おまけエピソード

おまけ マリアとの思い出(ヴィオラ視点)

 これはまだ、私がマリアに会ってまだ間もない頃のお話。


 彼女がここの教会に来てすぐ、私は彼女の面倒を見ることになった。


 誰かに言われたからではなく、自発的に。


 その行動に、私自身が一番驚いている。


 いつも受け身でしかない私としては、驚きのこと。


 マリアの年齢は14歳。


 年齢よりも幼く見える。


 彼女はひな鳥のように、私の後をいつも追いかけてくれた。


 私が振り返ると、ぎこちない笑顔を向ける。


 何度、抱きしめようと思ったか分からない――何故そのような衝動に襲われるのか、私はそれを知りたくない。


 この時の私は、貴族によって家がめちゃくちゃにされていて――心がまだ、安定していなかった。


 同じ苦しみを分かち合えるはずの相手は、私を拒否した。


 それが悲しくて――私は彼女を求めたのだろうか?


 マリアを初めて見た時、不安そうに笑う彼女――必死に笑う彼女を見て、私は放っておけなかった。

 

 それは自分のためなのだろうか?


 私はもともと人当たりのいい方だとは思うが、必要以上に関わるのは幼馴染のアンナぐらいで、他の人とはつい距離を取ってしまう。

 深く誰かと関わろうとはしない。浅く――広くが私の性分。


 だから、相手が私のことを友達だと言ってくれても――私はそれを感じたことはない。


 アンナは、友達と言うよりはきっと、妹みたいなものなのだと思う。


 だから、私自身――何故、自分からマリアに関わろうとしてしまったのかが分からない。


 そんなのは、今までの自分からはあり得ない話だから。


 



 貴族のシスターが――しかも、聖女候補生のエリーナが、遠巻きに私を見て悪口を言っている。


 それは陰口のようでいて、明らかに私に分かるように言っている。


 教会内では貴族も平民もない――なんて言っているけれど、そんなのは嘘。


 だって、シスター服も貴族と平民で違う。

 素材の質も違うし、耐魔力の性能も違う。

 服の色の濃さも違う。

 貴族は濃い黒で、平民の黒は薄い。

 そのため、並ぶと直ぐに分かる。


 形だけ。


 形だけの話。


 それでも、助かってはいる。


 だって、そうでなければ遠巻きに悪口を言われる程度で――済むはずがないのだから。


 私の悪口をマリアにだけは聞かれたくなくて、彼女の手を掴んでさっさとここから離れようとした。


 なのに、肝心のマリアがいない。


 私は驚いて見回す。

 何故か――マリアが貴族のご令嬢に向かって歩いていく。


 私はつい、呆けながらそれを見守ってしまった。


 マリアは、貴族のご令嬢の前で立ち止まる。


「ヴィオラさんの悪口を言わないでください!」


 私は驚いて固まる。


 それは、貴族のご令嬢も――きっと周りの人たちも同じようになっていたことだろう。


 だって、平民で貴族に盾突こうとする人間なんて今までいなかったのだから。


 敵意をむき出しにしているアンナだって、貴族の前では大人しくなる。


 昔ほどではないにしても、この王都で生きていくには――やはり、貴族の存在は大きい。


「ヴィオラさんに謝ってください! 謝らないなら、この私が許しませんよぉ」


 そう言って、マリアは拳を作った。


「何ですの、あなたは。殆ど魔力が感じられませんわ。しかも平民――とても可愛そうな娘ですわね。自分がいかに矮小か分からず、誰に喧嘩を売ってしまったのか――それすら理解できていないんですもの」


 そう言って、エリーナは小馬鹿にしたように笑うと、後ろに控えたお付き二人もそれに続いた。


 ――普段のマリアに魔力はほとんど感じない。それはすごく珍しいことだ。魔力こそが全ての中――自分の魔力を隠すことはなんのメリットもない。正直、デメリットしかない。魔力の少ない人間は見下され、馬鹿にされるだけだから。

 この時は、マリアがものすごい魔力を持っていることなんて誰も知らなかった。当然、私もだ。


「謝らないなら、この私の拳が、君を黙らせることになりますよ!」


 その堂々とした言葉に、誰もが――彼女は有名な武道家なのかと、錯覚してしまったことだろう。


 しかし、私はそれよりもマリアがあんなにも喋っていることに驚いた。

 私と会って今まで、彼女はほとんど喋らなかったし、喋ってもいつもぼそぼそと口にするだけだったから。


「あなたは本当に馬鹿ですわね! シスター同士の攻撃は禁止されていますのよ!」

「魔法による攻撃――としか聞いていません。拳による殴り合いが駄目だとは聞いてませんよぉ」


 マリアはニヤリと笑った。


「当たり前過ぎて誰も言わないだけですわよ! 拳で殴りかかってくるシスターがいると、誰が想像できますの!」

「それは、想像力が足りませんねー。つまり、私の頭が一歩先にいっているということです」

「逆ですわよ! あなたの頭は遥か後方まで逆走してますのよ!」

「それは、負け犬の遠吠えというものですよ」

「なんでそうなりますの!」

「謝らないんですか? これが最後の忠告です」

「謝る? この私が? そんなの、こちらの台詞ですわよ。一度だけ言ってあげますわ。今すぐ頭を下げるのなら、今回だけは見逃してあげますわよ」

 

 エリーナはマリアに向かって、人差し指を突きつけた。

 後ろに控えるお付き二人は、戸惑いの表情を浮かべている。


「仕方ないですねぇ。謝るまで――泣いても許さないんで」


 そう言って、マリアは勇ましく拳を振り上げエリーナに向かって殴りかかった。


 私は唾を飲み込んだ。


 驚くことに――マリアは凄く弱かった。


 相手が年上で背が高かったこともあるのだろうが、簡単に返り討ちに合った。反射的に殴り返してしまったご令嬢は自分の拳を見つめ驚いている。きっと、初めて人を殴ったのだろう。


「な、なかなかやりますねぇ」


 マリアはゆっくりと起き上がる。


 彼女の言葉に、マリアを殴り飛ばしたエリーナが一番驚いた顔をしていた。


「ば、ばかばかしいですわ――皆さん、もう行きますわよ」


 貴族の方々がぞろぞろと離れていく。


「あ、ちょっとまだ――」


 マリアが貴族たちに再び立ち向かおうとしたため、私は慌てて彼女の手を引っ張って止めた。


「マリア、もういいから!」


 驚いた顔で、マリアは私の顔を見た。


「もういいんです? 私、何もできていないですよ?」


 きょとんとした顔。それが、あまりに愛おしくて、私はついマリアを抱きしめてしまった。


 しかし、私は我に返るとすぐに体を離した。


「ご、ごめんなさい」


 私は謝った。恥ずかしくて仕方ない。こんな風に誰かに抱き着いたことなどなかったから。


「謝るのは、私の方ですよぉ。だって、何もできなかったんですから。ヴィオラさんのために、少しでも何かをできたらよかったんですけどねぇ」


 そう言って、マリアは何処か不貞腐れたように言った。


 私は再び彼女を抱きしめたい衝動を何とか押さえた。


「私のために、マリアが行動を起こしてくれたことが――私はすごく嬉しいだよ」


 何故か、涙が溢れる。その理由が分からなくて、私は慌てて自分の目元を拭った。


「それだけで――いいんです?」

「それだけじゃない。それだからこそ、嬉しいんだよ、マリア」


 私の言葉で、マリアは嬉しそうに笑った。


 その無邪気な顔を見て、私は理解した。――理解してしまった。


 マリアが――私は好きだ。

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