#2 三兄妹、森を往く



 鬱蒼とした森の小径。


 場違いに感じるほど、若い男女の談笑が響く。


 ベネディクタの若き村長スミス。

 その弟であるベネット。

 そして、末の妹ジェニー。


 先頭をその長兄であるスミスが交換する細々とした交易品を載せた荷車を曳いている。


 その後ろに続くベネットは、代わりに可愛い我が妹を載せて荷車を曳いていた。



 森を出るまで半分ほどの距離まで進んだ頃だろうか。

 不意にジェニーが口を開いた。


「ほんと、ベネット兄はずるいよねぇ~」

「何で?」

「…だって、いっつも村から出る時は一緒に行くじゃん」

「それはなぁ~……それもそうだな?」


 後ろの妹に振り向いた兄とその妹が互いに揃って首を傾げる。


 その様を見て前方の頼れる長兄が噴き出した。


「フッ。…単純に村では若い男手が足りんというだけだぞ、ジェニー? 俺達の世代はもうアリッサくらいしか残っていないだろう。俺達より上の薄情な連中は親達を捨ててベネディクタから出て行ったっきり――まだ、誰も戻ってきてはいない。俺も村長になってから何かと村で話し合ったりする事が増えて暇が無くなったし、かといって村の爺婆だけでこの森を行き来しろと? それは無理がある。…それに、森には危険な魔物だってうろついてる」

「ふぅーん…」


 不服そうな顔のジェニーの視線の先には、スミスの腰にぶら下がる一振りのつるぎがあった。


 剣と言っても残念ながら数打ち品の安物だ。

 いざ本気で打ち合った時、予想以上に容易くボッキリと折れてその役目を早々に終えるやもしれない代物であろう。


 この鬱蒼とした闇のある森の中。

 いや、森の外に至ったとてこの世界を出歩くのに最低限の武装は必須。


 スミスに続くベネットもまた、腰に親の形見代わりのダガーを挿し、背には槍代わりのピッチフォークを背負っている。


 ――え? ピッチフォークとはなんぞや?


 ……あ~…アレだな。

 レトロな悪魔が手によく持ってチクチクしてくる長柄物を想像してみて欲しい。

 多分、それだ。

 

 まあ、普段はそんな使い方は余りしないだろうなあ。


 村の中ではあくまで家畜舎の干し草を集めたり、畑の根菜を掘り返したりするものだと常識的には思うがね。



「あとは…そうだな。ベネットの奴は昔から悪運が強いだろう?」

「「悪運」」

「いや、いや。何故かベネットと一緒だと余り魔物と出くわさないんだ。森で採集をやる村の皆だってそう言っている」

「…兄貴よ。じゃあ、せめて幸運と言っておくれ」



 三兄妹は歩を進めながら笑う。



「迷信かもしれんがな。意外と馬鹿にできんぞ? ここ十年、急に強い魔物がレスター領に集まってきているらしい。それも行商人殿や街の者の話を聞けば、このベネディクタの森付近が顕著だ、とな。……だが、不思議な事に。魔物は何故か俺達の村近くまでは寄り付かない。まあ、俺達はそれで大いに助かっているんだがな」

「…………」

「ありゃ? どったのベネット兄?」

「…いや、何でもないさ」



 ベネットは妹に背後から覆い被さられながらも、黙ってゆっくりと荷車を曳きながら独り逡巡する。


 ――頭の片隅に淡くこびりついた記憶の断片。


 確かに、自分にはこの世界に生まれる以前の記憶の残滓がある。

 転生から二十年経った現在では、その前世での自分の名前すら思い出すことはない程度のものになってはいたが。


 ――だが、気に掛かるのだ。


 ――そして、どうにも不安になるのだ。


 あの女神らしき存在が口にした。

 魔王がどうのこうの、魔力がどうだこうだだの…その言葉の意味を未だ理解できないでいることに。


 魔王とやらに関しては、村の誰もが「なにそれ。美味しいの?」状態で誰一人としてその存在を知らなかったし、街に出入りした際にもそんな噂をベネットが聞く事は無かった。


 それに、本当に魔王なんていたら、今頃世界中が恐慌状態に陥っているはずだ。


 と、ベネットは勝手に自己解決していた。


 もう一つ、魔力について。


 寧ろ、これはベネットにとって期待する事柄であった。

 何故なら――



 魔法がある世界で、自分が魔法を使えるもんなら…そりゃ当然使ってみたい!



 そう素直に思ったからだ。



 だが、現実は非常に残酷なものだな。

 


 ベネットには魔法……正確には魔術の才能が無かった。

 そもそも魔力そのものを感知することすらできない体質だったのである。


 しかし、『ベネット君だけ魔術が使えないんだ~かわいそぉ~(笑)』などというイジメ案件とまでは発展しなかった。


 何故なら村の皆がそうであったのだから。

 先頭を行く出来の良い兄ですらそうであったのだから。


 いや、彼らの祖先はそもそも魔力の無さを疎まれて各地を転々とし、この地に根を下ろしたと言われているのである。

 その血を引く末裔が同じくそうであるのは当然と言えば、当然のことだった。


 故に何も恥じることも、疑問を抱くこともなくこうしてベネットは真っ直ぐに生きている。


 ただ、魔術が使えないこと自体には…内心期待していただけに、少なからず凹んだ。


 例外がいるとすれば、ベネットの荷車で横柄な恰好で寛ぐ妹のジェニーだけだ。

 彼女は村で唯一、魔術らしきもの・・・・・を扱うことができた。


「じゃあさスミス兄っ! 次はアタシだけで街まで御遣いに行かしてよ? 大丈夫だよ!アタシってば魔術使えるしさ。多分、村の中じゃアタシがサイキョ~だよ?」

「ダメだ! そんな俄か魔術だけで女独り、人の多い街になぞ…ましてや安全じゃないこの森の中を往くなどと。村長として、いや、それ以前に兄として認める訳にはいかん!」

「ぶぅー! アタシだってもう直ぐ十六になるんだかんね! そしたら王都に行って最強の魔女になってやるんだから。そんで村にアタシの像と城を建ててベネディクタを世界で一番有名にしてやるんだ!」

「……余計ダメだろう。お前の事だ、街に出た途端に外の世界に浮かれて。そのままどっかに飛んで行ってしまうのがオチだ。せめて、大人しく十六になるまでは村に居てくれ。死んだ親父とお袋に申し訳が立たない」



 その後も長兄と末妹の熾烈(凡そが稚拙)な言い争いが続く。


 その中心に巻き込まれてしまったもう一人の兄が、荒ぶる背後の妹に「暴れるなよ。荷車が壊れるだろう!」と必死に宥め聞かせていた。



 ふと、その近くの木々の高枝に何者かの影があった。



 その賑やかな三兄妹達をジィィィ~っと気配を殺して見つめている何者かの影が……。

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