で何やら考えていたスミスが思考を切り替え、やや得意気な顔でベネットの曳いていた荷車を見やった。


 先程、隣人から譲って貰ったエンマクジャクである。


「ほお!? こりゃあ上玉だ! だが、オイラの持ってる商品との交換だと取り過ぎになっちまっていけねえなあ…」

「いや、いつも世話になっているからな。多少そちらが得をしたって良いだろう。それとも今回は品薄か?」

「実は、その騎士団相手になんだかんだで結構売っちまってるんでさ。…いや、そうか? 交換なら多分、問題ないですぜ。今回はアンタらを待ってるお客・・がいるんだった」

「……客?」



 三兄妹はソガラムからの思わぬ言葉に顔を見合わせる。



「ええ。何でも王都で商売をなさってる御仁でね。きっと悪い話にならねえはずですぜ。悪ぃが、ちょっと顔合わせに付き合って貰いやせんか?」

「ソガラムからの頼みだ。断れんさ」

「ありがてぇ。それじゃ案内しやすぜ」



 三兄妹は商人猫に連れられて物見櫓の方へと向かうのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る