#3 栄国第二騎士団 その1



「……団長」

「なんだ? ローランド」

「どうしましょう? この・・状況……」

「最早、どうもこうもないだろう」



 ベネット達三兄弟が村を出やる三日前まで時は遡る。



 そこには目の前の森を見やる二人の麗しい女騎士の姿があった。


 栄えある王国フィルレイエス――故に、栄国。


 まあ、その栄光も五百年ほど昔に圧倒的な魔術によって他種族を圧倒せしめた魔族の女王率いる女王国メイガスに首を垂れて絶対忠誠を誓い、属国となる懸命な判断をした偉大なる初代国王ローブ一世によって手に入れることが叶ったものだ。


 現在時は流れて、現国王がローブ十三世。

 栄国の君主に絶対の忠誠を誓う頼もしき騎士達こそが、栄国騎士団だ。


 その栄国第二騎士団団長。

 マイア・フィン・メイトリックス。

 彼女は齢十八という若さで栄えある騎士団の長となった傑物である。


 そして、その隣の栄国第二騎士団副長。

 長身の凛々しきアーサー・ローランドの姿がある。

 この世界においては、乙女としてやや結婚相手に焦る二十一歳。

 

 勇ましい名だが、彼女もまた団長メイトリックスと同じく女騎士である。



 だが、そんな華のある両名の器量がやや翳るほど、メイトリックスとローランドは呆然と立ち尽くす他なかった。



「まさか半ばダンジョン化しているとは――な…」

「普通はダンジョンなんて発見されたら喜ぶべきなんでしょうかね?」

「…場合によるな。ただ、今回に限っては最悪だな」


 栄国の安寧の為、各領に遠征を行っている第二騎士団はここ数年で爆発的に魔物の出没が増えているレスター領の調査にこの地を訪れていた。


 因みにダンジョンとは、言わば土地自体の魔物化だ。

 洞窟や森や山の外界から遮断された場所に吹き溜まった魔力によって自然発生する魔法・・である。


 ダンジョンはその地形を歪めて迷宮と化し、新たな魔物を産む巣窟に成り得る。

 しかし、恐るべき魔境であると同時に、希少なダンジョン産の物資を手に入れる機会を人間に与えることで迷宮の中へと誘おうとする魔性だ。


 彼女らの視界の隅で団員である騎士達が並んで待機し、中には森の周辺を見て様子を伺う者もいた。


 だが、一番に目に入るのは彼女らと森との間で身体に巻き付けたロープを腕と手先で捌く騎士達だろう。


 そのロープは魔法の品で、扱う者の魔力を消費する事で十倍にも百倍にも延長することができる。

 危険な場所での探索には必須のマストアイテムの一つだ。


 現在、三名の団員が腰にロープを結わえて目の前の恐るべき森の闇に斥候として駆り出されていた。

 ロープが必要なのは、ダンジョンは一度入ってしまうと新たな出入り口を発見するまで脱出できなくなることがあり、それを防ぐ為の措置であった。


「それにしてもあの男爵ブタめ、とぼけおって。栄国への度重なる不正の疑いだけでも腹立たしいのに…このような鬼気迫る現状を十年以上も放置していたとはな。次に顔を合せた時にあの境目の見えない首を絞め上げてやる」

「ここまでの道中でも結構ヤバイのと出くわしましたもんね。領民は悲惨でしょう。現レスター男爵家当主は、良き先代に比べて税だけは上げ、内政は疎かにしているのは判り切っていますし…」

「全くだな。……ところで改めて尋ねたいんだが。本当にこんな場所に人間が住んでいるのか? 確かに村があることは既に確認済みだが、とうに全滅してしまっているのではないか…」


 団長が背後を見やって問い掛ける。


「い、いえっ!? それが…その、騎士様。月に一度は顔を無事に見せるんでさあ。そりゃあオイラ達も不思議に思いますがねぇ。村の衆の目的は主に食料品や嗜好品との物々交換でして、オイラが出張ってるあの物見櫓の詰め所か…時々、領主の街ボムデドールまで足を運ぶこともありやすよ? よく、オイラのロバ車に相乗りさせやすから」

「本当か? ……とてもじゃないが、信じられんな」

「私達でもこれだけ魔物が跋扈するこの森で三日も留まって過ごせれば勲章ものですよ…」


 どうにも嘘を吐くメリットの無い小間物商の言葉を聞いて二人は戦慄する。


「はあ…この分だと国王陛下の領分を超える事態になるやもしれん。だとすれば、へと報告しなければならない。…憂鬱だ」

「メイガスにですか? ですが、団長の生家や御本家の在所でしょうに」

「だ・か・ら・だ! ……早く婿を取って身を固めろと親族連中が煩いのだ。どうせ“青い血貴族”の端くれだの、義務だので魔族の男を紹介されるに決まってる。確かに、私は魔族の父の血を引くが、あくまでこの身は母と同じ人族。どうせ生まれる子も人族なのだし。それに、私は自分よりも強い男じゃなきゃダメなんだよ」

「…なにを贅沢な。私なんて遠征でアチコチ引っ張り回されている間に二十を過ぎてんですよ? そもそも、魔術に長けど、やんごとなき魔族の男性で団長の腕っぷしに並ぶ方など――ああ、パーシヴァル殿下とか?」

「はあ? 武人としては一目置かないでもないが。メイガス女王の御子であれ、あんな女好きな御仁は嫌だぞ」


 

 力自慢のゴロツキも裸足で逃げ出すの剛の女である二人だが。

 その内心は、歴史に名を残すような大騎士になるよりも可愛いお嫁さんになりたいと願い。

 片や、その生まれつき強い魔力を帯びた紅色の長い髪を好いた男から『君の髪、まるで砂糖菓子のように煌めいているね』と意味不明な誉め言葉を囁かれたい乙女であった。



「メイトリックス団長っ!」

「んっ」

「何か、動きがあったようですね…」


 前方の団員が叫ぶ。


 森へと続くロープが数度クイックイッと引かれたのを合図に部下の騎士達が集まり、物凄い勢いで三本のロープを巻き上げていく。


「この感じは……魔物か…。どう思う?」

「団長ほど魔力視は鍛えてないんですが、恐らくは」

「ひっ…お、オイラはこの辺で失礼させて頂きますよォっ!?」


 同行していた小間物商が大慌てで逃げ出す。


 それから間もなく空間が歪むようにして森の奥から三人の団員が姿を現す。

 手繰り寄せられるロープに半ば引き摺られるようになりながらも、必死の形相でこちらへと向かってくるではないか。


「何があったァー!」

「……きょ……ん…きょ…っ…!!」

「「…きょ?」」


 息を切らせながら喘ぐように何かを叫んでいる。

 だが、距離もあってかメイトリックスも他の団員も上手く聞き取ることができないでいた。


「団長。もしかしてキョンでは?」

「キョン? ローランド、何だそれは?」



 キョン。

 それはシカ科ホエジカ属に分類されるシカの一種。

 見た目は小型の鹿といった感じで愛らしい。

 が、昨今のニュース番組で見掛ける次第ではこのキョンによる農作物被害が深刻化している。

 因みに、何故かイヌのような声で鳴くらしい。



 ま、このどうでも良い話はここまでにするとしようか。

 では、続きをどうぞ…。



「どうしたんだぁー! もう一度言ってくれぇー!」


 再度メイトリックスが叫ぶ。


「ゼハァ…ゼヒィ……きょ…巨人だあああああぁぁ!?」



 その瞬間、森への入り口から数十メートル離れた位置から巨大な四つん這いで這う生き物・・・が木々を吹き飛ばしながら姿を現した。


 その姿に場数を踏んで鍛え上げられた騎士達から一瞬悲鳴に近い声が漏れる。



単眼巨人サイクロップス!?」

「こんな大物まで居たとはな…下手をすれば難度最上級の怪物だぞ? ――…だが、我が君主とその民草の楯になるべき我ら栄国第二騎士団が。背を向けて逃げ出す訳にはいかんよな」



 一筋に汗を垂らしなが、雄々しき栄国第二騎士団団長が背中の長剣を抜き放つ。


 その剣先から刀身に彼女の髪と同じ煌々とした炎が纏われる。



「抜剣っ! 衝撃に備えろっ!」

「「応っ!!」」



 完全に立ち上がったそれの影で騎士達が覆われる。

 その手には根ごと引き抜かれた樹が得物として振り上げられんとしている。


 しかし、しかしだ。


 襲い来るその巨怪を相手に誰一人として臆する者なぞ、誇り高き栄国第二騎士団にいるはずもなし。


 こうして、近くの草むらに逃げ込んで伏せていた小間物商の目の前で、激しい戦いの火蓋が切って落とされたのだった。



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