最終話 私が守り続けるもの

 盛大な結婚式が行われた。


 正直、今のこの状況でするべきなのかと、マリアは疑問に思う。


 しかし、王は言った。今だからこそ――するべきなのだと。


「お前たちはこの国の希望になるのだ」


 と、そんなふざけたことを言った。



 


 結婚式用のドレスは正直歩きにくい。ウエストからのスカートのふくらみは無駄に大きく、 ボリュームのあるスカートはふんわりと広がっている。まさにお姫様の衣装といった感じだと、マリアは思う。

 二人共、同じ種類だが、色だけが違う。ソフィーは水色で、マリアは白色。

 

 正直、悔しくも――その衣装を着たソフィーに見惚れてしまった。流石は本物のお姫様。自分何かとは格が違う。


 ソフィーの姿を見てから、マリアは自分の衣装部屋に入った。一緒についてこようとする姫様を追い出すのには、無駄に時間がかかった。

 

 ――苦労して着替え終えた後、鏡に映る自分は見るに忍びなかった。何だか、気恥ずかしくなってくる。だから、中々ソフィーに見せる勇気がでない。衣装部屋に暫く閉じこもり、うじうじしていたら、我慢ができない姫様は力技でドアをこじ開けてきた。

 そして、暫く放心したように眺めた後、激しいキスをしてきた。


「これも全てはマリアのせいです。私を誘惑した――あなたが悪いのです」


 そんなふざけた発言で、不覚にもときめいてしまった自分に、マリアは軽い自己嫌悪におちいる。

 

 だって、仕方がない。不安だったのだから!

 



 式の最中、ソフィーはやたら体をくっつけてくる。無理やり引き剥がそうとしても、彼女の力に敵うわけもない。だから、早々に諦めた。

 しかし、キスを何度もしてくるのだけは全力で阻止しようとした。無駄だと分かりながらも、懸命に立ち向かった自分を褒めてあげたいと――マリアは切実にそう思う。



 やはり結婚式というのは緊張するもの。

 教わったことを、上手にできているかなんて――自分では分からない。


 しかし、ソフィーはマリアに言った。


「マリア、私だけを見てください。他の人間など――気にする必要はありません」


 それは、ソフィーらしい言葉だと思った。


 ――分からないことはいくら考えても分からないものだ。

 私の行いは、確かに――王家の迷惑になるのかもしれない。

 それでも今は、お互いにとっていい思い出で終われるよう――頑張るかと、頬を叩いて気合を入れた。


 ――私は、精一杯の笑顔で、今日限りの結婚式を存分に楽しもう。

 私の喜びはソフィーのものであり、ソフィーの幸せは私のものだからだ。




 広場に作られた、契約の祭壇。


 十二段の階段を、ソフィーとともに登っていく。


 多くの国民が彼女たちに拍手と喝采を送る。


 登り終えた先には国王がいる。彼は祝福の言葉を口にした。


 マリアとソフィーはお互いに体を向け、見つめ合う。


 王から渡された指輪をソフィーは受け取ると、マリアの左手の薬指にはめた。


「マリア、私は何度だって言います。私はあなたのものであり、あなたは私のものです」


 何故か、胸にくるものがある。


「……言われなくたって、ちゃんと分かってますから」

「違いますよ、マリア。それは、言葉にするべきなのです。だから私は、毎日あなたに、愛の言葉を送ります。だからあなたも、私に毎日――愛していると言って下さい」


 ソフィーの言葉と、強い目線に――マリアはたじろぐ。


「マリア」


 ソフィーはマリアの目を見て、名前を呼ぶ。


「わ、分かりました」

「マリア、そんな言葉では足りません。あなたは私を愛していますか?」

「あ、愛してます」


 マリアはつい、目線を逸らしてしまう。


「私の目を見て、もう一度言ってください」


 指と指が絡み合う。


 マリアは一度目を閉じ、静かに息を吐いたあと、ソフィーの強い眼差しを受け止めた。


「ソフィー、私は君を愛しています。この世界の誰よりも」


 マリアの想いに、ソフィーはキスで応えた。


 溢れんばかりの歓声が起こる。


「私は常に、あなたと共にいます。例え、この命を世界が奪い、この体が消え失せようとも――私はあなたの側に居続け、あなたを守り続けます」


 マリアは少し――ムッとした。


「そんな――縁起でもないことは言わないでくださいね」


 マリアの言葉を聞き、ソフィーは笑う。


 精霊の子は――それほど長く生きることはない。

 それは、歴史が物語っている。

 彼女たちは、子供の成長を見ながら――塵ひとつ残さずにこの世から消えていく。

 

 マリアよりも早くにこの世を去ることを――ソフィーは本能的に理解している。

 だけど、それでいいと、ソフィーは思う。だって――マリアを失ったこの世界で――生きていける自信などないのだから。


「――それでも、今の言葉は決して忘れないでください」


 有無を言わせない口調で、ソフィーは口にした。


 マリアは大きなため息を吐く。


「取り敢えず今は、折れてあげますよー」

「いい子ですね、マリアは」

「ああもう、子供扱いはしないでくださいね!」


 国王が咳払いする。


 マリアは苦笑し、ソフィーは特に気にしない。


 二人は手を繋いだまま、国民たちに体を向ける。


 活気に満ちた歓声と拍手を――マリアは手を振って対応する。何もしない相手をせっつくと、不満そうにしながらも、国民に向かって手を振った。


 そんな愛する人の姿を見て、マリアは笑いをこらえる。


 今日の思い出は、きっと忘れることはないだろうと――マリアは思う。


「ソフィー」


 名前を呼ぶと、ソフィーが顔を向けた。


「私だってそうですよ。私だって、ずっとソフィーの側に居続け、君を守り続けます」


 手を――握る強さが変わった。


 この手の感触を、決して忘れない。

 だって、この温もりは――私が守り続けるものなのだから。

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