ドラマーIN US#14 物価高より怖いもの

矢野アヤ

物価高より怖いもの

 コロナの流行でロックダウンが始まった2020年の初夏、家族合わせて50万円近くの補助金が出た。お篭り生活を快適にしようと、小さな畑と8畳ほどのデッキを作る費用に当てた。家には食べ盛りの男性が三人、少しでも食費の節約になればとの目論みもあった。

 その後も次々に現金がばら撒かれ、バブルの時代のような束の間の豊かさを皆が享受していたが、ばら撒かれたのは現金だけではない。様々な噂も飛び交った。

 これは25年余りアメリカで生活してきて3度目の体験になるのだが、危機が起こると噂が流れる。それが現実以上に人を右往左往させる様を見てきた。

 1度目は2001年に起きた同時多発テロ。息子の幼稚園帰りの運転中、ハドソン川の上流からビルをすっぽり包み空に伸びる煙の塊を見た。その分、噂も真に迫るものがあった。世界規模の核戦争が始まる、と、地下に埋める住居タイプの核シェルターが大々的に売り出された。2回目は2008年のリーマンショックを機に始まった不況。この時にも戦争、そして世の終わりが近づいた、と持ち物一切合切を売り払い、田舎に移動する人たちがいた。そして今回のコロナの流行から始まった、ハイパーインフレ。金融崩壊、食糧難、最終戦争、と聞いた話が繰り返される。近くに住む友人家族は、ここから車で3時間半の田舎に引っ越す。「ここにいては生き残れる人は多くない。お願いだから信じて、田舎に引っ越すことを考えて」と言う。私は、「そこまでして生き残りたくない。皆が死ぬなら、私もここで一緒に死ぬ方を選ぶ」と答えておいた。

 今は、満開の花を見ながら花殻を詰むのが毎朝の楽しみだ。今日はたわわに実るトマトの支柱を立て直した。家庭菜園で出来る節約なんて、物価の上昇に比べると気休めに過ぎない。が、自分で自分の機嫌をとれること、これこそがコロナ禍に続くスーパーインフレの日常を生きる小市民の秘策かもしれないと思っている。




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