後日談

後日談① 式のあと

 式が終わり、宴会が終わり、全てのイベントが終わる。


 もうすぐ日付が変わる頃、謁見の間にマリアとソフィーは入った。披露宴のためのドレスを着たまま。


 国王は奥にある椅子へ座り、彼の前に人が集まる。


 アレンとオリヴィア、マリアとソフィーも入れて5人だけが今、この広い謁見の間にいる。

 

 マリアは国王から、魔法の箱を手渡された。


 手に収まるほど小さい。


 この中は異空間と繋がっており、たくさんの物を詰め込むことができる――そんな、特別な箱。


「明後日の旅には、それを持っていくとよい」


 国王はそう言った。

 

「どれぐらい入るんです?」


 と、マリア尋ねた。


「それは――」


 国王はしばし思案した。


「そなたが100人入っても問題ないほどの広さだ」


 と、怖い例えで言われた。


「それでは、ご旅行の間はどうかその中に私をお入れください! 危険が迫ったときにはそこから飛び出し――マリア様を守りましょう!」


 と、オリヴィアは言った。


 旅行は二人だけの予定――そのため、箱に入っての護衛ならいいだろうと、オリヴィアは考えたのだろう。


 しかし――人間がこの中に入っても問題ないのかと、マリアは想像しただけで恐ろしくなる。


「もしや――マリアを口説いているのですか? それとも、私に喧嘩を売っているのでしょうか? なるほど――そうなのですね。あなたにはその気はなかった。分かりました。しかし、例えあなたにそのつもりがなかったとしても、その喧嘩――買いましょう」


 ソフィーは始め笑みを浮かべていたが、急に眉が吊り上がる。オリヴィアは体を震わせ必死に謝罪するが、姫様は許す気配を微塵も感じさせない。


 顰め面のアレンに顎で促され、マリアは二人の間に割り込むと、ソフィーを宥めにかかる。


「しかしマリア、私はあなたのために――」

「いいですから、いいですからー」


 そう言って、マリアはソフィーを正面から眺め、彼女の頭をワシャワシャと動かした。


 すると、ソフィーのつり上がった眉が徐々に下がり始める。


「落ち着きましたか?」


 そう言って、マリアは手をソフィーから離した。

 

「ええ、もう大丈夫です。ですから、早く部屋に戻りましょう。今日はいつもより激しくなるかもしれません」


 ソフィーは無邪気な笑顔でそう言った。


「全然、落ち着いてないじゃないですか!」


 マリアは顔を真っ赤にさせ、ソフィーから慌てて距離を取る。姫様の目を見て、身震いした。正直、身の危険を感じる。


「今日はもう、おさわり禁止ですからね!」


 ソフィーは苦悶の表情を浮かべた。


「マリア――それはありえません。私をその気にさせておいて――それは、あまりにも酷すぎます」


 ソフィーの責める目と、責める口調が、マリアの胸をチクチクと責めたてる。


 一瞬、怯んだものの――マリアは拳を作り、何とか自分を奮い立たせた。

 

「私は悪くありませんからね! 勝手にその気になったソフィーが悪いんですから!」

「そんなことはありえません。これもすべてマリアのせいです」


 そう言って、ソフィーは何故か笑みを浮かべた。


「ですので、今日はおしおきですよ――マリア」


 そのよこしまな気配に、マリアの足元が震えた。


 しかし――


 私は、そんな脅しには決して屈しないんですからね!


 ――と、マリアは心の中で叫んだ。


 何故か、その言葉を口にできない。


 ――正直な所、今すぐ頭を下げて謝罪したいぐらいだ。だけどそんな弱い自分、認められるわけがない。


 国王は大きめな咳払いをする。


「いい加減にしないか。今はそのような場ではない」


 彼の言葉に、ソフィーは苦虫を噛み潰したような顔をする。しかし、国王に逆らう気配はない。

 

 そんな姫様の姿を見て、マリアはホッとした。このまま落ち着いてくれるだろう――と、楽観的な思考に逃げ込んだ。そんなことはありえないと、マリア自身が一番――誰よりも理解させられてきたはずなのに。


「因みにだが、その箱の中には生命を入れることはできない。本気で入れることはないとは思うが――一応、忠告はしておこう」


 その言葉を聞き、マリアは安心した。


「所でだが、アレン。そなたはもうすぐ二十歳になる。そろそろ婚姻の時期だが、良いと思う女性はいないのか?」


 アレンは何故か、一瞬だけマリアに視線を向けた。


 そしてしばらく思案した後、もう一度マリアの方に顔を向ける。


「そうだな――マリア、俺とも結婚する気はないか?」


 マリアの頭が、一瞬だけ白くなった。


「な、なんでそんな話になるんです?」

「正直、良いと思う女性には会ったことがなくてな。お前なら――まあ、いいかと思っただけだ」

「そんな愛のない結婚――嫌なんですけど」

「心配するな。ちゃんと愛してやる」


 ソフィーの体の周りに高濃度の魔力が立ち込める。

 

 それを見て、オリヴィアは後退った。

 

「マリア、あれを殺していいですか?」

「いやいや、駄目ですからね!」


 アレンはため息を吐く。


「別に平等にと言うつもりはない。週に一日譲ってくれるだけで俺は構わない」


 ――いやいや、私は物じゃないんですけど?


 マリアがそう思った後、隣にいるソフィーの殺気に気付いた。

 

「……殺しますよ」


 ソフィーの言葉に、アレンは笑う。

 

「なんだ、怖いのか?」

「どういう……意味でしょうか?」

「マリアが俺に取られることを、お前は恐れているんだろ?」

「そんなことはありえません。マリアはもう、私のものです」


 二人の争う姿を見て、マリアはため息を吐く。

 

「アレン様、冗談はそのへんにして貰っていいですかね? このままいったら、本気で手足が吹っ飛びますよ?」

「俺が本気だったらどうする?」

「どうもしませんよ。認めたくはないですが、私はもう、ソフィー様のものですから」


 マリアの言葉に、ソフィーは口元をほころばせ、アレンは鼻で笑った。


「そうだな――冗談だよ。悪かったな」


 そう言って、彼は肩をすくめる。

 

「何を言っているのですか? 冗談ではなかったではないですか」


 ソフィーの言葉に、アレンは再び笑いだす。


「お前は本当に馬鹿だな。俺が冗談だと言えば冗談で終わるんだよ。――普通の人間ならばな」

「意味が分かりません」

「お前はもっと人間を知れ。それが、マリアのためにもなる」


 ソフィーは眉をしかめ、少しだけ考え込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

精霊の子と呼ばれ恐れられた姫様に、何故か私だけが溺愛され困ってます!(旧タイトル:君が願うのなら) tataku @nogika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画