対物の怪戦闘部隊:ハバキリ
一心鈴蘭
第1話 千古の海神
『ハバキリ』とは、物の怪と呼ばれる異形の存在を討伐するための組織である。
松、竹、梅によって階級が分かれている。私はその中の梅、つまり一番下っ端だ。
入隊してもう四年は立つというのに雑務しか任せてもらえない。
同期たちに追い抜かされ続けていたそんな時、大きな仕事を任せてもらえるようになった。
「
「
「そこの地主神、どうやら精霊落ちしたらしいぞ。加護は諦めとけ」
「え……」
精霊落ちとは神の核を取られ、大幅に弱体化したことを言う。
神としては死んだ、と表現するものもいる。
それが私の故郷の海神様に起こった、ということは今信仰心が無くなれば本当に消えてしまってもおかしくない。
「まあ、精霊落ちしたからと言っても物の怪に霊力さえ取られなきゃいいんだ」
そこまで言うと隊長は私の肩をぽんっと叩き、お前次第さと言って去って行った。
「っよし!」
私は私のできることをして海神様をお助けしよう。
幼い頃に会った優しい、人々と町を愛していたあの神様を。
「おお、水か。久しぶりだな」
「お久しぶりです、海神様……」
まずご挨拶をしなければと神社へやってきた。
十年ぶりにあった神様は記憶とは違い、縁側に寝そべってだらけ切っていた。
綺麗な銀色の髪は寝ぐせだらけで、片目が隠れるほどに伸びていた。
かつての息をのむほどの美しさは鳴りを潜め、やさぐれているように見える。
「ははっ神様か、そう呼ばれるのも久しいな」
「っ神主や町の人たちは何をしていたのですか!神社もこんなにぼろぼろで」
天井には蜘蛛の巣が張り、埃だらけの室内を見て思わず怒る。
こんな状態だというのに、海神様は意にも介さずまた笑う。
「皆を責めてくれるな、これは僕が望んだことだ」
「望んだこと?」
体を起こし、胡坐をかくと私を見つめて話し出した。
「加護も力も出せない僕にかまっていても時間がもったいない。だからもう世話はしなくていいと言ったんだ」
「そっ、そんなのあんまりです!今まであんなにこの町を守っていただいたのに、掃除どころかお参りにも来ないなんてっ!」
「まあ、皆には僕のことは忘れるように言ったからね、仕方ない事だよ」
十年も地元に帰ってこなかった私にこれ以上町の皆さんを責めるわけにはいかない。
きっとみんな悲しかったに違いない。他ならぬ神様がこう言ったのだ。
だから私も本当にそう思っているならこのまま仕事に戻ろうとした。
でも。
「僕はもういい、今更どうでも」
つぶやくようにして、とても悲し気に目を伏せて海神様はそんなことを言う。
「そもそも、もう神の力もないしな!精霊落ちってやつだよ、神の時代はもう終わったのさ」
顔を上げて空っぽの笑顔を無理矢理作っている。
そんな姿を見ていたら、悲しいという気持ちと悔しいと思う気持ちでまぜこぜになる。
「それでは貴方はどうなるのですか、今まで愛したこの町と人に忘れられて」
思わず放った言葉に少しの後悔をした。
ぐっと一度は言葉を飲み込むが、やはり我慢できずに叫ぶ。
「そんなのっ、そんなの報われないじゃないですかっ!人々のためではなく!」
真っすぐに海神様の目を見つめる。
「貴方はそれで!いいんですかっ!」
黙って私の話を聞いていた海神様は堰を切ったように話し出した。
「いいわけないだろっ!忘れられて、居なかったことにされるのなんて……」
握っていた拳をゆっくりと下げ、がっくりと肩を落とす。
「嫌に決まってるじゃないか」
それは、十年ぶりにあった海神様から聞いた初めての本音だった。
「でも、神格も無ければ霊力さえ物の怪に取られ始めている。僕のことを信じていてもいずれ……」
「ならば!私が物の怪を退治してきます!」
「まっ待て待て!僕でもどうしようもなかったんだぞっ!人間の君にどうにかできるわけないだろう!」
「できますっ、私だってハバキリの一員ですから!」
そう啖呵を切り、神社を飛び出す。
頭にきたんだ、海神様だよりしかしない町の人達に。でももっと悔しいのは海神様が御自身をあんなに低く見積もっていた事だ。
だから人間にもまだ貴方を思う人が居ることを、貴方のために戦う人が居ることを思い出してもらおう。
どれだけ自分に価値があるかわかってもらおう。
そんな思いで、妖気を辿り物の怪を探す。
十年、子供のころからハバキリに入隊するためにどんなことでもした。
勉学も、訓練も手を抜いたことなどなかった。でも、誰かと遊んだり趣味を持ったこともなかった。
だから、故郷が大変なことになっていることにも気が付かなかった。
一番腹が立つのは何もしてこなかった、気にもかけなかった私自身にだ。
妖気を辿っていくと、商店街に出た。
どの店もシャッターが下りて活気どころか人すらいない。昔はここが一番人の集まる場所で、おいしい肉屋のコロッケをみんな買っていた。
でも、町を大体ぐるりと回ったが、大きなショッピングモールなどは見かけなかった。
皆、どこで買い物をしているんだろう?
活気がないにしても、なんだか様子がおかしい。これじゃあまるで、誰もこの町に居ないみたいだ。
きょろきょろと辺りを見回していると、一つだけ開いている店を見つけた。
ばあちゃんの店だ!そういえば実家に帰るのも忘れていた。
顔を見ようと店をのぞくと、見知らぬバイトの人だった。
「あの、すみません。店長さんは?」
「えっとどちら様で?」
「私、下崎佳澄の孫で水と言います」
「ああ!そうでしたか、聞いてませんか?佳澄さん倒れちゃって」
唐突に告げられた言葉に一瞬意識が遠のく。
「え、あ、大丈夫なんですか!?」
「今のところ命に別状はないんだけど、これからどうなるか……」
「っもしかして物の怪の?」
「そうだよ、それに」
バイトのお兄さんは閉まっている他の店を見回す。
「まさかっ」
「うん、他の店の人もだよ」
まいったよ~と言いながら店の奥へ引っ込んでいった。
急がなければ、海神様どころか町全体が物の怪に吸い取られている。
気が付けば妖気はこのあたりから消えていた。
おそらく別の場所に移動したのだろう。
急いで捜索を再開する。
「あのコは元気そうだなぁ~」
つぶやきのような小さな声が後ろから聞こえた気がした。
商店街を抜け、広場に出る。
綺麗な噴水が真ん中にあり、その近くでは子供たちが昔はよく遊んでいて羨ましく思ったものだ。
今では、人っ子一人いないが……。
いくら妖気を辿っても、私の精度が悪いのか気配が絞れない。
一度神社に戻ってみるか?いや、あんな風に啖呵切ってきたのに……でも見栄を張っている場合では。
そんなことを思っていると、空が曇ってきた。
「雨でも降るのかな……」
そう言って空を見る。
「!?っな、に」
見上げた空は血のように真っ赤に染まっていた。
体中に悪寒が走り、背中に冷や汗が流れる。
妖気、ずっと追っていたはずの物の怪の気配がはっきりと感じ取れる。
ずっとぼやけていた理由が分かった。
「この町を、全て覆っている」
巨大な八本の帯が港の方から伸びている。
「止めなくちゃ、私が」
私以外にこの町で今戦える者はいない。
覚悟を決めて、港へ急ぐ。
空と同じように真っ赤な海。
私の姿を見つけた物の怪はついにその姿を現した。
巨大な、タコだ。
水面から頭を出して、血走った目でこちらを見ている。
「っ!」
札を取り出したと同時に上空の帯、いや足を振り下ろしてきた。
この巨体だというのにずいぶんと機敏な動きだ。
寸でのところで避けられたが、二本三本と続けてすべての足を自在に動かしこちらを絡めとろうと蠢いている。
一度捕まればそれで終わり、だが防戦一方では消耗するだけだ。
「術符、炎龍破っ!」
炎を纏った札を巨大な両目に命中させた。しかし、海に少し潜ったと思えば何ともなかったかのように攻撃を再開してきた。
「手ごたえ無しっ!次!」
向かってきた足を踏み抜いて高く飛ぶ。
「術符、雷撃破、海の中なら効くでしょうっ?」
四枚の札を投げつけ、雷を落とす。
すると痺れ始めたのか、八本の足がするすると海の中へ消えていく。
しばらくするとぷか~っとタコ全体が浮かんできた。
「倒せた……?」
体が焦げた物の怪の姿を確認しても、やけに胸がざわざわする。
本当に倒せたのか?
言い表せぬ不安を感じながら、視線を海へ移す。
「っしまった!まだ終わってっ」
真っ赤な海はまだ健在で、それを見た瞬間自分の詰めの甘さを痛感した。
「がはっ」
腹に強烈な一撃をもらい、そのまま地面に転がっていく。
「ごはっ、ごほごほっ」
口から血が溢れる。どうやら内蔵に傷がついたらしい。
痛みでその場から動けず、視線だけは物の怪に向ける。
弱った獲物に興味を失くしたのか、私を見てはいなかった。
視線を追うと、その方角は海神神社がある場所だった。
「っ、行かせない」
無理矢理体を起こし、一歩踏み込む。
この先へ行かせれば、海神様の霊力を全て奪われてしまう。
あの方は今戦えないんだ、私が、私が何とかしないと。
「術、符!雷撃破」
力を振り絞り、最後の一撃をぶつける。
その瞬間ガクッと体の力が抜ける。もう限界らしい。
迫ってくるタコの足、もうだめだと目をぎゅっと瞑る。
しかし、衝撃はやってこず代わりに温かな声が降ってきた。
「威勢良し根性よしだが、心構えが足りないな。もっと生にしがみつけ、水」
私の方へ振り返り、片手でタコの足を止める海神様がいた。
「な、ぜ、貴方は今、戦えないはずでは」
「ま~ずは礼だろう!まあいい、すまなかったな水。」
「危ないっ!」
上空からまた足を叩きつけようとするタコを見て、咄嗟に叫ぶ。
「なぜ、だったな」
だが、海神様は意に介さずに、指先でひょいっと軌道をずらした。
あっけに取られていると、私に羽織をかけてから背を向け物の怪を真正面から見据えた。
「ありがとう、水。君のおかげでまた僕は戦える、僕を神だと信じてくれた、愛してくれた」
物の怪がひるむ、目が合っただけで。
「千古の武神の力、存分に振るおうかっ!」
光の粒が集まると、海神様の手には大きな十文字槍が握られていた。
「僕の宝に手を出したこと、後悔するがいい!!」
そこからは、まさに一騎当千の活躍だった。
タコの足はただの一度も海神様を捕らえることなく、八本すべて切り落とされた。
逃げようと海へ潜るがそれも無駄な足掻きだった。
「千古の海は僕の海、お前の居場所は無いっ!」
くるりと槍を回すと、海が渦を巻き間欠泉のようにタコを上空へ打ち上げた。
「激流槍っ!!!」
そこへ水を纏った槍でど真ん中を貫き、オオダコの物の怪は塵となって消えていった。
それを見届けると同時に、私の意識は遠くなっていった。
「おいっ!水?大丈夫か!?」
最後に、水神様の焦った声が聞こえた気がした。
「ここは」
ざわざわと人の喧騒で目が覚めた。
辺りを見回すと、綺麗に手入れされた和室だった。
「服が変わってる」
血だらけで、引き裂かれた元の服ではなく綺麗な和装の寝間着になっていた。
しばらく自身の状況を理解しようとしているが、それを遮るようにせわしない足音が聞こえてきた。
「おお!水、よかった目が覚めたようだな」
「海神様?おはようございます」
「うん、おはよう。ってそうじゃなくてな!傷はどうだ?医者は問題ないと言っていたが」
そこまで言うとお医者様が海神様の後ろから顔を出した。
「命に別状はないというだけです。しばらくは絶対安静ですよ」
「治療していただいたのですね、ありがとうございました」
「いえ、病院も今は使い物にならないのでしばらくはここに居なさい。それでは私はこの辺で、ちゃんと事情を全て話してくださいね海神様」
「わかっているさ」
お医者様は海神様に釘をさすとすたすたと部屋を後にした。
「海神様」
「うん?どうした」
「助けていただきありがとうございました。情けないですね、あんな風に啖呵切っておいて結局助けていただいてしまいました」
「こ~ら!せっかく僕が吹っ切れたというのに、君が後ろ向きになってどうする」
むにむにと私の頬を軽く引っ張る。半ば無理矢理笑顔にさせるとぱっと手を離した。
「うん、君は笑顔の方がいいな!」
「ん~、はい後ろ向きは今やめます!ところで此処は何処なんですか?それにこの喧騒は」
そう聞くと海神様は穏やかに笑い、物の怪を倒してからのことを話してくれた。
どうやらあの後海神様も力を使いすぎて倒れてしまったそうだ。でもその時町中の人が目を覚まして駆けつけてくれたらしい。
そして急いで神社を片付けて海神様と私を治療してくれたということだそうだ。
「そして今も片づけの真っ最中と言う訳だ」
「皆さんにお礼を言わないと」
「それは後、今は傷を癒すことに専念するんだ」
「はい、でもそれは海神様もですよ?」
「うっ痛いとこを付くな、でも僕にはまだやることがある」
そう言うと私の頭に手をのせる。
「僕の加護と分霊を持っていけ、水の役にきっと立つ」
「!今、そんなことして大丈夫なんですか?」
「うん!信仰の戻った僕に死角はないさ」
温かな力が体に染み渡る。
自分の手を見ると綺麗な青色の石が連なったブレスレットが付いていた。
「僕の一番の信徒の証だ。体を大事にな水」
「はいっ!本当に、ありがとうございます海神様」
対物の怪戦闘部隊:ハバキリ 一心鈴蘭 @issinsuzuran
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