<34>【LINK】そして途は続く

 その晩、マヨヒガは大宴会となった。

 戦の勝利は、祝うべきものである。まして、良い酒や食材が入ったのなら、尚更だ。


 大広間には座布団がずらりと並び、可動式の小さな食卓が同じ数並ぶ。そこで酒盛りをしているのは、異形のものたちだ。

 置かれた弦楽器は誰も触れていないのに勝手に曲を奏で、広間の真ん中では化け猫たちが手ぬぐいを被って踊りだした。

 置かれた照明以上に、広間は明るい。火の玉みたいに光る霊体系アンデッドが飛び回っているからだ。


 そんな宴会に、人間がいくらか紛れ込んでいる。


「さ、どんどん食べとくれ」

「……この肉って……」

「安心しておくれな。あんたらの皿からは抜いてあるから」


 配膳された料理を見て、アリオンは、食欲以外の理由でゴクリと唾を飲む。

 何を抜いた、とは、クロは言わなかったが、意味するところはこれ以上無いほどに明白だった。


「あ、あのあの、お姉ちゃん、何がどうなってるの、これ……」

「詳細に話すとすごく長いわね」


 ディアドラは、まだ状況が飲み込めない様子のヴェロニカを抱き込んで座っていた。

 実際ヴェロニカは、事情の説明もおざなりのまま、ここへ連れてこられたのだ。酒盛りする化け物どもを見ておっかなびっくりだ。


「さぁ食べて食べて。

 もう、こんなに痩せちゃって」

「食べにくいんだけど……」

「じゃあ私が食べさせたげるわ。はい、あーん」

「ちょっとぉ」


 『猫かわいがり』という言葉もあるが、ディアドラはまさに子猫を可愛がるように、ヴェロニカに頬ずりして撫で回し、飯を食わせようとする。

 流石に恥ずかしがってヴェロニカは身をよじって逃れようとするが、ディアドラは離さなかった。

 切られていたはずの彼女の右腕は、既に治療されていた。その怪力でディアドラは、ヴェロニカをしっかり抱きしめていた。


「無理はさせるでないぞ。薬が効いている間は元気じゃが、本来いつ死んでもおかしくない状態じゃ」

「了解ー。

 ほら、少年。あんたも食べなさいよ。お礼のつもりで腕を振るったんだから」

「ままま待ってください俺はもう少年なんて歳ではははははは」


 ついでにディアドラはアリオンまで引っ張って抱き込んだ。

 もしかしたら既に酔っ払っているのかも知れない。


「領主軍は、魔物じゃと言うて妖精どもの排除を画策しておったのか。

 しかもこのような大物が相手とはの。愚かしい話よ」

「まさか妖精の宴に加われるとは。

 神秘学科の皆様が嫉妬のあまり悔し泣きしそうですね」

「得がたいフィールドワーク経験じゃな」


 酒の代わりに渡された、奇妙に甘ったるい白濁色の流体を飲みつつ、バルトスはごちる。

 バルトスたちは、ディアドラを守った功に報いると、クルスビの館に招かれたのだ。


 一口に『魔物』と言ってもいろいろだ。

 なにしろ冒険者の討伐対象になり得るものは、ゴーレムだろうが悪魔だろうが大雑把に『魔物』と呼ばれるから。

 そのせいで、勘違いしている人も多い。魔物と呼ばれるもの全て人族の敵で、駆除すべき害でしかないのだと。


 この『マヨヒガ』のアヤカシたちは、広義の魔物ではあるだろう。

 だが彼らは、邪神や魔王が作った人族抹殺用生体兵器ではない。天地の狭間に生まれた、ただの神秘。学術的には『妖精』と呼ぶべき存在だ。

 彼らは彼らとして存在するのであって、正義だの悪だの、人の基準を当てはめようとすると何かを見誤るだろう。


「あら、アタシの料理は口に合わなかった?」


 料理に一切口を付けぬレイブンを見て、クロは顔をしかめる。


「私はゴーレムの身ですので、お気持ちだけ頂きます」

「なんだ、人形だったのかい。

 物言う人形ならこっちにもいっぱい居るよ。後で会いに行っちゃどうだい」

「興味深いですね」


 おそらくマヨヒガの人形とレイブンでは稼働原理も違うのだが、果たしてそれは同類項なのか異文化交流なのか。


「カルビンすごい」「かっこいい」「ディアドラたすける」「クワこうげき」「カマこうげき」


 こちらもこちらでモノを食えぬアルラウネたちは、代わりにカルビンの大活躍を小鬼たちに語って聞かせ、人だかりならぬ鬼だかりを作っていた。


「……開拓地は、このままではおれぬじゃろうな」


 アヤカシたちの乱痴気騒ぎを眺めつつ、バルトスはふと、呟いた。

 カザルム侯爵軍は大打撃を負い、侯爵家は嫡男も失った。何より、倒すべき魔物に大敗を喫したという事実は人々に大きな衝撃を与える。

 これから混乱が起きるだろう。その大波はカザルム候が管轄する開拓地を必ず揺るがす。


「開拓地の放棄もあり得るでしょうね。

 今後、どうするんです?」


 アリオンはヴェロニカを囮にして、ようやくディアドラを振りほどいたところだった。


「わらわのする事は変わらぬ。この開拓地で捜すものがあるのじゃ。

 それと、ぬしに預けた荷物じゃの。あれを、世に広めねばならぬ」

「……バートレットさん。あなたは何者なんですか」

「バルトスじゃ。そう呼んでくりゃれ」

「男の名ですね」

「元はそうだったのじゃよ」


 ノンアルコールの謎ドリンクを飲んで、バルトスは、ほうと息を吐く。

 この身体で酒を飲むのはよろしくない。レイブンからも止められている。


 最後に酒を飲んだのは、冷凍睡眠状態に陥る前の晩だった。度数の低いやつを一缶だけ飲んで、一晩中ランクマッチに潜って、そうだ、あと一勝でアダマントランクになれるところだったが一限に遅れそうだったから切り上げたんだ。そして……


「夢の如き話を、一つ聞かせようか。

 信じられぬじゃろうが、酒の肴ぐらいにはなろうて」


 そう言えばアリオンは、本来のバルトスと同じぐらいの歳だ。

 なんとなく、彼に対してであれば自分の秘密を話してもいいのではないかとバルトスは思った。

 少なくとも、悪いことは起こるまい。


「なぁ、オニの大将。

 恩に着るってんなら、うちの子らが住む場所を用意しちゃくれないか?

 タダとは言わねえ。庭師でも馬番にでも、俺を使ってくれ」


 今宵の客である人間たちは、クルスビと並んで座らされていた。

 クルスビは、さして美味くもなさそうに飯を食いながら、隣のディアドラばかり見ていたが、反対隣のカルビンに声を掛けられ、振り向いた。


「貴様には、庭師より向いた仕事がありそうなものだがな。

 ……良かろう。だが、話は後だ。今は宴を楽しみたまえ」

「ああ、そりゃ大将が正しい。

 これ以上待たせちゃ酒に失礼だ」


 人と鬼は、そして盃を打ち合わせる。


「「乾杯」」

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最強四人の5分間 ~S級パーティーを追放された運び屋と、古代文明の落ちこぼれ錬金術師と、引退して畑を耕す元冒険者のおっさんと、怪物に捧げられた嫁贄が(ry~ パッセリ / 霧崎 雀 @Passeri

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